強者の理論

「始めッ!」


 レフェリーの合図が響けば、反響するように観客が沸いた。

 声が場内を揺らす錯覚を感じるほどの大歓声。

 

 道楽、金銭、期待。

 闘鬼に寄せられる感情の奔流が音となって不夜国に上がった。


「風霊の加護を――――風纏エンチャント!」


 先手を打ったのはアレウだ。

 身中の魔力と空気中に漂う魔力粒子を結合させて、反応を起こす。

 この世界の人間に生まれつき備え付けられた魔力と、秘境が生み出す魔力粒子。

 魔法の原理は、言ってしまえば化学反応に近い。


 そしてその規模は、本人の才能と努力により成長する魔法のLvによって決まる。


 魔法の基礎、属性纏化エンチャント

 魔法を纏って身体能力を上げる初歩の初歩。だが、使用者の魔法Lvに応じて効果が大きく変わる性質から、決して極めることのできない究極の魔法とも言われている。

 武闘派の戦士が軒並み扱う、最もポピュラーな魔法である。


 火ならば攻撃力。水ならば治癒力。土ならば防御力。

 そして、風ならば敏捷力。

 特記した四つの属性以外の属性にも特徴のある幅の大きい技術だ。


「……やっぱり」


「――――通じるか、わからないけどっ!」


 弱気なことを言いながら殺意が籠りまくった形相でアレウは対面の男に突貫する。

 上がった敏捷性を大いに活かした踏み込みは、観客たちの視線を置いていく。闘鬼場に吹いた暴風は、アレウの背を押す神風と化した。


「はああああああああ!!」


 意気の声と共に突き出された拳は―――――轟音を立てて空振った。


「……え?」


 空振った拳はその場に豪風を巻き起こし、観客席にまで波及する。

 強風に煽られる観客たちは身構えながら、その光景を目撃した。


「フーちゃんの魔法にしては出力が低いな」


「ごふっ――――」


 アレウの腹に突き刺さった男の爪先が、彼を舞台端に吹き飛ばす。

 何度か跳ねた後、地面を転がるアレウ。


「ぐっ……なんで!?」


 こみ上がる胃液を口の端から溢しながら、アレウが顔を上げれば、


「自分で言ってたじゃんか、通じないって。それだよ」


「……っ!?」


 当然のようにアレウに拳を振りかぶっている灰の外套。

 咄嗟に跳ね起きたアレウは即座に横跳びでその場から離脱する。

 

 拳を振り下ろすことなく力を抜いた男は、必死に肩で息をしながら自分を睨みつけているアレウに振り返った。

 灰色の男に浮かんでいるのは、馬鹿にしたような笑みだ。


「なんでそんな顔してんの? 通じないかもって言ってたんだから、自分の方が弱いってわかってたんだろ? 何に驚いてんの?」


「……警戒しているだけだ。思ったよりあなたが強かったから。僕は全力で戦わないと負けてしまう……僕はあなたみたいな強者じゃないから」


「じゃあ――――なんで手加減してんの?」


「……は?」


 つらつらと語るアレウの言葉に、男は不機嫌に口をはさむ。

 男は今の一瞬の攻防に沸いている観客たちを遮断するようにアレウだけに焦点を合わせた。


「対戦相手だから調べさせてもらったよ。アレウ・カリー。全戦全勝、風魔法の使い手の手練れで、口癖は『うっかり』とか『普通』とか果てには『俺は弱い』とか…………俺と同じくらい『イタい』やつ久しぶりに見たよ」


「……なんの――――」


「いや、わかる! わかるよっ! 俺にもそういう時期あったわ~。あれね、自分は普通だと思ってるけど周りから見れば非常識な力を持ってるパターンね! 確かにうっかり系主人公って面白いけど……限度があるでしょ、ずっとそれだとただの思考停止バカになっちゃうよ。しかもまさか現実でやっちゃうのはさ……」


 観客たちに聞こえないように声を潜める男は、本当に共感している様に頷いた。

 共感と言ってもその実、共感性羞恥の割合が大きいが。


 フードの奥に見えるへらへらと笑う顔。その眼と口元は本当に恥ずかしいやつを見るように歪められていた。


「しかも自分のことを弱いって言って全力で戦ってるはずなのに、対戦相手には未だ重傷者ゼロとか……設定的にも矛盾してるじゃん。相手に怪我させないとか、自分の実力をわかってないと出来ないよ。……俺のクラスメイトは、本当に自分の実力がわからなくて絡んできたヤツのこと殺しちゃってたりしてたからさ……ホントの『うっかり』ってこういうことかって思ったよ」


「おっ、お前ぇ―――」


「俺もそれ系の小説とかよく読んでたけど……読んでいくと流石に無理出てくるよね。明らかに格下の相手を自分より強いって認識してるのに、最終的には気絶させるくらいで終わるもんね。あれ絶対全力で戦ってたら死んでるはずなのに……なんでだろうね?」


