老匠回帰

「つ、使う? あんたを……?」


「そう。その代わり、俺の用事にも手伝ってもらうけどな」


 困惑する少女は視線を彷徨わせ怪訝そうに目を細めて俺を見る。

 ここで俺がしなきゃいけないのは、俺の有用性のアピールだ。この交渉で決定権があるのは俺ではなく少女。


「鍛冶神グルバっているだろ?」


「え、ええ……いるけど……」


「そいつ俺の元部下なんだけどさ。グルバに会い」


「まっ、まま、待ちなさいっ! 何言ってんのよあんた!?」


 目を見開いて大声を出す少女は警戒を忘れたように俺に詰め寄る。

 彼女の反応が、グルバの現在の地位を現しているようで何故か俺の鼻が高くなってしまいそうだ。

 昔は己の道を行くがあまりあんなに疎まれてたのに、他の人間のために武具を造れるようになったってことだからな。

 偏屈爺も丸くなるもんだ。


「か、鍛冶神グルバが……部下!? ふ、ふざけんじゃないわよっ、そんなこと誰が……っ」


 そこまで言って、彼女は床に落ちた例の剣と俺を交互に見た。

 言葉に詰まりながらも、否定ではなく理解しようと頭を回しているのが分かる。

 やっぱり柔軟な子だな。そこらのやつとは訳が違う。


「その剣を持ってる人ってさ、グルバに会えるんでしょ? じゃあさ―――――」




■     ■     ■     ■




「アイレナ様! 鍛冶神の剣を手にした武勇、ご拝聴したしました!」


「グルバ様もお待ちでしょう。どうぞ中へ」


「……ええ、ありがとう」


 関所の門番が敬礼と共にアイレナに尊敬の念が籠った視線を送り、件の剣にも崇拝に近い眼差しを向ける。

 強がりながら急造の鞘に刀身を隠した剣を携えたアイレナは、堂々と関所を通り抜けた。


 小高い丘を緩やかな道に沿って登っていく。

 自然豊かで文明を嫌うかのような立地に、その先にいる人間の気質を感じて思わず身構えてしまう。

 だが、あの男が言っていたことが嘘でも、会ってみないことにはわからない。


(まあ、私が抜いたわけじゃないことなんてすぐばれるでしょうけどね……)


 アイレナが功績を得てもグルバに会いに行かなかったのは、この懸念があったからだ。

 だとしても、本当に剣を抜いた男からの頼みであることを伝えれば、話くらいは聞いてもらえるかもしれない。

 

 グルバの神髄。貴族どころか国も欲しがる恩恵だろう。


 目前に迫った鉄小屋に、微かな熱を感じる。


 カンッ!カンッ!


