天女と黒鉄

「ジェノム~、果物~! 早く~!」


 聖教国、大聖堂。

 エルフの改革派と人族が手を取り合うこの国において象徴とも言える大聖堂の最上階。

 天蓋付きの寝具に横たわりながらだらしなく呼び鈴を鳴らす美女は、半裸同然の姿で駄々をこねた。


 大量の果物が乗った盆を片手に入室してくるのは一見普通に見える青年だ。

 その腰には聖教国騎士の証である意匠が凝らされた剣が一振り。

 遠方の出身であることがわかる赤髪を一つにまとめた美丈夫は、面倒そうに盆を卓上に置いた。


「へー、お持ちしました」


「うん、大義大義!」


「なー、あんた御年いくつだよ……もう少し礼節とかさぁ。せめて服着ろよ服」


「え、天女に礼節を説くの? 処す?」


「気ぃはえー」


「眼福でしょーが。しかと見なさいな」


「馬鹿言えや、それこそ極刑まっしぐらだわ」


 一国の最高権力者の最高顧問である天女。その天女に気安すぎる言葉を使う時点で何らかの罪に問われること請け合いなのだが、彼に至っては訳が違う。

 『司祭騎士』を拝命する彼は、唯一天女の世話係としてこうして気安い関係を築くことが許されているのだ。


「司祭騎士なら許されるんじゃない?」


「だとしても遠慮しとくわ。あんたに弱みを握られんのは厄介なんでね」


「つれないわね~」


 天蓋から垂れる幕から手だけを出し盆から果物を取り上げる天女を名乗る女は、エルフの証である長耳をピコピコと跳ねさせる。

 果物を一房食みながら、数日前にあった出来事を思い出すように口にした。


「ヘルヘイム……名前は広がってるけど、何なのかしらね~」


「その話はやめろ。耳にするだけで虫唾が走る」


「んなこと言っても気になんのよ。ほら、帝国の探索者も私を訪ねてきたじゃない?」


「追い返したヤツが何言ってんだ」


「追い返すかどうかは遊びで決めただけよ。退屈だったし」


 帝国有数の色名しきな持ちの探索者【紅華】。 

 Lv8探索者の一角である彼女が自身を訪ねてきた時、天女はある余興を催した。


 それは、紅華と司祭騎士の一騎打ち。

 司祭騎士を打ち倒すことが出来れば、天女の権能である占星術による協力を約束する……と。


 そして結果は、今使い走りをさせられている青年の勝利だった。


「ほー、俺が負けるとでも思ってたわけか?」


「さぁね。ただあんたの騎士としての矜持を確かめたかったのかもね」


「食えねぇな」


 不機嫌そうに舌を打った青年に小気味いい気分になった天女は、今まで伏せていた情報を一つ落とす。


「グリフィル樹海の凍結……あんたにはまだ言ってなかったわね」


「はぁ? んだそれ」


「少し前、グリフィル樹海が一夜にして凍結した事案よ。あっち側ではかなり話題になったみたい。こっちには王族と私ぐらいにしか周知されてないけどね」


「——ちょっ、待て待て!」


 先ほどの様子から一転、不遜の仮面を脱ぎ捨てて青年は天幕に詰め寄る。

 

「マジで初耳なんだがッ!? えっ、今更それ隠す!?」


「うっさいわね」


「じゃねぇわ! なんで言わねえ!?」


「だって、言ったらあんたこの国を離れるでしょ?」


「たりめぇだアホッ! そういう契約だろう!?」


「落ち着きなさいな。私の占星術が確かなら――もうすぐ来るわ」


「なにをキメてんだっ、詐欺師がっ!」


「仕方ないでしょう!? この国だってみすみす『黒鉄くろがね』を手放すわけないじゃない!? これは私の一存では決められないの!」


「こんのぉ……!」


 寝具の上で少女のように地団太を踏む影を天幕越しに見た青年は、自分の剣に凝らされた意匠を忌々し気に見下ろした。


『黒鉄』

 それは、今や司祭騎士として名の知れた騎士ジェノムのかつての


 真っ白な剣、真っ白な鎧で戦に出ては、それを敵の返り血で漆黒に染めることが由来の畏怖の対象の名。


 そしていつしか世界から消息を絶ったはずの彼は、180年前、失意の渦中にいる時聖教国に拾われたのだ。

 その剣を捧げた相手の帰還を待ち侘びる中で、彼は司祭騎士にまで成り上がってしまった。


「……我が忠誠は錆びず……遅れて申し訳ねぇ、大将」


 久しく彼に灯った眼光に、天女は面白くなさそうに果物を噛みちぎった。







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