秘密の出所

「あのさ」


 久々に足を踏み入れたエリューズニルの会議室。

 昔とその姿を変えていない室内に感慨を覚えながら、俺はずっと気になっていたことを口にした。


「ヘルヘイムの名前、広まり過ぎじゃない?」


 これである。

 今この世界でヘルヘイムを名乗る何者たちかによってこの名前は広まった。


 しかし、しかしだ。


 厨二全開だった俺が作ったのは、知る人ぞ知る秘密結社。

 世界に名を轟かせるのではなく、悪魔族が恐怖と畏怖を込めて語り継ぐだけ。

 それだけの名前だった。

 ここまで有名だったわけではない。


「いくらなんでも広まり過ぎだろ」


 その言葉に、幹部の三人は俺を見つめ言葉を待つ。


 つまりだ。

 今この世界に蔓延っているヘルヘイムの名を騙る何者かは、昔から

 そう言うことになるのだ。


 ならば、その名前を世に伝えたのは誰なのか。


 容疑者はいくつか存在する。

 悪魔族の残党、この世界で言う180年前にヘルヘイムに関わった数人の人間、そして――――ヘルヘイムの幹部の誰か。


 まず、悪魔族の残党の可能性は低いように感じる。

 あいつらは秘境内に潜み外界との干渉をほぼ断っている。今回のオセのようなイレギュラーはあるかもしれないが、それにしたってこの広さに拡散することはしないだろう。


 次に、以前にヘルヘイムに関わっていた数人の人間。

 それらは全員、悪魔王討伐を援助すると同時に、口外を固く禁じる契約を交わしている。

 物理的に口外は不可能だ。


 ならば……。

 考えたくはない。

 だが、この中で最もその可能性があるのは、


俺達ヘルヘイムの中に……裏切者がいる可能性がある」


 両肘を机に突き、顔の前で組んだ手で表情を隠しながら、そう言い放つ。


 会議室は沈黙する。

 それはそうだ。仲間が秘密を全世界に漏洩したかもしれないのだ。

 ニドどころの話ではないだろう。


 ニヴル、ガルム、ニーズヘッグ。

 それぞれの目を見ながら、信頼を持って問う。

 

「ヘルヘイムの名前が広まったことについて、三人は何か覚えがあるか?」


 こいつらは俺に嘘を吐かない。

 だからこれは形式上の質問に過ぎない。

 そして答えは、決まっている。


 決まって―――――


「…………」


「…………」


「…………」


 ん?

 なんでこいつら揃いも揃って目ぇ逸らしてんの?

 あれ? いやいやいや……え?


「ニド?」


「……ぁぁ」


 声ちっさ。


「ガ、ガルム?」


「…………がぅ」


 かわい。でもなんか知ってんなこれ。


「ニヴル」


 二人から視線を外して、正面に見据える。

 『不妄』のニヴル。

 その名を与えた時ニヴルと俺の間で結ばれた戒律は、『屍王に対しての虚言を禁ずる』ということだった。


 ニヴルは、震える口で答えを口にする。


「そ、その……ぜ、……」


「……はい?」


「……屍王が姿を消してから、パニックになった『八戒』が……捜索のために触れ回りました……」


「…………あぁ!?」


「で、ですがっ! 今世を騒がしているのは我々ではありません! その名前の出所は…………われわれかもしれませんけど……」


 最後の大事な一言を口ごもったニヴルは、泣きそうな顔で子供のように口を尖らせた。


「な、なんで……?」


「だ、だって! 急にいなくなるんですもん! だから、ヘルヘイムの名を広めれば、私たちをお叱り下さるために屍王が姿を現すかなぁ……って」

 

「でもね王っ、屍王の名前は口外してないよっ! これは絶対!」


「我もだ! 絶対だ!」


「お前はさっき堂々と口にしやがったけどな」


 「ぐむっ」と口を噤んだニドの角を掴みながら、頭を揺らす。


 いやでも……マジかよ……。

 あれだけ規則に厳しかった八戒が……マジか……。


 俺が消えただけで、ヘルヘイムは機能を止めた。


 でも多分、その理由は。


「…………お前らにとって……ヘルヘイムってなんだ?」


「屍王と共に在るための場です」


「王の正義の名前!」


「我が王の力の象徴だ!」


 そう。

 こいつらにとって『ヘルヘイム』なんて名前に意味はなかった。


 こいつらが大事にしてくれていたのは、組織ではなく『屍王』……俺だったのだ。


 怒りなんて湧いてくるはずもなく、羞恥心もない。

 ただ、申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。


 『八戒』の面々は、拠り所が無かった怪物たちの寄り集め。

 そしてその新たな拠り所は、ヘルヘイムではなくて、屍王。

 怪物としての自分を打ち倒すほどの強者に光を見出し、自分の居場所としていたんだ。

 

