不夜国闘鬼場
不夜国。
人呼んで、明けない国シェヘム。
商業街、歓楽街として栄華を極めた都は、煌びやかで夜と共に在る……光溢れる不夜城だ。
その盛況は、帝国の首都に勝るとも劣らない人の喧騒と欲望に塗れている。
夜空の星々よりも人の目を眩ませる魔法光に釣られてシェヘムを歩けば、必ず目に付く天守。
都を見下ろすその天守――――
夜天の頂上に一度現れる『カグヤ』と呼ばれる美姫は、【
そして、夜天の足下に寄り添うように隣接しているコロッセオ型の大型闘技場。
大人数を収容可能なその建造物は、足繁く通う者たちの希望と相反する絶望の象徴。
不夜国闘鬼場。
闘技の参加者、闘鬼。
多額のファイトマネーを求め、浮浪児、探索者、貴族、奴隷など、ありとあらゆる人種が闘鬼として参加し……そして、『調教悪魔』などという馬鹿げた生物をエンターテインメントととして提供する魔窟。
そして、それらの勝敗に金銭を賭ける観客たちで成り立つ不夜国の名物だ。
「お……おい……」
「負けんじゃねええええええ!!」
「しっかりしろッ! いくら賭けてると思ってんだあああああああ!!」
自分が賭けた闘鬼が負けそうになると罵倒が飛び、優勢であれば哄笑と嘲笑が入り交じる。
現在罵倒を送られているのは、異形の獣。
『グアアアアアアアアアアッ!!』
調教系の異能を駆使し、不夜国側が用意した四足獣型の
その悪魔と相対するのは、なんの変哲もない無名闘鬼。
中肉中背、金髪、立ち振る舞いに覇気もない。
しかし、彼が操る風魔法は異常の一言。
「なんだよあのルーキー!」
「す、すげえ……」
「
その場から動くことなく魔法だけで悪魔を蹂躙する少年の姿に、観客たちは騒めく。
闘鬼のデビュー戦でこんなにも圧倒的な差が開くことはまずない。なぜなら、運営側がそれに見合った相手を用意するからだ。
「――――あれ、なんでみんなこんなので驚いてるんだ……?」
少年の声が拡声魔法によって闘技場内に響き、観客たちは唖然とする。
「こんなの、Lv8以上の探索者たちもやってることだろう? 凄くもなんともない、普通だよ」
少年は、自分の強さや力量に無自覚な様子でそう溢す。
比較対象が世界最高峰の強者たちの時点でずれていることに気付いていない少年は、目の前の瀕死の悪魔にとどめを刺しながら観客たちを見渡す。
「――――もしかして、これってすごいことなのか? 本気出してないんだけど……」
状況が呑み込めていない少年をよそに、レフェリーが終了の合図を鳴らす。
「し、試合終了っ! 勝者―――――アレウ・カリー!!」
「うっかり目立っちゃったみたいだな……」
■ ■ ■ ■
背後に歓声を受けながら闘技場内を去ったアレウは、素知らぬ顔で闘鬼の待機室までの道を行く。
途中、他の参加者から向けられる視線を気にした素振りすらなく、すまし顔だ。
闘鬼の控室。
個人に与えられたそこで、今の戦いのファイトマネーの精算を待っていると、
「――――にひひっ……おにーさん、つっっっよ~い!」
「……フレスヴェルグか」
「え~! フーちゃんのことは気軽にフーちゃんっって呼んでよ~」
「鬱陶しいな」
「そんなこと言って~、こーんな可愛いフーちゃんの胸元チラチラ見てんのバレバレだから!」
「ふん」
距離の近いフレスヴェルグの声に顔を背けたアレウは、不機嫌そうに顔を取り繕う。
「おにーさん、もうちょっとフーちゃんに感謝してもいいんじゃない? おにーさんが使ってる風魔法、フーちゃんが貸してあげてるのに」
「お前が僕に一目惚れしたって言うから、使ってやってるんだ。それを忘れるなよ」
「……にっひ、は~~い」
相変わらず舐めた口調で目を細めるフレスヴェルグに、アレウは「やれやれ」と首を振る。
アレウが不夜国に入った時、一番最初に声をかけてきた少女。
フレスヴェルグと名乗った彼女は、「おにーさんに一目惚れしちゃったっ」と頬を赤らめながら、アレウに魔法を授けた。
それは、生まれつき不便な異能を授かったアレウにとっては僥倖も僥倖だった。
「魔法が使えれば、あんなの誰だってできる。授けたのはお前だけど、上手く扱ってるのは僕だ……そうだろ?」
「あーそうそう! おにーさんすっごいね~~!」
「はは、そうだ。異能が不便なだけで、僕だって頑張ればこのくらいできるんだ。それこそ、Lv8の探索者だって目じゃない……!」
拳を握ったアレウは故郷での出来事を思い浮かべ目を見開く。
運良く強力な異能を授かっただけで、「向いてない」などとアレウを見下していた同年代の少年少女。
『―――頑張って! アレウならできるよ!』
故郷で一番仲の良かった少女の笑顔が、アレウの希望だった。
なのに、そんなことを笑顔で言っていたくせに、アレウを置いて街に来た探索者に付いて行った幼馴染の少女、ライカ。
アレウに刻みつけられた、裏切りの記憶。
だが、
「ま、僕には関係ないけどさ。探索者のことも、ライカのことも。僕は自由に生きたいだけだし」
アレウには関係ない。
不夜国闘鬼場に名を轟かせ、探索者として成功したとして、バカにしていた奴らが今更すり寄ってきたって―――もう遅い。
暗く淀んだアレウの双眸を覗きこんだフレスヴェルグは、八重歯を覗かせ口角を上げた。
「そう、そうだよね。おにーさんの故郷の人たちは、きっとおにーさんを見下してたんだよね。そうに違いない。心配してたわけじゃないよ、うん。幼馴染ちゃんも、おにーさんを裏切った。真っ当に生きて、真っ当に恋をしたのかもしれないけど……それでも、おにーさんを置いていくなんてひどいよね? だって、幼馴染なんだもん。頑張れって応援してくれただけだけど、でもおにーさんは幼馴染ちゃんを好きだったんだもんね? 気づいてくれないなんて、ひどい子だよね?」
「そ、そうだろう? でも、顔を見に行くのもいいかもしれないな。その時は付いてこい、フレスヴェルグ」
「うん。幼馴染ちゃんより可愛いフーちゃんを連れて行くのも、見せつけたいわけじゃないよね? 今も、自分の力をひけらかして気持ちよくなってるわけじゃないよね? ただ、自由に生きてるだけ。見返したいわけでもないよね。うん、うん……わかるよ」
「ああ、僕が思ってる以上に僕が凄かったのかもしれない……うっかりしてたよ」
フレスヴェルグが囁く言葉に、アレウは昂っていく。
その姿を後ろから俯瞰するフレスヴェルグの双眸は、
「……にひ」
何の色も映していない。
アレウに対してフレスヴェルグがしたのは、ただ魔法を与えただけ。
洗脳や常識改変などを施したわけでもない。
ただ、力を与えただけ。
誰もが振り返るような美少女が自分に一目惚れをした。そんな事実を一も二もなく受け入れ、その力を甘受したのはアレウだ。
フレスヴェルグに会った時から、故郷の話を飽きることなくしたのはアレウだ。
背を押すのではなく、ただ立ち上がるのを助けただけで、彼はこうして走り出したのだ。
「ば~~~かっ」
そんな罵倒も、彼には聞こえていない。
フレスヴェルグは、そんな彼を見ながら、呟いた。
「つまんな」
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