新人闘鬼
不夜国闘鬼場のロビー。
血の香りがする闘争や賭博が行われているというのに綺麗に設えられた装飾や絨毯は、明らかな非日常を脳に叩き込んでくる。
身綺麗な貴族たちは、贔屓の闘鬼や闘鬼獣と呼ばれる獣、悪魔に金銭を賭けた後観客席に向かう。
一般の参加者、闘鬼獣と悪魔。
これらの力量を見極め、得喪を争うのだ。
闘鬼戦のマッチアップは闘鬼場の運営が決め、注目試合は何万の金貨が動くことになる。
「参加するのは初めてだな」
さして注目も浴びないままに受付に向かえば、胸元を大きく開けた美人さんが対応してくれる。
貴族やらが来ることもあって外面も気にしているのだろう。
「ようこそ不夜国闘鬼場へ。博奕をお望みですか?」
「いえ、闘鬼としての参加を……」
「かしこまりました。そうしましたら――――」
手慣れた様子で羊皮紙とペンを取り出した受付嬢さんはさらさらと必要事項を書きつつ質問してくる。
名前、武器、戦闘経歴。使用魔法。
名前はヒザキ。武器はなし、戦闘経歴も特になし。
魔法は秘匿可能だったので秘匿しておく。これはオッズ操作のブラフとして参加者が隠すことが許可されているらしいので、変に疑われることもなかった。
氷魔法は希少なので出来るだけ隠しておきたい。身バレ対策である。
答える度に難しい顔になっていく受付嬢さんを眺めながら手順を済ませた。
「……博奕参加者の方々に知らされるのは名前と使用武器のみになります。これで、大丈夫でしょうか?」
「はい、完璧です」
「……なるほど。今日から闘鬼戦に参加することも可能ですが、どうなされますか?」
「早ければ早いほどいいですね」
名前以外の欄がうっすい闘鬼情報をしかめっ面で睨む受付嬢さんは、もう一度俺を睥睨したかと思えば、
「少々お待ちください」
そう言って暗幕で隠された受付の奥へとはけていく。
よし、ニヴルの言ってた通りだ。
内心ほくそ笑んでいると、早々に戻ってきた受付嬢さんは最初と変わりない眩しい笑顔で案内をしてくれる。
「それでは、ヒザキ様の闘鬼登録完了になります。それで……かなり急になるのですが、四試合後の闘鬼獣とのマッチアップが決定いたしました」
「……へえ。言ったのはこっちですけど、かなり早いですね」
「新顔の闘鬼獣のデビュー戦なのですが、ちょうど対戦相手を探していたようなので」
これは本当だろう。
だが、ニヴルが言うには本質は違う。
不夜国闘鬼場の闘鬼獣と養殖悪魔は、運営側が調教系の異能を扱って闘争用にカスタマイズされた特殊個体。
当然そこらの同種よりも強力で知能も高い。
そして、それらのお披露目会は『闇鍋戦』と呼ばれているらしい。
闘鬼獣と養殖悪魔のデビュー戦は、実力が圧倒的未知数。
賭博場の性質を考えれば、賭けに負けた人数が多ければ多いほど儲かるのでエキシビションマッチでもない限りわかりやすい組み合わせにはしないそうだ。
未知数の闘鬼獣と悪魔と対するのは、未知数の新人闘鬼。
これはもう様式美であるらしい。
その相手に俺は選ばれたのだろう。
その要因は、戦闘経歴なしの部分。
戦闘経歴なしを謳う輩は多いらしく、格上を倒せばファイトマネーが増える不夜国闘鬼場ではよくあることらしい。
ようは、弱いふりをして強いやつと戦って勝てば金が多くもらえるのだ。
だが、そんなことを運営側が看過するわけもなく。
「それでは、控室へどうぞ。出番になりましたら係りの者がお呼びに参ります」
「わかりました」
「……ふふ」
ささやかに笑った受付嬢の薄気味悪さに背中を震わせながら控室に向かう。