「……ぐっ……ぅう!」


 厨二患者どうしを見つけたように目を輝かせて話す男は、アレウの怒り心頭な表情に首を傾げる。


 まさか―――――


「あれ……まさかその設定……本気でやってたの? そういうパフォーマンスじゃなくて……? ――――うわっ、まじ?」


「――――殺す!!」


 全力だ。

 死傷者を出さないように抑えていた力を解放する。


 その行動すら、男が言っていたことを裏付けるようで無性に腹が立つ。


「―――――風神演戯ガルーダ!!」


 風が渦巻き、アレウの背に羽を広げた。


 フレスヴェルグから与えられた中で、最大出力。最大火力。

 宙を縦横無尽に駆けることを許された、魔法Lv7の超級魔法。


「ほら、やっぱり本気じゃなかった」


「うおおおおおおおおおああああああああああ!!」


 咆哮。

 屈辱と劣等に塗れたその声を闘鬼場に響かせたアレウは、一瞬の浮上の後男に向かって豪速の滑空を敢行した。

 突き出した両手の先には、風の刃がその矛先を男に向けている。

 後先を考えず、その口を塞ぐために放たれた凶撃は―――――


「その力を弱いとか言ってたんだよね……――――でも確かに、君が使うとよっわいな」


 空中から超速で接近するアレウに向かって躊躇いなく跳躍した男は――――渾身の拳をアレウの顔面に叩き込んだ。


「――――ぶごっ」


「ッ!」


 そのまま力のベクトルを地面に向け、アレウを地に叩きつける。

 埋没した地面は土埃を上げながら、観客たちから横たわったアレウを隠す。


「多分あれだよね……フーちゃんにからかわれた口? あの子悪癖があってさ……をバカにするのが趣味なんだ。君は、その彼女の食指に引っ掛かっちゃったんだよ。ホント、ごめん。ちゃんと怒っとくから―――――なぁ、フレスヴェルグ」


「―――ちっ、違うのヘルくんっ!!」

 

 アレウの身体から飛び出た薄緑の光球。

 それから発される声に男は首を振った。


「はいはい、話は後でね。ちょっとやり過ぎたね、フーちゃん。このままだったらうっかりくんの人生めちゃくちゃになってたよ」


「うっ、うそうそ!」


「聞かないよ。―――来い、仕置きだ」


「ひうっ……はぃ」 


 怯えた声と共に急速に男の懐に入ったフレスヴェルグ。

 膨大な力の奔流が身体から抜けていくのを実感したアレウは、必死に手を伸ばす。


「ま、待てフレスヴェルグ! 戻ってこい! お前僕に一目惚れしたんだろ!? だったら――――」


「……あれだな。うっかりくんは善意と悪意の判別をできるようにならないとだね。自分に自信がないふりしときながら美少女の好意をあっさり信じちゃうとか……都合よすぎだよ」


「うるさいっ! フレスヴェ」


「うわ出た。自分の力に無自覚系主人公くんの必殺、人の話聞かない」


「黙れええええええええ!!」


 怒りを通り越した憎悪を込めた視線。


「お前も……村の奴らと同じ目ぇしやがって! 僕をバカにするな! ちょっと強い異能を手に入れたからって……僕が不便な異能じゃなくて、お前らと同じ異能を持っていたら、お前らなんてッ!」


 しかしそれを受ける男―――屍王は白けた様子だ。


「異能コンプか……くだらな」


 そう吐き捨てた。


「不便な異能のやつなんていっぱいいるよ。それに、フーちゃんの魔法を受け取っててあれだけしかできないって……才能とかじゃなくて、努力不足だよ。異能が無くても魔法は使えるし、現にLv8探索者にもいる。なのに生まれとか環境にヘイト向けるのは救えないよ。……そう言えば高校にもいたわ。モテたいモテたい言ってる髪ぼさぼさのやつ。与えられることを望むことしかできないやつ。そういうのに限って見た目の不平等さに文句言うんだよなぁ」


「ぐっ、ぎッ!」


 容赦なくアレウを詰る屍王は、もう一度アレウに近づくと――――絶対零度の双眸で見下ろした。


 誰かに貰った力を弱いと詰りながら使うアレウの姿は、屍王にとっては虫唾が走るほどの嫌悪の対象だ。


 犠牲によって、クラスメイトの異能を借りながら目的を達した日崎司央にとっては――――最大の地雷だ。



「人の部下の力を無償でもらって使っときながら弱い弱い言いながら戦ってんじゃねえよ、気持ち悪ぃな。……うっかりくん、君はまず自分の力を自覚しよう。それは自分の弱さを知ることにもなる。これは、俺がこの世界で教わった教訓だ。役に立つといいな。自分の強さを知ってるやつの方が強いし……なにより――――カッコいいよ」


 直後、土煙を払う程の風圧を纏って屍王はアレウの胴を蹴り抜いた。

 

 直撃を受けたアレウは地面に転がる。

 だが、怪我はなく、ただ気絶をしているだけだ。


 隠されていた光景を眼にした観客たちは、喜怒哀楽の入り交じった大歓声を上げた。



「勝者――――ヒザキ!」






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