わからせの残滓
「おーーーっ! 不夜国ひっさしぶりぃーー!」
「リンファ。先行かない」
「リーダー速いよぉ」
「早く早くっ、遅いよぉ!」
不夜国に、赤の華が咲いていた。
真紅のチャイナドレスにスレンダーでしなやかな肢体を包んだ少女が、欲望に塗れた街の中を雰囲気に似合わない快活さで縦断する。
後ろに続く彼女のパーティーメンバーは顔を見合わせながら後を追っている。
Lv8探索者、リンファネヴィル。
武闘派探索者であり、秘境内探索よりも悪魔討伐に重きを置く活動方針を取っている生粋の
帝国から授けられた二つ名は、【紅華】。
紅の色を与えられた最高の探索者の一人。
その足が向かう先は、天守閣―――夜天だ。
「お待ちしておりました。どうぞ中へ」
「おっじゃましまーす!」
「リ、リーダー!」
「も、申し訳ありません!」
「いえいえ」
無礼なリンファの態度に焦ったメンバーが守衛に頭を下げながらリンファを追えば、彼女は瞬く間に天守内を上がっていく。
探索者の身体能力をもってすれば容易に上がれるその階段を上がりきると、リンファを待っていたのは、
「―――紅華か。よくぞ参った」
「カグヤちゃん、ひっさしぶり!」
「退屈な日々を過ごすと、もう何年もあっていないような気もするな」
リンファに顔を向けることなく、闘鬼場を見下ろせる窓の縁に腕を乗せたカグヤはそわそわと足をばたつかせながらリンファに声を向けた。
珍しい態度に首を傾げるリンファ。
会うたびに退屈そうに身じろぎをするカグヤが印象強いためか、少しの違和感があった。
今か今かと、何かを待っているかのようだ。
リンファの後ろに続いているメンバーたちも、カグヤの様子に顔を見合わせては首を振っている。
「カグヤちゃん、リンが闘鬼場で戦っていいってホント?」
「ああ、退屈しのぎにでもなれば……とな」
高位探索者―――主にLv8からの出場を許可制にしているのは、予定調和の試合を作らないためだ。
出場するのは、カグヤの気まぐれで行われる年に何度かのエキシビションマッチのみ。
だが。
「おぬしも、そんなとこにいないでこっちゃこいっ」
「?」
やはりカグヤは退屈とは正反対の声音で後ろ手にリンファを手招く。
弾む声は、少女が焦がれるようなそれだ。
「もう、妾はあの一戦ですっかりファンになってしまってなぁ!」
「そんなすごい人がいるの……?」
「すごいかどうかもわからん。ただ―――――」
カグヤは縁に置いた腕に顔を埋め、美貌を期待に歪めるのだ。
「これからわかる」
■ ■ ■ ■
アレウが闘鬼場内の控室に入れば、そこには異様な雰囲気が渦巻いていた。
闘鬼たちは落ち着かない様子でオッズの推移を眺めており、入ってきた新進気鋭のアレウに目もくれない。
「また一方的な予想になったのか。アレじゃ勝っても稼げないんだよなぁ」
気落ちした様子を見せながらも、浮ついた声音でアレウは風魔法を手に出現させる。
しかし、その言葉にフレスヴェルグが待ったをかける。
「おにーさん、あれ」
「ん?」
フレスヴェルグが指差すのはオッズ表。
対戦相手の名前は、ヒザキ。
この一カ月で見たことも聞いたこともない名前だ。
おそらく、新人だろう。
だと言うのに、その内容は予想とは全く違うものだった。
「僕の支持率……3割8分?」
一瞬、そんな愕然とした声が漏れる。
この一カ月、初戦から8割以上の支持率を保ってきたアレウにとっては、違和感を感じるほどの劣勢な割合。
だが次には、気を取り直したように目を伏せた。
「ま、まあ……今までがおかしかったんだ……俺って弱いんだし」
いっそ清々しい言葉で誤魔化す彼の顔は、屈辱で歪んでいた。
名前も知らない新人の闘鬼が、自分との試合で勝利を期待されている。
それは、彼にとってはスパイスへと変化する。
劣勢は、カタルシスへの最大の布石だ。
皆は知らないんだ。
これは傾国鬼カグヤが、不夜国でもっとも美しい女が仕組んだ試合。
彼女は、アレウに期待をしている。
期待を背負った強者を圧倒して得られる名声と歓声。
そして、羨望の的であるカグヤからの美辞麗句。
それらが自分に浴びせられる時を想像する。
「――――胸を借りるつもりで行こう。僕は弱いんだし」
全力で叩き潰そう、僕は強い。
天邪鬼な彼の歪み切った心に気付きながら、フレスヴェルグはオッズ表に目を細める。
「ヒザキ……前に、どこかで……」
■ ■ ■ ■
闘鬼場、新鋭闘鬼戦。
人気闘鬼たちの試合と同等に注目されるこの試合。
ポットインされた金貨は、全部で9622枚。
「これより、新鋭戦を開始する」
アレウに対面した男は、灰の外套に身を包み顔を窺えない。
何の警戒もしていない立ち姿にアレウが息を整える。
舐められている。
僕の強さに試合中に気付いても、遅い。
そして、レフェリーの声が響く、直前。
「――――――フーちゃん。そんなとこでなにしてんの」
「……はぁ?」
男が発した言葉にアレウの疑問の声が重なった時。
「始めッ!」
レフェリーが、声を轟かせた。
■ ■ ■ ■
180年前だ。
声は覚えていない。
忘れたくなくても、記憶というのは残酷に消えてしまう。
しかし、話し方、立ち姿。
それらは忘れたくても忘れられなかったそれだ。
「――――ぇっ、えっ……ヘルくん?」
舐め切ったニヤケ面をへつらった笑いに変えながら、フレスヴェルグは冷や汗を流した。
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