 俺はどこかで甘く考えてたんだ。

 俺が消えたと知った時、こいつらは悲しんだだろう。


 でもそれは、仲間が一人消えた程度のものだと思っていた。

 

 だが違った。

 親が急に姿を消したら、子はどうなるか。


 こいつらにとって俺は、そういう存在だったのかもしれない。

 俺にとってはごっこ遊びだったかもしれないけど、こいつらにとっては違った。


 ただそれだけのことだ。


 ヘルヘイムの名を騙られていると知った時、俺は気持ち悪かった。

 羞恥心とはまた違った、嫌悪だ。

 もちろん、今考えてみれば自分が作り出した組織につけるにしては恥ずかしい名前だし、大したプライドも持っていない。

 でも、ヘルヘイムって言うのは俺と八戒の名前だ。


 その優先順位は、ヘルヘイムという名前なんかよりも八戒の奴らの方が上。

 名前なんてどうでもいい。


 八戒にとっても、ヘルヘイムという名前にそれ程の価値はないのだろう。

 それこそ、俺を探すためだけに世界に広めてしまう程度には。


「…………悪かった。急に消えて」


「……ご無事で居られただけで、充分でございます。ヘルヘイムの名を喧伝した処罰は、いくらでも受けます」


「ガ、ガルムも、ごめんね……」


「我も、王に対する裏切りであると言われるのならば、甘んじて受けようぞ!」


「それ言うなら屍王バラシが一番の裏切りだよ、ほんとに……」


「あっあっ、揺らすなっ」


 なにやら神妙な空気にニドの声が響くと、急速に雰囲気が弛緩した。

 処罰も何も、特に口外されたことでデメリットなんてない。俺が超絶恥ずかしいくらいだ。……いや、結構なデメリットではあるけども。


 まあ、そんなことより、


「処罰なんてしないよ。怒ってもない。元からヘルヘイムなんて名前に特に意味はないし――――八戒おまえらが居ればそれでいいよ」


 言った瞬間、石像のように身動きを止めた三人を見ながら、俺は懐から素材を取り出す。

 それは、上級悪魔グレーターデーモンであるオセが落としていったものだ。


「とりあえず当面の目標は、偽ヘルヘイムの手掛かり探しだな。なにやら悪魔王が関わってるっぽいし……慎重にするには時間の猶予も気になる。ってことで、探すついでに他の『八戒』と合流しようと思う」


 上級悪魔グレーターデーモンの素材を使った武具を作れる人間は多くない。

 この世界においてたったの一握りだろう。


 でも、その人間に心当たりがある。

 『八戒』の一人にして、世界最高の鍛冶師。


 『不飲ふいん』のグルバ。

 

「グルバにこいつを加工してもらうついでに、情報収集もしよう。目指すは―――――鉄鋼都市ガギウルだ」 


 ニヤリと笑って決める。


 が、反応がない。


「あれ?」


 見ると、三人は忙しなく身体を揺らし上の空だ。


「……ニヴルが居ればそれでいい、なんて……正妻ですか?」


「改竄すんな、言ってねえよ」


「王はガルムと交尾したいの?」


「お前の口からそんな言葉聞きたくないよ」


「お、王よっ」


「ろくなことじゃねえな」


「まだ何も言ってないのだ!」


 ほわほわと浮ついた女性陣を見ながら、心の中で誓う。

 まず、『八戒』の男性陣を回収しよう、と。 


 依然として不透明な偽ヘルヘイム。

 目的も素性もわからないそいつらに対して、恐怖は微塵もない。


 まあ、こいつらと一緒ならどうにかなる。 

 過去、悪魔王を倒した時のように。



「気楽にいくか」



 自然と浮かぶ笑顔と共に、そう呟いた。




―――――――――――――――



 ちょっとした一区切りになります。


 拙作に目を通していただきありがとうございました。

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