闘鬼報酬
「お、おめでとうございます、ヒザキ様……!」
「あ、受付嬢さん。ありがとうございます」
初戦で栄えある勝利を飾った俺は、控室に戻る途中で俺を対応してくれた受付嬢さんに声を掛けられた。
驚いた様子の受付嬢さんが饒舌に語りだしたのは、闘鬼に払われるファイトマネーについてだ。
「今回の試合でポットに入れられた金貨は全部で3476枚。そのうち内、7割である2433枚をヒザキ様に賭けた方々に賭け金に応じて分配し、残り1043枚。その4割の417枚を闘鬼場側が取得し、残額の金貨626枚をファイトマネーとして配当させていただきます」
626枚……上出来だな。この配当の高さも、危険を冒して闘鬼が試合に出る理由だ。
新人闘鬼の戦いに総額3476枚の金貨が集まった。その理由は、ニヴルが広めた極秘(周知)の噂のおかげだろう。
御の字どころが望外の収穫と言っていい。
観客はかなり多かったが、その中でも俺達の試合に賭ける人数は読めない。ニヴルの流した噂がその母数を増やしたってわけだ。
そうすれば自ずと金貨の総数も増える。
受付嬢さんから手渡されたのは不夜国闘鬼場の押印がされた小切手だ。
これを各国、各都に支部がある商会ギルドに持っていけば金貨に換金してくれる。
配当が書かれた小切手をほくほく顔で受け取る。
「あ、あのっ、すごかったです!」
興奮気味に腕を振りながらあざとく振る舞う受付嬢さん。俺のフードの中にある顔を覗きこもうとする動きと、身体の揺れに合わせて揺れる双丘に一瞬目を奪われるが、
「――――失礼いたします」
そう言って俺達の間に入るニヴルによってその視線は遮断された。
「業務中……とお見受けいたします。―――お疲れさまでした」
にべもなく圧を発しながらそう言うニヴルに、受付嬢さんは冷や汗をかきながら「それではっ……」と頭を下げて行ってしまう。
俺を振り返ったニヴルは、らしくなく頬を膨らせている。
「……あれ、ハニートラップですからね」
「わかってるよ。あそこまで露骨だったら俺でもわかる」
「どうだか……見惚れていたように見えましたが?」
「眼福には変わりねえんだよ」
「見ます?」
「当分はいいかな」
「……むぅ」
そんなやり取りもそこそこに、ぞろぞろと収穫であろう小切手を手に持ってくるヘルヘイムの面々。
グルバは上手くいったことにしたり顔を浮かべ、ガルムは嬉しそうにふにゃふにゃとお菓子の名前を諳んじている。
「若よ、初見殺しはうまくいったのう」
「有能な片腕のおかげでな」
「……あっ、あっあっ」
「語彙力なくなったのだ、このうしぢち」
「王っ、おやつ代すっごい! あ、かっこよかったよ!」
「でしょ? 王かっこいいだろ?」
「うん!」
とってつけたような、思い出したような誉め言葉でも純朴なガルムの言葉は胸に刺さる。
この言葉だけで一年頑張れるわ、ほんと。
グルバから手渡された小切手には、730枚の文字。
金貨50枚をベットしたから……倍率は14.6倍か。上々だな。
「若に賭けたのはワシが最高額だったようだ。だが、今回のことで同じ手は使えんな」
「もともと一回きりのズルだからな。満足満足」
合わせて俺の儲けは金貨1356枚。
「ニヴル……どう?」
「2000枚がラインかと」
「もうちょいか」
ニヴルの言葉に気合を入れ直した、その時。
「ヒ、ヒザキ様っ!」
足音に反応した八戒たちはニヴルの魔法でその場から姿を消すと、先程の受付嬢さんが俺の下に駆け寄ってきた。
息を乱した彼女はさっきの興奮とは違う、焦りと恐れが含まれていた。
肩で息をしながらどもった彼女は、堰を切ったように話し始める。
「――――次の、しっ、試合が……決まりました」
「……えっと……はい?」
明らかに急な宣言にとぼけた反応しかできないでいると、そのまま捲し立ててくる。
「傾国鬼……カグヤ様からの要望によりっ、不夜国闘鬼場の新鋭同士での試合が急遽組まれて……」
「傾国鬼……」
不夜国シェヘムの天守に住まう、夜天の主。
そんな人間からのご所望か。
「対戦相手は―――――デビュー後未だ無敗の、アレウ様という闘鬼です」
■ ■ ■ ■
「傾国鬼からのご所望……?」
「はっ、はい!」
小柄な受付嬢にそう言われ、アレウはめんどくさそうに息を吐いた。
「ちっ、カグヤってのにも目ぇつけられてるのか。目立たないように力を抑えても、なぜか目立っちゃうんだよな……」
「おにーさんが強いからだよ~」
「ったく、その試合で勝ったら夜天にでも呼ばれるのか? はぁ、やれやれ」
フレスヴェルグの言葉に仕方なさそうに首を振ったアレウは、闘鬼場へと足を向ける。
彼に顔にあるのは、諦観と……、
「次の試合は勝てるかどうかわからないなぁ、僕あんまり強くないし」
言葉と裏腹の自信だ。
「――――強くないって……なら行かなきゃいいのに。なんで自信ないのに危ないところにいこうとするんだろ。バッカみたい」
フレスヴェルグの言葉は、彼には届かなかった。
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