ガギウルの鍛冶神

 鉄鋼都市ガギウル。

 巨大な鉱山、ヴェヒノス鉱山の麓に寄り添うように作られた鉄鋼の都。

 ガギウルの大木と名がつく巨木が都の中心に聳えている。

 鍛冶師の聖地と呼ばれ、あらゆる悪魔の素材が集まる場所。商業の盛んな都でもある。


 鍛冶師を目指し職人が集まり、その職人が造る武具を求め貴族や探索者が集まり、その循環にあやかろうと商人が集まる。


 鍛冶師は己の神髄を形にしようと自然的な資源と悪魔の素材を混ぜて鋳型に流し込み、炉に入れ打つ。

 貴族や商人はそれに価値を付け、売買や競売を行う。

 探索者は商人に素材を売るため、鍛冶師に己が得た素材を預け自分だけの武具を依頼するため。


 そんな様々な思惑が色めくこの街で、一際異彩を放つ存在がいる。


 王匠おうしょう

 この世界で鍛冶鍛造の最先端を行くもの達に与えられる称号だ。

 そしてその王匠の中でも、鍛冶神と謳われる老人。


 鍛冶神グルバ。


 金さえあれば誰にでも武具を作り、己の神髄を惜しげもなく晒す。

 しかし提示される金額は法外で、実質、王家や大公家、皇族、高名貴族に最高位の探索者など世界の中核を担う者たちにしか武具を造らない。


 だが、それが罷り通るほどの神技を備えた老翁である。

 

「グルバ様、今回は――――」


「去ね。交わす言葉など無い」


「はっ、はいぃぃ!」


 グルバが打った武具を抱え去る貴族の男を見送ることもなく、彼はキセルに火を移し、煙を吐いた。

 

 作業だ。あれだけ心を燃やした鍛冶が、今になってはただの余生。

 何かを必死に待ち続け、そのいくつもの期待を裏切られ続けた末路。


「若……結局、おぬしが最後だったぞ」


 哀愁と共に心が漏れた気がした。


 鍛冶師の幸せとはいくつもの形がある。


 最高の作品を造ること。

 誰より多く武具を打つこと。

 自身の技術が神技の域に到達すること。


 そしてグルバにとっての幸せは、彼の造る武具が十全に扱われることだった。


 鍛冶の家系に生まれ、物心ついた時から鉄を握っていた。

 打つごとに心が燃え滾り、出来る武具たちに愛情すら感じた。

 長年の研鑽に全てを費やし、技を極め続け―――――


 そして気が付いた時には――――自分が造る武具が、人間の扱えるものではなくなっていた。

 悪魔の素材を活かした武具を造ろうものなら、その武器を持つものに悪魔だったころの記憶が植え付き、発狂するのだ。


 全霊を込めて作った武具は人の手に余り、片手間で造った武器が神器として崇められる。


 グルバが本気で打った武具を扱えたのは、後にも先にもたった一人。

 

 それ以外の有象無象は、グルバの暇つぶしで造った武具を彼の最高作だと持て囃す。

 

 小高い場所に出来た工房から、ガギウルの中央に聳えた大木を見つめる。

 ガギウルの大木。


 その幹に、今日も多くの人が虫のように集っている。

 人々の目的は、その幹に突き刺さった一振りの剣。

 それは、グルバが本気で打った代物だ。


「これを抜いたものに、ワシの神髄を得る権利をやろう」


 無気力にそう呟いたグルバの言葉は、一気に大陸中に広がった。


 ただの力自慢から名高い探索者、勇者の生まれ変わりを豪語する色物、新進気鋭の若者たち。将来王座を約束されたいわゆる選ばれた者と呼ばれる人間までもが、その剣を抜こうとその木に集る。

 ただ一振りの剣のために国を動かすものまでいたのだ。


 しかし、不動。

 彼の神髄を受け止める者は、ただの一人として現れることはなかった。


「若よ……もう一度、ワシの武具が生きている様を見ることは叶わんのかのぅ」


 今日も、ガギウルの大木に集るのは有象無象ばかり。



 ――――そう、思っていたのだ。


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