 鉄を打つ音が響く小屋の扉に手をかけると、確かな重みと抵抗。

 一息にそれを開けば、生活感の無い部屋の中央に台座のようなものに乗った青白い光石が宙に浮きながら回っている。他には奥に続く扉。その扉が工房に続いているのだろう。


「し、失礼するわ……!」


 奥の工房にも聞こえるように声を発したつもりだったが、震えた声が部屋の中に落ちるのみ。

 喉を鳴らして足を向けるのは、工房に続くであろう扉。


 コン……。

 一度扉を叩く。極度の緊張の所為かノックの音は案外小さく、そこまで音は大きく響かない。


 委縮している自分を叱咤しながら、もう一度大きく叩こうとした時。


 ――――――。

 鉄の音が、止まった。


「――――誰だ」


 嗄れ声の一言で、心臓を掴まれたような錯覚に陥る。

 引き攣る喉が声を出す前に、アイレナを押しのけるように開かれた扉から姿を現したのは、大柄な白髪の男。


 見上げるほどの体躯に、炉の近くで作業をしていたにも関わらず汗一つ掻いていない壮健。

 王匠が一人、鍛冶神グルバ。老翁とは名ばかりの大男だ。


「…………嬢、何用だ」


「ぁ……あの……」


 アイレナが声を絞り出そうとすると、グルバはその腰の剣を目に留め、相貌を細める。

 身なりを見回し、竦んだアイレナを見下ろした。


「……その剣、ワシが大木に突き刺したモノか。――――おぬしが抜いたか?」


「……っ……ぅ」


 言葉だけで感じる重圧に、涙すらこみ上げる。

 視線を外せないまま、アイレナは縫い付けられたように開かなかった口を強引に開ける。


 だが、


「わ、わたし…………じゃ、あり……ません……っ」


「去ね。金で買った功績を携える愚か者に、渡す物など何もない」


 初めからアイレナが抜いたものではないとわかっていたグルバは、興味を失くしたように小屋の扉を指した。


「即刻だ、去ね。おぬしに金で剣を渡した者にも、機会を逃したと伝えておけ。話は終わりだ」


 拒絶だ。熱を失くした瞳は冷めきって輝かない。

 かすかに残っていた瞬きのような希望は、アイレナが剣を携えた時点で彼の望みは絶えた。


 アイレナは背を向け工房に戻ろうとするグルバに、焦燥に駆られ声をかける。


「ぁっ、まっ……って」


 振り返ることもないグルバが扉を閉め切ろうとしたその時、アイレナは全身全霊で叫ぶ。


「しっ……――――――屍王ッ!!」


「――――――――」


 ――――止まる。

 当然鼓膜を揺らすであろう扉が閉まる音は、寸前で止められていた。

 

 光景の意味を理解することなく、一度吐き出された言葉が堰を切ったようにアイレナの口から洪水のようにあふれ出す。

 ここで止まったら、また呑まれてしまう。


「あ、あのっ……この剣を抜いた人が、そ、そう言えばわかるってっ……それで、わ、わ、たしそのっ」


「――――――愚か者が」


「ひっ……」


 殺気。

 グルバがアイレナに向けるのは、見るだけで人を殺せてしまいそうな質量を伴った眼光。


「その名を騙るか……組織の名を扱うのはどうとでもするがいい。だが――――若の名を穢すことだけは、看過せんぞ。悪魔どもが、根絶やしにしてくれようか」


「っ……っ……」


 怯んで腰を抜かしたアイレナを見下し、グルバが大槌を担ぐ。


「その愚か者を呼べ。炉にくべてやる」


 アイレナはその言葉に、身体を揺らす。


 彼が言った通りだ。

 この名を出せば、話を聞いてくれるかもしれない、と。

 そしてそうなった時、間を置かずこう言えと。


「てっ、転移が……できない……って、そのっ」


「転移……はっ、真似事か。いいだろう」


 そう呟いたグルバは、部屋の中央の台座に乗っている光石へ――――槌を振り下ろした。

 瞬間、煌々と光を放っていた石が粉々に砕け散り、甲高い音を反響させ台座ごと塵と化して部屋を舞う。


「―――――嬢、死にたくなければ下がっていろ。加減などできんからな」


 青筋を立てたグルバはぶっきらぼうに一声かけると、出入り口に双眸を釘づける。


 ――――ッ。

 部屋の外から微かな音が部屋に届くと、地を踏む音が徐々に近づく。

 グルバは槌の柄を強く握ると、怒気一面の表情で槌を振りかぶる。


 そして、扉が開かれた。


「ぬぅぅぅぅぅううううぁぁぁああああっ!!」


 直後、怒号と共に振るわれた槌。

 周囲にいるだけで風圧を感じる槌はアイレナの頭上を通り過ぎ、扉に叩きつけられ―――――


「――――――ッ!!」


 部屋中を風圧で散らかしながら、風が轟音を鳴らしながら。


 止まっていた。

 現れた人影に当たることなく、その眼前で微動だにせず止まっていた。


「お……あ……」


 グルバの口から、鍛冶神の名に似合わない茫然とした声が漏れる。


 ゴンッ!!

 するっと手から抜け落ちた槌。グルバの目には、槌で隠れていた人影の顔がはっきりと見えた。


 軽薄な薄ら笑いの男は、懐かしそうに口の端を釣り上げた。




「老けたな、グルバ。なーに死にそうな面してんだよ……半分ぐらい俺が悪いけどさ。―――――そんなにつまんねえなら、つべこべ言わず付いてこい。面白いことするつもりなんだ、退屈なんてさせねえよ」


 

 随分前と変わらないその様子に、なぜだか涙がこみ上げる。

 しかしその言葉に、嘘などあろうはずもない。

 

 きっと死にそうな顔をしていたのだろう。

 

 つまらなそうだったのだろう。


 だがその後に続く言葉に、歯を食いしばる。


 夢でも妄想でもなく――――帰ってきたのだ。




「わ、若ぁ…………っ」


「お前の力が必要だ。また一緒に馬鹿やろうぜ」



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