協力者
「がはははははっ!! いや、怖がらせたようですまんな嬢!」
「い、いえっ……御憂慮痛み入ります……が……」
少女は好々爺然と歯を見せるグルバに戸惑いを隠せないようで、視線を右往左往に泳がせる。
説明を終えた途端、グルバの棘のような雰囲気は鳴りを潜め、怯えさせないようにか槌も手放し壁に立て掛けてある。
まあ少女が戸惑うのは、何もグルバの様子だけでは無いだろう。
「まったく! 貴様が変わらず頑固なおかげで紆余曲折あったのだ!」
「ニドはただ王の肩に乗ってただけじゃん」
「よく労を負ったような口を叩けますね……」
「揃い踏みで文句とは、これもまた懐古の一幕だのう!」
「なに嬉しそうにしてんのだ!」
各々自由に言い合うこいつらに対する困惑も大きいだろう。
少女はやり取りから視線を外して俺に窺うような目を向けた。
「あ、あの……この人たちって……」
「全員部下だよ。悪魔族と天使族のハーフ。呪狼の子。邪龍ニーズヘッグときて、鍛冶神グルバ様。すごいだろ?」
「い゛っ…………に、にーず、へっぐっ!?」
「んお? なんだ娘、我のこと知っとんの?」
「っ!?」
ニドが少女に振り返ると、彼女は身体を跳ねさせて俺の影に隠れる。
そう言えば帝国の守護竜とか呼ばれてたし、結構有名なんだよな、ニド。
うちの戦闘員兼マスコットからよくここまで出世したものだ。
何はともあれ、俺の目標はこれで達成。
あとは少女の……。
「そうだ、名前聞いてなかった。なんて言うの?」
「わっ、私……です、か?」
「なんで敬語? こいつらのことなら気にしなくていいよ、すごいのはこいつらであって俺じゃないから。身分的にも当然俺の方が低いしさ…………ん? あれ、今更だけど敬語使いましょうか……?」
「な、なに急に弱気になってるのよ! もういいわよ、そんなの…………私はアイレナ・ウィル・アイロン。アイロン伯爵家の一人娘よ」
「アイレナ……じゃあアイちゃんかレナちゃん……レナちゃんの方がかわいいな。レナちゃんで」
「れ、れなちゃん!?」
親しみやすいあだ名に大きく反応するレナちゃん。気に入ったのかな?
その反応に気を良くした俺は、注目を集めるように大きく鳴らすように手を打った。
「はい注目! 旧知を温めるのも大事だけど、これからレナちゃんのこと助ける約束してるんだ。いつも通り俺のわがままに付き合ってくれ」
「ほう、久方ぶり、若からの無理難題か……腕が鳴るわい」
「お任せください。レナちゃん様伯爵家が抱える問題について、心当たりがございます。我らの現戦力があれば、解決できるかと」
「おお! 流石ニヴル!」
「あっ、王っ王っ! ガルムも頑張る!」
「無論、我もいる! 娘よ。案ずることなど無く、明日を笑うが良い!」
俺の言葉に好き勝手に返す部下達。
文面だけ切り取ればなんとも心配になってしまいそうな言葉たちだが、それを言うやつらがやつらだ。
「……っ」
レナちゃんが今どんな感情を抱いているのかはわからない。
でも、強張った表情と、少し赤くなった頬。潤んだ瞳で部下たちを見つめる様子は、悪感情からはるか遠くにあるように感じる。
「交渉に応じてくれた分、きっちり働く。信頼には信頼で返すよ」
「…………あんた、何者なの……?」
涙で赤らんだ瞳で、レナちゃんは期待を込めた眼差しで俺を見上げる。
一拍おいて、考える。
悪名高き、ヘルヘイム。
うん、面白い。
「―――――我が名は屍王。影に潜む者たち、『ヘルヘイム』の首魁だ。…………なんてね」
「へる……へいむ……」
呆然と呟く彼女に、詳しくは説明しない。
そんなことしなくてもすでに理解の材料を模索しようとしているレナちゃんの瞳に、やっぱり『当たり』だと歓喜が身を包む。
悪名を覆す、名声。
それこそ、今ヘルヘイムを騙る者たちにとって最も邪魔なものだろう。
これはそのための足掛かり。
俺の言葉に嬉しそうに頷くニヴルとか、飛び跳ねるガルムとか、なぜかドヤ顔するニドとか、肩を震わせて笑うグルバとか。
皆にとっての居場所を造るためにも、必要なことだろう。
やっぱり口にするのは恥ずかしいけど……今回は腹、括るか。
顔に集まる血を無視しながら、それっぽくフードを被り――――
「――――不妄」
「ガギウル領周囲の魔力が件の大木に収束しています。ヴェヒノス鉱山付近の秘境から悪魔による何らかの工作を受けている可能性……不作の原因は恐らくそれでしょう」
「そう言えば、王が捨てた樹って悪魔の神木だったよね」
「……今になってその本質を現すとは思えんしのう……媒介とも考えられる」
「とりあえず、あの木ぶっ壊してみるのだ!」
「気を急きすぎだけど……調べてみる必要はあるな」
言うと、全員が頷く。
全会一致でガギウルの大木の調査を決めると、傍で話を聞いていたレナちゃんが長く息を吐きながら力なく笑った。
「どうしたの?」
「いえ……自分の無能が嫌になってね……」
レナちゃんは、腰に携えた剣と部下たちを交互に見た。
「あんなに息巻いて家を救うために奔走していた私にできることなんて無くて、会って一日のあなた達はその目処を簡単に見つけて……私はそれを見てるだけ。伯爵家の娘が聞いて呆れるわ」
自嘲と自虐を癖にしたように当たり前に己を罵る。
その行為が、どれだけ自分を貶めることになるのか、レナちゃんはわかっていない。
多分、勘違いしてんだろうな。
「――――レナちゃん、俺ってさ。正義の味方じゃないんだよ」
「……え?」
「逆にさ、めっちゃ薄情なんだよ。この件を知ってたとしても、レナちゃんの協力がいらなかったら知らないふりして街から離れてたよ。だって、究極俺には関係ないからさ。でも―――――君が頑張ったから、今ここに俺がいるんだよ」
「――――――」
「自分じゃ抜けないのもわかってた。その剣がどんなものかも知ってた。それでも、家のためにその剣を手に入れようとしたんだろ? そして、その努力が巡り巡って、俺を見つけたんだ。――――これが君の成果じゃなくて、なんなんだよ」
「……っ!」
「断言できる。君の努力は、最高の成果を得た。その自信が、俺にはある」
かつて世界を救った。
多くの犠牲を払って得たその成果を、自分で卑下することなんてしない。できない。
レナちゃんの頬を無理やり笑顔に変えながら、涙を拭う。
「今から少しの間、君は
「…………ほんと、バカみたい……」
「う゛っ……やっぱりっ? ちょっとダサいかな!? あ、まってまって、きっついこれ……」
「ふふっ……違うわよ……バカみたいにカッコいいわ、あんた」
涙を止めたレナちゃんの瞳は、今までになく輝いている。
手を離して部下たちに向き直る。
レナちゃんと同じように期待を込めた目で、俺の言葉を待っている面々。
こいつらめっちゃ俺のこと好きじゃん……俺もだけどさ。
今回だけ、今回だけ。
そう言い聞かせながら、口を開く。
「―――――ヘルヘイム、作戦開始だ」
『――――はっ』
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