大木の虚

「鍛冶神グルバ? ああ、それなら郊外の小高い丘に工房持ってるって聞くぜ。そこにいんじゃねえか?」


「なるほど……ありがとうございました」


「おう、そいじゃ、情報料」


「…………はぁ」


 にこやかに手を差し出す探索者の掌に銅貨を置くと、満足げに酒を流し込む。

 これだから探索者は……。

 ガートの時のみたいに純粋そうな女の子でもいれば金をケチれたんだけどなぁ……。


 昼間から賑やかなガギウル探索者ギルドを出て、街のはずれの遠くに見える鉄小屋に目を向ける。


「あー、あれか。確かにグルバの趣味だわ」


「あのおきな、相変わらず人嫌いだの」


「仕方ないよ。180年前は呪具職人とか呼ばれてたし……掌返しも甚だしいだろ」


「自分たちに利益があるとみれば、鍛冶神グルバ……とはな。面白い生き物なのだ」


 肩のニドは尻尾を不機嫌に揺らしながら皮肉たっぷりにそう言う。

 撫でつけながら郊外を目指して歩いていると、丘へ続く道と街との間に関所のようなものが現れる。

 そこには二人の門番が立っており、何者も通す気は無いかのように地面に根を張っている。


「関所……か」


「門番付きとはの。あの翁にここまで厳重な警備などいらんだろうに」


 囁きながら関所に近づくと、


「止まれ!」


「何者だ」


 当然のように道を塞がれる。

 槍の石突を地面に叩きつけると、怪しむように俺の身体に上下に視線を送る。


「あー……その、鍛冶神グルバに用があるんですが……」


「そんな通達は来ていない。許可が無いものは立ち入りを禁じられている」


 まあ当然だ。

 その上俺の格好はぼろいフードだし、怪しさしかないだろう。


 さて……どうするか。


「直接会うためにはどうしたらいいですか?」


「……武具を受注する以外に方法はない」


「ガギウル領主に正式な手続きを申請し、見合った金銭を用意することだな」


「それって……金貨50枚で足りますかね……?」


 俺がそう言うと、二人の門番は一瞬呆気にとられ、次の瞬間には思い切り吹き出した。


「ぶはははははっ! 金貨50枚!? 面白い冗談だな!」


「鍛冶神グルバの神髄を……よほどの田舎者だな!」


「田舎貴族のボンボンか?」


「だとしたら勉強不足だぞ、坊ちゃん」


「……王、殺すか?」


「絶対ダメ」


 殺気だったニドへ口の中で呟くほどの音量で注意すると、後方で様子を見ている二人の部下に後ろ手に「動くな」と合図を送る。

 できるだけバカにされる言動は控えないと、俺じゃなくて相手が危ないなこれ。

 

 恥ずかしそうに頭に手をやると、出来るだけへりくだって聞く。


「お、お恥ずかしいですね……では、それ以外に方法は無いんですね……?」


「ああ…………まあ、正確にはあったんだがな」


「あるんですか?」


「もうなくなったよ。ほんのつい先ほどな」


「……と、言うと?」


 聞くと、門番の一人が街の方に見えるガギウルの大木を指差した。

 

「あそこに突き刺さっていた、鍛冶神グルバの剣。それを抜いた人間なら会えたんだけどな……ついさっき抜かれたよ」


「我がガギウルの領主、アイロン伯爵のご令嬢によってな」


「―――――なるほど」


 あの剣、そんな感じだったの……?

 ……ああくそ、もっと情報を集めてからにすれば良かったな……。


 自分の浅慮にいささか辟易しながら無害な笑みを浮かべながら、頭を下げる。


「わかりました。お手数おかけして申し訳ありません…………参考までに、アイロン伯爵家ってどこにありますか?」


「ん? それなら……大通りとガギウルの大木を直線上に見てその奥の道を真っすぐ行けばある」


「だが、領主との面会にも正規の手続きが必要になる上に、許諾されることはほぼない。特に最近はな……諦めることだ」


「そう、ですね……それでは」


 その場を離れながら、出来るだけ人通りの少ない道を選びながら自然にニヴルとガルムを合流させる。

 裏路地に入り、情報を整理する。


「……まずったな。剣も功績も渡しちゃったよ……」


「王、もしかしてミスった……?」


「ガルム、慎みなさい。王の埒外の出来事など起こりません。第二第三の策があります」


 ないよ。


「ね?」


 いやその私はわかってます、みたいな顔止めてね。


「…………ま、まあな」


 ほら、こうやって見栄張っちゃう癖あるから俺。


「とりあえず……ニヴル、転移テレポートは?」


「先ほどの加速アクセラレートでかなり魔力を消費しましたので、今すぐには無理です。それがなくても、あの工房周りにかなり強い魔防の結界が張られていますので……厳しいかと」


「だろうな……」


「門番など付けておるのだから、魔法対策もしておるだろうの」


「うーん……あっ! はいっはいっ!」


「ん? では、ガルムくん」


 ぴょんぴょんと跳ねながら手を懸命に伸ばすガルムを指すと、ガルムは名案とばかりに自信満々に口にする。


「じゃあね! ガルムがでっかい声で吠えたり、王が魔法で街を氷漬けにすれば、グルバじーじも気づくかも!」


「うん、却下」


「うぇ!?」


「まずそんなことしたらめっちゃ目立つし……犠牲者も多数だよ。マジで極悪集団になっちゃうよ、俺達」


「……そ、そっかぁ……」


「まあ存在をアピールするのはいいと思うんだけど……街中で魔法ぶっ放したりすれば、悪評が立つ。穏便に済ませようとすれば……そう言うのは無しだな」


「じゃ、じゃあ!」


「同じ理由で門番を気絶させるのも無し。流石にあの規模の関所なら監視体制も万全だろうからな」


「くぅん……」


 肩を落とすガルムを慰めるように狼耳を撫でまわしながら、一番まともな策を練り上げる。

 ここまで会うのが難しいとなると面倒だけど、偽ヘルヘイムにはどうも悪魔王が関わっているような話も聞いた。

 となれば、グルバの協力は不可欠だ。


「それじゃ、行くとこは一つだな」


「ええ、アイロン伯爵家ですね?」


「面倒な手続きがあると言っておったが、どうするのだ?」


「言ってたろ。剣を抜いたのは伯爵家のご令嬢だって」


「あ! あの女の子!」


 思い浮かぶのは、堂々と交渉を仕掛けてきた鉄色の少女。

 まさか領主の娘とはな。


「あの子は俺が剣を抜いたことを知ってる。会うことができれば……便宜を図ってくれるかもしれない。そうじゃなかったら、強行突破も視野に入れないとかもな――――何はともあれ、とりあえず行ってみよっか」




■     ■     ■     ■





 ガギウルの大木。

 その虚に――――日が差した。


 180年前から胎動を続けたそれは、あるイレギュラーによって誕生を阻害されていた。


 それが、グルバの剣だ。

 偶然にも封印の楔と化していたそれを抜いた愚か者によって、ソレは再び誕生の準備を始めた。


 大木の虚は、疑似的な秘境と化し、悪魔の誕生を迎える。



 中身のソレは目を開き、時間を掛けて身体を生成していく。



 上級悪魔グレーターデーモン……階級、――――。


 確かな理性と指令により……ソレはもうすぐ、芽吹くだろう。





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