鉄色の少女

「―――――その剣を譲って頂戴。もちろん、剣を抜いた功績も一緒にね」


 堂々と凛とした佇まい。鈍色の長髪に銀の勝気な眼光。

 整った容姿と身なりからそれなりの身分であることが窺える。


 だけど……。


「いきなりめちゃくちゃ言うな、君」


「……承知の上よ。当然買い取るわ、正当な値段でね」


 少女から視線を外すと、十数人の観衆が唖然と口を開けたまま俺が抜いた剣を見ている。

 多分、誰かが口を開けば一気に騒ぎが大きくなるだろう。


 俺は一旦、言い値で買うと言ってくれた商人に剣を示して目を向けるが、


「っ!っ!」


 思いっきり首を振って手ぶりも合わせて拒否された。

 あれ? 買ってくれるんじゃないの?


 あぁ、あれか。抜けるわけないと思って言った冗談だった感じか。

 なんだよ、冷やかしかよ……。


 そう肩を落としたその時、最前で口を開けていた少年が声を上げようと息を吸った。


「剣が――――」


「不妄」


「―――――加速アクセラレート


 俺の呼びかけに間髪入れずにニヴルが魔法を展開する。


 すると、


「―――――は?」


 環境音が鈍重にねじ曲がり、世界の速度が極緩慢になる。

 ひどく不気味な現象に少女が声を上げるが、答える人間はいない。


 時空魔法Lv7、加速アクセラレート

 これはかなり強力な強化魔法なのだが、ニヴルほどの怪物が使えばその効果を変えてしまう。

 今、俺と目の前の少女は世界から切り離されている。

 

 簡単に言えば超加速してるのだ。

 例えば大木から落ちてくる落ち葉。よく見たら動いてるかなぁ……ぐらいにまで速度が落ちている。

 これは世界の速度が落ちてるからじゃなくて、俺と少女、二人の速度が上がってるからだけどな。


 これは世界全体を遅速させる時空魔法Lv9の減速スローダウンより、たった二人を対象にした加速アクセラレートの方が消費魔力が少なく、効果時間が長いからだ。

 まじでニヴル有能。あとで褒めてあげよ。


「ちょ、ちょっとどうなってるのよ!?」


「大丈夫。叫ばれると面倒だからさ」


「だ、大丈夫って……」


「話あるんでしょ? 五分ぐらいしかこの状態維持できないらしいから、とっとと済ませよう」


 言いながら剣を地面に突き立てる。

 長年大木に突き立っていたにもかかわらず刃毀れもなく、切れ味も鋭い。

 流石グルバの造った剣だ。

 

 突き立った剣に視線を釘づけた少女は、周りの景色を意識から切り離したように俺を鋭く睥睨した。


 おお、肝座ってるな。

 ちょっと、試してみようか。


「さ、さっきも言った通り、その剣と功績を買い取りたいの」


「なんで?」


「理由は言わないわ」


「あそ。まあいいや」


 特に興味はないし、俺が今求めてるのは金だけだ。

 剣を見つめる少女を値踏みしながら、剣の柄をとんとんと叩く。


「いいよ。いくらで買ってくれるの? この剣、聞けば鍛冶神グルバの最高傑作らしいよ?」


「…………いくらで買ってほしい?」


「……なるほどね」


 言い値で買うってことかな?

