普遍的異世界探索・妹の場合
ヘルヘイムの首魁、『屍王』。
そう名乗る男と第五王女アーシャの邂逅によって、グリフィル王国は百年以上の沈黙を破り、王家に伝わる秘術に手を出した。
異世界から招来された若き少年少女。
彼らはグリフィルの俊英、勇者と呼ばれ、王国支援の下ヘルヘイム討伐の足掛かりとして行動を開始することになる。
グリフィルはその第一手として、ガギウルの大木に突き刺さった剣。鍛冶神グルバの試練へと目的を定めた。
八足の巨大馬に引かれるのは、収容人数が三十を超える大馬車。
その周りには護衛のための馬車が五台。
ガタガタと音を鳴らし馬車道を行く馬車の中には、第五王女アーシャや勇者たちがその道行に思いを馳せていた。
■ ■ ■ ■
「アーシャちゃん、もうすぐ着くの?」
「ええ、車窓から見えるあの巨大樹こそ、ガギウルの大木。大陸の中央にある『神樹ユグエル』の次に著名な大樹です」
「うおー! すげえ! マジで異世界なんだなっ!」
「あの根元に……選ばれた者にだけ抜ける剣が……本当に物語みたいだ」
異世界の地理や名所などを聞くため、という名目で美少女であるアーシャ王女の周りで話を聞いていた男子たちが、一斉に声を上げた。
しかし男子たちだけではなく、元の世界では見られない幻想的な光景に女子たちも目を輝かせる。
遠くに霞む神樹の影にも胸を躍らせるが、それ以上に眼前に広がる天突く大樹から目が離せない様子だ。
「はぁ……」
「日崎、どうした? 気分でも悪いのか?」
「…………いえ」
召喚された時から、ワンチャンでも狙ったように引っ付いて来るあなたが邪魔……とは言えませんね。
「川崎くん! こっち来て一緒に見ようよ!」
「すっごいよあの木!」
「い、いや……俺は……」
私をちらちらと気にしたように見る川崎くんこと
居心地が悪い。
何を勘違いしたのか離れようとしない男子と、その腕を引きながら空気を読めと言わんばかりの視線を送ってくる二人の女子。
「……どうぞ、行ってあげてください」
「……そ、そうか……一人で大丈夫?」
彼氏面きっっっついです。
内心荒れたまま頷くと、渋々川崎君は女子たちに手を引かれて席を立つ。
非現実に浮かれるのは男子も女子も一緒。
劇的な変化などはまだ無いものの、積極性やら大胆さなどが増した生徒達はわかりやすく浮足立っている。
その原因の一端は、私たちに与えられた力、異能にある。
―――――――――――――
ヒョーカ・ヒザキ
使用可能魔法
【氷魔法】・Lv1
異能
【銀星の寵姫】
氷に覆われた環境での戦闘時、魔力、身体能力上昇。
自動回避機構、自動迎撃機構付与。
称号
【屍氷の王妹】
神によって好奇心を抱かれた者の証。
氷魔法の成長限界突破。
――――――――――――――
一人に一つ与えられた異能に、魔法。
それらをひとしきり試した彼らは、元の世界では無かった無根拠の自信を手に入れてしまった。
自信の有無で、人間とは大きく変わるものですね。
現に、前の世界では教室の隅で時間が過ぎるのを待っているだけだった人間が、自ら女子生徒やアーシャ王女に話しかけに行っているのを見たことがある。
今も、空いた私の隣の席を何人かの男子生徒がちらちらと無関心を装いながら見ています。
さて、どうしようかと頭を悩ませていると……、
「ヒョーカ、お隣、いいですか?」
「……アーシャ王女」
首を上品に傾げながら、金の髪を揺らす。
12歳とは思えない気品溢れる動作に、「どうぞ」と不愛想に返す。
嬉しそうに笑ったアーシャ王女は、ぽすっと軽い身体を席に預けた。
「浮かない顔をしていますね」
「……はい。すぐにでも元の世界に帰りたいので」
「……それは……申し訳ありません。弁明の余地すらない我が国の落ち度でございます。ですが前にも説明した通り、目的が達せられれば元の世界に帰ることも可能ですし、時間軸も召喚された日とほぼ変わらない座標に送還可能ですので!」
「…………」
これだ。
私の手をぎゅっと握りしめながら熱弁する彼女には、使命感と罪悪感が常に同居している。
12歳の少女がする目ではありません。
そして、この召喚もそう。
私を召喚したグリフィル神聖国は、緩やかに狂っている。