戦闘経歴なしの新人闘鬼。
それに当てられるのは、特殊個体の闘鬼獣なのだ。
■ ■ ■ ■
「おい、聞いたか?」
「ああ、もう賭けてきたぜ」
「ラッキーだったな。まさか『
「馬鹿っ、名前出すなっ!」
「わ、悪りぃ……」
不夜国闘鬼場に、異様な空気が蔓延していた。
誰もが他人によそよそしく振る舞いながら、仲間内で密かに笑い合う。
『屍徒』。
それは、世界に名を轟かせる智謀の情報屋の名だ。
神出鬼没、東奔西走。
その情報の確度から、神の使徒とまで呼ばれることがある知恵者。
銀貨一枚の格安で男たちが手に入れた情報は、今日の第十八試合目のマッチアップ。
それが、新人闘鬼と新顔闘鬼獣による闇鍋戦であること。
そしてその新人闘鬼の戦闘経歴欄が、空欄であることだった。
不夜国闘鬼場に出入りしたことがあるものなら、この情報のありがたみは痛いほどわかるのだ。
本来未知数である実力差。しかし、特殊個体の闘鬼獣が出張ってくることが分かるならば、どちらに賭ければいいかなど馬鹿でもわかる。
それほどまでに、特殊個体の闘鬼獣は強力無比なのだ。
「ぜってぇ漏らすなよ、この情報」
「わかってるっての」
男たちは笑いをかみ殺しながら観客席へ向かう。
件の闇鍋戦は、もうすぐ始まるだろう。
闇鍋戦の払い戻し額は、最終オッズに1.1倍。
例え全員が勝者に賭けたとしても利益が出るのだ。賭けない馬鹿はいない。
闇鍋だけあって勝敗予想かなり割れることが多く、だから盛り上がるし、熱も入るのだ。
そして、意気揚々と彼らがオッズ表に目をやった時―――言葉を失った。
闘鬼獣の支持率、9割8分。
周りを見れば、誰もが同じように愕然としている。
拮抗していたはず。
だが、試合直前に誰もが闘鬼獣に賭け、それを黙秘していたのだ。
沈痛な静寂と怒号が飛び交う中で、彼女は微笑んだ。
「嘘はついていませんよ。情報屋ですので」
屍徒ニヴルは、新人闘鬼の戦闘経歴が空欄だという真実を流布しただけ。
屍王が消息を絶っていた間に世界一の情報屋として築き上げてきた信頼は、彼の為ならば如何様になっても構わない。
ただ、役に立てるだけでいいのだ。
「小癪だが……よくやったと褒めてやるのだ」
「うわ~! 王が勝ったら金貨5枚が……えと、えと……いっぱいになるっ!」
「がはは、思考停止とはこうも愚かであるか! 金は人をおかしくするのう!」
観客席の片隅で声を上げた彼女らは、始まるであろう惨劇に嘲笑を浮かべた。
■ ■ ■ ■
――――沈む。
音を立てて、獅子の闘鬼獣は白眼を剥いていた。
天使の羽を植え付けられた四足獣は足をもがれ、羽を破られた。
相手は素手。魔法も使用していない。
だというのに、あまりに理不尽だった。
「一戦目でこれだけ稼げんなら、思ったより上手く行きそうだな。ありがとニヴル」
Lv6の秘境内で無傷で居られるほどの闘鬼獣が、一矢も報いることなく血を吐いた。
観客たちは目の前の光景を信じられないように頭を抱えた。
稼ぐどころか、世紀の大損でしかないのだから。
「しょ、勝者――――ヒザキ!」
微かに聞こえる歓声は、情報を知る前に新人闘鬼に賭けてしまった情弱たちのものだ。
彼らは自身の豪運と、新人闘鬼の戦いに賞賛を送る。
そして―――――
「お、面白いやつ――――きたあああああ!!」
月を背に負う夜天の頂点で、カグヤは身を乗り出した。
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