眠らない国

「うっわああああ~~~~!!」


 不夜国シェヘムを囲むザルド平原。

 夜の星よりもシェヘムの魔法光に照らされた平原は、人工の怪しい雰囲気に包まれていた。

 街灯に集る夜光虫のように街へと吸い込まれていく人々の群れは、例外なく魔性の魅力に魅入られた者たちだ。


 夜に輝く街。

 俺達現代人にわかりやすいのは歌舞伎町やら、創作で見たことがある吉原なんかがそれらしいだろう。

 歌舞伎町より古めかしく、吉原よりも今らしい和洋折衷の様相。

 だが中央に行くにつれて教科書で見たことあるような和風屋敷が立ち並ぶ、ある種の浪漫も完備している。


 小さな体を限界まで飛び跳ねさせるガルムは雰囲気に酔っているのかいつもより興奮気味だ。

 目を輝かせて走り出すガルムに連れられるように、俺達はシェヘムの門を通った。


「王っ! 王っ! あのお城すっごいよ!」


「うん、すごいけど王っていうの止めてね」


「王、この街眩しいのだ」


「言うなって」


 俺の肩の上でぺちぺちと尻尾を揺らすニドは、小さい手で自分の目を覆っている。

 そんなニドとは対照的に、ガルムとグルバはぐんぐんとその足を街へと繰り出していく。


 すれ違うのは客引きとか歓楽街で働く女性の勧誘など俗っぽい街だが、だからこそ人々を惹きつけるのかもしれない。

 まあ、難色を示す奴もいるだろうけど。


「……いつ来ても下賤な街ですね」


 ニヴルとか。

 フードの上からでもわかる美貌とスタイルに群がる男は数いれど、その双眼に睨まれてまで声をかけ続ける骨のある男はいないらしい。

 そう言う態度や目に晒されるのはあまりいい気はしないだろうしな。

 ヘルヘイムの清楚担当とはよく言ったものである。


「畜生のオスメスの巣籠り後の匂いがします。卑猥な性臭で鼻が曲がりそうです」


 清楚担当どこ行ったのよ。


「屍王、休憩所があります。お疲れでしょうから二人分の予約をしておきましょうか?」


「気遣いありがとう。当分元気そうだ」


 清楚担当どこ行こうとしてんのよ。

 ニヴルの言葉に「うへー」と舌を出したニドの尻尾をニヴルが掴みじゃれ合い始める。


「若よ、これを見ぃ」


 俺達の先でとある掲示板を指差すグルバ。

 人混みを通り抜けながらその場に行けば、貼り出されているのはオークションについての案内のようだ。


「希少種中級悪魔デモンズの高品質素材。秘境内で発見された天然装飾品トレジャー。高位探索者の遺品。原生種の爪と皮……おっ、やっぱりあるか」


「参加費用、前金金貨150枚……冷やかし対策としては良い値段だのう。まあこれしきを渋るようでは競りにも参加できんだろうしの」


「前金で150枚……原生種の皮は……」


「金貨500枚でも厳しいでしょう。競りに参加するのであれば神銀貨に変えなければならないでしょうから、商会へ通す必要もあります」


 商取引にしか使われない神銀貨。

 金貨10枚を神銀貨1枚に変えるためには商会に申請しなければならない……が。


「商会……ニヴル」


「ええ。ゼーノ様はご存命でございますので、支部に向かえば手間にはならないかと」


「おー、骸骨じいさん元気なのか……良かった」


「ゼーノ殿には世話になっとるからのう。顔見せも必要だろうて」


「我より生きとるというのに、商魂たくましいのだ」


「ガラガラおじいちゃん、お小遣いくれるから好き!」


 お金で餌付けしてんのかよ、あの子供好き……。いやらしい意味がないのは知ってるけど世間体とかどうなの……?


 そうして懐かしい名前にほっこりしてるが、ここまでの話は全て捕らぬ狸の皮算用でしかない。


 俺は目線をシェヘムの天守―――夜天の足下に隣接された闘技場に固定する。

 

「――――よし。行くか」


「若の金貨50枚は全額賭けるからの、限界まで増やすが良かろう」


「時間が許せば横断幕を作りたかったのですが……」


「まじでやめて」


「嫌がるでない、王よ! 誰よりも大声で声援を送ろうではないか!」


「グルバ、止めといて」


「任せい」


 グルバの返事に頷いていると、足元のガルムが俺の裾をくいっと引いた。

 自分の懐から取り出した金貨5枚を大切に抱き締めながら、きらきらとした目を俺に向けて、


「王っ、ガルムが大切に溜めたおやつ代全部賭けるねっ!―――頑張って!」


 そう言うのだ。


 いやもう絶対に負けないんだけど?

 これで負ける奴とかそのまま死ねばいいんじゃない?


「うん。王頑張るよ」


 自分で王とか言っちゃうくらい気合入ったわ。



「かっこいいとこ見ててくれな」





■     ■     ■     ■



 傾国鬼。


 そう呼ばれて久しい彼女は、夜天の頂上で嘆息する。

 外を見下ろせば不夜国闘鬼場を覗きこめる場所で、退屈の坩堝にいる彼女。


「カグヤ。ため息ばかりでは……」


「――――つまらん。妾、退屈で死ぬぞ……」


「新たな闘鬼……アレウと言いましたか? それはかなりの腕と聞きますが」


「おぬしも見ればわかる。アレはダメだ。そろそろボロが出る頃」


 絶世のかんばせを鬱屈に歪めた傾国の女は、頬杖をついて口を尖らせた。


「妾を楽しませる何某かは……なかなか現れないものだな」


「……でしたら、カグヤの名で高位探索者を呼びましょう。ちょうど不夜国領内の街に立ち寄っているらしいですから」


「ほう―――どいつだ?」


「探索者Lv8……【紅華こうが】にございます」


「……勝敗の決まった勝負にはなるが……暇つぶしには良かろう……呼べ、余興だ」


「御意に」


 音もたてずに離れる側付きを見送りもせず、今日何度目かわからない長いため息を吐く。


「願わくば、ほんの少しでも時を忘れられることを……ふっ」


 

 自分の言葉に笑った傾国のカグヤ。

 魔法光を鬱陶しく感じながら見下ろす闘鬼場……なんと無為な時間か。

 もう一度髪を靡かせたカグヤは、つまらなそうに視線を外した。



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