選定の剣みたいなアレ

「うーん……どうすっかな……」


「屍王……どうされましたか?」


 ニヴルの転移テレポートで鉄鋼都市ガギウルが麓にあるヴェヒノス鉱山の中腹に降り立った俺は、鉄の音が響く都市を俯瞰しながら思案する。


 当面の目標を立てた俺達ヘルヘイム。

 だが、当然と言えば当然の悩みにぶち当たった。


「金が……ない!」


 そう、金欠である。


 よく考えればわかることだった。

 俺は再び召喚されてから金を得る機会はなく、ヘルヘイムの性質上、国からの報酬やら悪魔の討伐素材を売るなどの金策を取れないためエリューズニルにも備蓄はほとんどなかった。

 俺の消失でヘルヘイムの機能が止まっていて、それが顕著だったのもある。


 さらに、


「王……ガルムお腹すいた……」


「王よッ! 我、あの都くらいなら一日で滅ぼせるぞ!」


 これである。

 再会した面々がことごとく世相に弱い子達なのだ。


 っていうかまあ、ヘルヘイムでそういうのに強いのは主に男性陣。女性陣は局地的にとんでもない才能を持った……まあ結構難しい子達だ。

 ニヴルは頭いいんだけど、どうにも俺から離れようとしないから世間との関りとしては一番弱いまである。


 というわけで、金がないのだ。


「ガギウルで稼ぐ……探索者にでもなるか……?」


「短期間で稼ぐのならそれが妥当かと。ですが……」


「そうなぁ……顔晒しながらだとリスク高すぎるし、仮面とかつけながらとか怪しすぎるよな」


 昔の俺に言わせれば闇に生きる者の運命さだめってやつか……。

 あ、やば、自分で言ってて気持ち悪くなってきたな。


 麓に向かって歩みを進めながら、身震いする。

 金に関してはグルバに頼るしかないかなぁ……商売とか一際強そうだしな、生産職だし。

 