きっと、王家を織りなすその過程に、重大な欠陥があったのでしょう。
距離が近くなっていたアーシャ王女は、それに気づくと「も、申し訳ございませんっ」と距離を取った。
しかし、敬意を持った眼で私を見続ける。
「ヒョーカ。あなたの力は絶大です。強力な他の勇者様とも一線を画してしまうほど」
きっと、クラスの皆の異能を試した時のことを思い出しているんでしょう。
私の異能を説明した時、その舞台はグリフィル樹海という凍った森林だった。
そしてその時私は、グリフィル神聖国の騎士を圧倒した。
クラス全員の異能を捌きながらその効力を分析していた騎士を、にべもなく瞬殺です。
その時からでしょうね、アーシャ王女に懐かれたのは。
「氷魔法……人類にとっては失われた古代魔法なのです。使える者は、ヒョーカと……件の屍王のみだと思います。屍王の魔法を有効活用できるヒョーカは屍王討伐の切り札なのです! で、ですが、それが無くてもヒョーカの雄姿を見てから、他の皆様の士気も上昇いたしましたし……本当に感謝しています」
「……士気、ですか。そう言うのではないと思いますけど」
「?」
屍王云々について、熱が入るのはわかる。討伐すべき悪に対しての特攻のようなものを持っている私に可能性も感じることでしょう。
でも、私の姿を見て皆に産まれたのは、嫉妬や意地などという勇者とはかけ離れたものだったと思う。
かなり穿った見方だという自覚はあるが、当たらずとも遠からずだろう。
純粋なアーシャ王女は首を傾げるが、「なんでもありません」と話を打ち切る。
車窓から見える大樹は、もうすぐ目の前だ。
歓声を上げるクラスメイト達の後ろで、アーシャ王女はもう一度私の手を握る。
「ヒョーカ。わたくしは、鍛冶神グルバの剣を抜くのはあなたなのではないかと思っているのです! 王家の末子であるわたくしには不可能でしたが……あなたならば!」
自分ならば、そう言われてもピンとこない。
だがきっと、クラスの誰もが思っているのだろう。
――――その剣を抜くのは、自分だ、と。
グリフィル神聖国は、勇者たちに英雄願望を芽生えさせようとでもしているのだろうか。
しかしそれは、遠い夢として、勇者たちの前から忽然と消えることになった。
■ ■ ■ ■
「―――――鍛冶神グルバの剣が……抜かれた!?」
鉄鋼都市ガギウル、門前。
勇んで都市へ入ろうとした勇者の馬車に、その一報がもたらされた。
アーシャだけでなく、護衛の騎士達も動揺を隠せていない。
クラスの面々も明らかに肩を落とした様子や、アーシャたちの動揺に面を喰らった人が大半だ。
アーシャは報せを持ってきた騎士に詰め寄った。
「な、長年抜かれていなかった剣が……何故!? 一体誰が!?」
「お、落ち着いてください王女殿下!」
騎士は王女を諫めながら、馬車全体に伝わるように説明する。
「鍛冶神グルバの剣を抜いたのは……ガギウルの領主、アイロン伯爵家のご令嬢でございます」
「は、伯爵家の……令嬢が……?」
その報に、王女だけではなく騎士もざわめきを大きくする。
「アイロン伯爵家……最近は不評が目立っていたが……」
「ああ、爵位返上の案すら上がっていたな」
「だが、アイレナ伯爵令嬢の才はグリフィル王都にも届いていた。さらにこの功が加われば……」
「これは、潮目が変わったか……」
「だが、手にしたのがグリフィル貴族であるならば、我々には好都合だな」
勇者たちは置いてけぼりだ。
アーシャは騎士を静めさせ、王女としての威厳溢れる言葉を口に出す。
「――――勇者様方、もうしばしお待ちください。上手くいけば、鍛冶神グルバの協力を得られるかもしれません!」
「鍛冶神グルバ……なんか凄そうだな!」
「その樹に刺さってた剣を造ったヤツだろ」
「もしかして、すげえ武器作ってくれんじゃね!?」
「専用武器とか、漫画みてえ!」
「男子ってホント子供ね」
「でもちょっとわかるかも」
「ね」
多少下がったモチベーションを上手く立て直しながら、アーシャは大樹を睥睨する。
「馬車を伯爵家へ。ヘルヘイム討伐への協力を仰ぎます」
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