 貴族っぽい身なりだし、金だけはある令嬢様ってとこか。


 くっだらな。


「そうだな……金貨300枚」


「……っ!」


 値段を口にした瞬間、少女は瞠目した。


 この世界での経済は硬貨で回っている。

 石貨、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、神銀貨。この六種類。


 日本円に換算すると、石貨1枚が十円、鉄貨1枚が百円、銅貨1枚が千円、銀貨1枚が一万円、金貨1枚が十万円、神銀貨1枚が百万。


 つまり、俺が今少女に吹っ掛けたのは、三千万円ということだ。


 鍛冶神グルバの最高傑作。


 街で売られている普遍的な剣は、だいたい安いもので金貨1枚か銀貨10枚。十万円からだ。

 その事実とこの剣に付いている肩書を考えれば、まあ妥当だろう。


 少しの間剣を見つめた少女は、煮え滾るような熱情を込めて俺を睨みつける。

 そして次の瞬間、


「――――はあぁ……」


 失望したかのような大きなため息を吐いた。

 先ほどまであった緊張感を払拭し、あるのは見下すような視線だけだ。


「あんたもそうなのね」


「そう、ってのは?」


「金貨300枚。多少差はあれど、みんながみんなその剣にその価値を付けるわ。……どいつもこいつもバカしかいないわ。―――――その剣に、



 ……待て。



「まあいいわ。それで手を打つ。300枚ね。ちょっとまって―――」


 少女は懐から大きな皮袋を取り出し、金貨の音を鳴らす。

 だが、聞き捨てならない。


「――――なあ」


「なにかしら?」


「君は、この剣にいくらの価値を付ける?」


 俺の質問に少女は豆鉄砲を喰らったように動きを止めるが、逡巡の後、思案するように腕を組んだ。


「――――金貨50枚」


「内訳は?」


「鍛冶神グルバの技術に金貨49枚とそのほかの素材。これが鍛冶神グルバの最高傑作だなんて笑わせるわ。――――下級悪魔レッサーデーモンの素材とただの鉄鉱石で打った武具にこの値段すら破格だっての。技術の神髄をつぎ込んだのはそうでしょうけど、それ以外に価値が無いわ」


 おい、おいおいおい、マジかこいつ。


 この少女はわかっている。

 この剣に込めたグルバの感情。


 そんなものが、一切ないことに気が付いている。


 いいじゃん。いいじゃんかよ。

 考えを改めよう。

 金持ち貴族の令嬢? 違う。


 この子は、そういうのじゃない。


「待ってくれよ。この剣って結構すごい物って聞いたぞ? あれ、剣を抜けたら凄いんだろ?」


「ふん、そう言われてるみたいね。でも、私はそうは思わない。この剣を抜けるのは選ばれた強者……違うわ。――――この剣を抜けて、扱えるのは、だけ。名誉なんてとんでもない。これは化け物の烙印よ」


「化け物の……ね」


「ええ。人間が使えない武器なんて、あっても意味ないわよ。それが広まれば、価値すらつかない代物ね」


「…………はははっ!」


 何者だよ、こいつ。


 大正解だ。

 それが分かってて欲しがるなら、きっとこの子は本物だ。


「いいよ。金貨50枚で売る」


「は? 何言って………………試したの?」


「そんなんじゃないけど……この剣を譲るならそれなりのやつが良いじゃん」


「……よく、わからないのだけど」


 困惑する少女に渡すために剣を地面から抜く。


「でも、この剣を譲ることはできても、功績は難しいんじゃないか? 十数人の観衆はどうする?」


「目撃者は二十人に届かない数。一人につき金貨十枚配れば……一週間は誤魔化せるでしょ。それ以上はどうなるかわからないけど」


「……一週間ね。目的でもあるのか?」


「言わないわよ」


「さいで」


 50枚の金貨を別の袋に詰めて渡した少女は、俺の手にある剣を掴むと、


「――――ぐっ……きっついわね、やっぱ……振るのは無理……」


 だらっと剣を引きずるように持った少女は、俺を見上げる。


「正気じゃないわよ、あんた……」


「知ってるよ」


 そうじゃなかったらヘルヘイムなんて厨二結社作らんわ。


 そろそろ五分、時間だな。


「それじゃ、何やるかわからないけど、頑張ってくれ」


「……あんた、名前は?」


 久々に本気でした応援に返ってくるのは、訝し気で懐疑的な目線だけだ。

 少し考えて、多生の縁を作っておくのも悪くないかと思いながら……。


「次に会ったら教えるよ」


「……なにそれ」


 ノリノリで若干厨二なやり取りをしてしまう。

 なんか自然と出ちゃうな……気をつけよ。


 その場に背を向けて歩くと、少しして背後で大きな歓声が上がる。


 その中心にいるのは、あの少女。

 俺が剣を抜いたのを目撃していた何人かは首を傾げているが、少女からこそっと渡される硬貨に頬を緩め大きく頷いている。

 そしてそれは、騒ぎを聞きつけてやってきた人々の歓声に紛れていく。


「よろしいので?」


「いやぁ、良いでしょ。お前たちと初めて会った時ぐらいビビッと来たね。最高」


「……ちっ」


「なんで舌打ちすんのニヴル」


「いえ」 


「王、嬉しそうだね!」


「ご機嫌な王も久々だの!」


「わかんないけど……原石を見た気がしてさ」



 ガギウルの鉄色の少女。

 ヘルヘイムが関係あったら彼女の目的に手伝ってもいいんだけど……本筋からそれると面倒だしな。

 縁があればまた会うでしょ。


「とりあえず、グルバ探さないとなぁ……」


 あったまった懐と将来性抜群の少女に頬を緩めた。


「ロリコン屍王」


「ニ、ニヴルひどくない……?」


「……ふん」


 その前にニヴルのご機嫌取りに終始しないとなぁ……。






 

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