 部下にたかるという我ながらダメな思考にため息を吐きながら、どうにかして稼ぐ方法を考える。


「むふふぅ、任せろ王よっ! 帝国の守護竜と言われた我が言えば金などいくらでも」


「黙りなさい駄竜。自分の置かれた状況もわからないのですか?」


「牛がもうもう鳴くでない。だから乳にしか養分が回らんのだ」


「は?」


「む?」


「はいはい喧嘩しないよ。ニドはちっさくなって俺の肩にでも乗っといてくれ。お前の姿を見られたら大騒ぎになるからな」


「はっ、ほら見なさい」


「むっ、ぐぐぐ……」


「はぁ……二人とも、王の前で情けないよ……」


 悔し気に唸ったニドは一瞬体を光らせると、30cm程度の翼竜に姿を変えた。

 見た目はただのミニドラゴンで、愛玩動物として貴族に買われることもあるほどありふれた容姿になる。


「ふいぃぃ……まあいいのだ。王の肩は今から我の聖域にするのだ」


 ぐでっと俺の肩で羽を休ませるニドを軽く撫でながら、俺達は一路、鉄鋼都市ガギウルへと足を踏み入れた。




 麓に降りた俺達の前には、商人や探索者の長蛇の列。

 列に並ぶこと少し。フードを着た集団など特に珍しくもないのか、逡巡の末、門番は「通れ」と俺達を通す。

 フードの中に隠れていたニドが不満げに「王に『通れ』とは何事だ」と、俺の肩をてしてしと叩いていた。


 それを窘めながら街を進むと、街の外からでも見えていた巨木が存在感を持って俺達を出迎える。


「……最後に見た時より、めっちゃでかくなってるな」


 そりゃ180年もあったら成長するだろうが……これは予想外だ。

 景観的にどうなんだろ、これ。


「ニヴル、これ」


「ガギウルの大木として、シンボルや文化財のように讃えられているそうです。観光名所と言ったところでしょうか」


「あ、そう」


 ならいいんだけどさ。

 ガルムは口を空け大木を見上げながら、俺の裾を引く。


「王っ、王っ、これって――――!」


「うん、植えたって言うか捨てたって言うか……」


 悪魔たちが崇拝していた魔力を帯びた神木の苗木を、かつて悪魔の拠点だったガギウルの街に埋めたのだ。

 見る見るうちに成長する樹を見て見ぬふりをしていたら、こうなるというわけだ。


 かなりの時間の流れを感じながら感慨深くなっていると、ガギウルの大木の一部に集るように人が集合しているのが目につく。

 商人の馬車や探索者らしき人たちも集まっている。

 人数的には十数人だ。


「なんだ、あれ?」


「行ってみますか?」


「……ああ、気になるな」


 俺が手を上げると、いつの間にかニヴルとガルムは俺の側から姿を消す。

 人込みに紛れながら、ほんの少しの気配が俺の後ろについているのを確認すると、ガギウルの大木に向かって足を進める。


 ちょっとした興味本位でガギウルの大木の根元に近づくと、商人馬車の御者台に座っている男が俺を見て「おっ!」と声を上げた。


「そこのフードの兄ちゃん! もしかしてあんたもかい?」


「挑戦者?」


「……ん? もしかして知らんのか?」


「そう、みたいですね」


 俺の答えに首を傾げた商人の男は、「まあいい」と言いながら、人が集まっているガギウルの大木の幹を指差す。

 それを追うように視線を移すと、そこには――――


「剣……ですか?」


「ああそうさ! あの王匠、鍛冶神グルバが突き刺した剣だぜ!」


「――――はあ!?」


「うおっ!? どうした兄ちゃん!?」


 商人の男は驚いたように俺を見下ろすが、俺はそれどころではない。


 剣を……刺した!?

 観光名所に!?


「う、嘘だろ……」


 え、それヤバいんじゃない? 罰金とかすごくない?

 ここでグルバと俺が仲間だってわかったら、請求って俺に来る?

 まずくない……?


「ど……どうしよ、ニド」


「うーん、あの偏屈な鉄の翁グルバのことだ。急に消えた王に怒り、王の植えた樹に自作の剣を刺した……とか、考えられなくもないか……の?」


 それって俺のせいってことじゃないですかあああっ!!


 内心汗だっらだらの俺は、平静を装いながら商人の男に窺う。


「あ、あの……それで、挑戦者って言うのは……?」


「あの剣を抜けるかどうかってことだ。いろんな奴が試したらしいんだが、びくともしないんだよ」


「な、なるほど。だから探索者の人たちが多いんですね」


 力自慢も多いだろうしな。


「見てみろよ、商人が多いだろ? もし抜ける奴がいたら、買い取ろうって魂胆なんだよ、俺含めてな。なにせ、鍛冶神グルバの傑作だ」


「へぇ……」


「なんでも、グリフィル神聖国の一団がガギウルに向かってるらしくてなぁ……噂では、その中の誰かなら剣を抜けるんじゃねえかってよ。だから今が最後のチャンスってわけだ!」


 ん、待てよ?


「王よ、我いいこと思いついたのだ!」


「ああ、多分俺もだ」


「おお!」


 肩のニドが小さな羽をパタパタさせながらフードを内側から押し上げる。

 

 この剣抜いて商人に売れば、いいこと尽くめじゃね?

 ニドもそう思ったのだろう。


 そうすれば、ガギウルの大木の剣もなくなり、金も工面出来て、罰金に当てることもできる。

 一石三鳥である。


 問題は、あの剣が俺に抜けるかってことだけど……。


「あの剣が、グルバの最高傑作ねぇ……」


 とてもそうは見えない。

 仮にそうだったとして、そんな剣をグルバが樹に刺すわけがない。

 あいつは、自分の作品が使われることが至上の喜びだったはずだ。


 だからあれは、グルバにとってそうでもない剣である可能性が高い。


 だとしたら、64番目の炎剣ソード・オブ・フラウロスを扱えた俺なら、たぶん、いける。


「よし……!」


「おっ、行くか兄ちゃん! もし抜けたら言い値で買ってやるよ! がはははっ!」


「マジですか!? お願いします!」


「ははは……あ?」


 呆けた男を置いて、人込みを掻き分けてガギウルの大木に近づく。


「くっそー! ダメか……」


 肩を落とす少年とすれ違い、ガギウルの大木を管理しているのか、役人らしい人が俺に視線を向ける。


「次は君か?」


「ちょっと、やってみます」


「そうか。樹を傷つけようとする行為を見つけた場合は、即刻都を出て行ってもらうことになる。慎重にな」


「―――――はい」


 見世物のように騒がしい観衆の中で、俺は剣の柄を手に取る。


 瞬間、流れ込んでくるのは力を奪うような感覚。


 なるほど、確かに本気で打ってるみたいだな、グルバのやつ。

 これは、素材に使われた悪魔の抵抗だ。悪魔を活かす技法を極めたグルバが造った武具にはこれがある。

 だから武具を本気で打てなかったグルバは、それが使える俺に付いてきてくれたんだ。


 そして、この現象の最大の原因は――――恐怖。

 悪魔に対する恐怖が一欠片でもある人間には、グルバの本領の武具は使えない。


 俺が使えるのは、恐怖克服の権能ゆえだ。

 

 それを証明するかのように、抵抗はすぐに収まる。


 何事もなかったかのように、深く刺さった剣が、音を立てる。


 あれほど騒がしかった観衆の声が、その音で水を打ったように静まり返る。

 ずずっ……と重いものを引きずるような音と共に――――――


「うむ、流石王であるな」




 ―――――剣が、引き抜かれた。






「――――――待ちなさい!」



 静まり返った観衆の中で、少女の声が響く。



「―――――その剣を譲って頂戴。もちろん、剣を抜いた功績も一緒にね」



 



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