屍王バレ

  最悪……最悪だッ……!

 このあほドラゴン、やりやがった……!


「ニドぉ……てめぇ……」


「むふふ、王よ……今こそ世界に名を轟かせる時! 雌伏の時間はもう――――」


 ガシッ。


「ほえ?」


 膝を付いたまま俺を振り返ったニドの角を掴むと、そのまま顔を近づけ囁く様に声を出す。


「しばらく会わないうちに忘れたか? なあ、ニド……」


「お、王よっ、ち、近いのだ……! わ、我は嬉しいがこんな面前で大胆だっ……」


「久しぶりでも変わんねえなお前はっ!」


「あっあっ、ちょっ、ゆ、揺らすでない! 角はハンドルじゃないのだっ!」


 角を持ちながら頭を揺らすと、ニドことニーズヘッグはされるがままで抗議を口にする。


 こいつは前からそうだった。


 『不贅ふぜい』のニーズヘッグ。

 ヘルヘイム幹部『八戒』の武闘派にして、自由奔放、傍若無人。

 そのくせ考えが足りないからよく問題を起こしてた。


 制御できるのは俺くらいで、よく割を食っていた思い出だ。

 まあこいつをヘルヘイムに引き込んだのは俺だからそれに関しては何も言えないが……。


 だが今のはあまりにも見過ごせない。

 こいつ多分、今世界でヘルヘイムがどんな見られ方をしてるか知らないんだろうなぁ……。

 

「ニド、俺言ってたよなぁ……幹部は?」


「な、名前を言わない」


「組織の名前は?」


「こ、口外禁止……」


「今のお前は?」


「ち、違うのだ王よ! 我はっ」


 そうニドが反論しようとした時、横に控えていたニヴルが「はっ」と嘲笑うように声を上げた。

 その声に、ニドは口を閉じて目を向ける。


「駄竜が。あなたはいつもそう。戦闘以外に取り柄のない組織の癌です」


「いたのか、右腕。ストーカーも極まれば才能か」


「黙りなさい」


「こちらのセリフだ牛乳うしぢち


「あなたに言われたくありません、贅肉」


「寵姫気取りも大概にするが良い」


「あ゛?」


「お?」


 相変わらず仲わっるいなこの二人……。

 ガルムですら呆れた顔をフードの奥で浮かべている。

 こりゃダメだな、一回落ち着かせないと。


「二人ともやめろ。話は帰ってからだ」


「はっ」


「御意に」


 息ぴったりにそう返事をした二人はもう口を開かない。

 今までの一連のやり取りを見ていた探索者たちは、信じられないと言うように口を茫然と開けている。


 直視すると胃が痛くなってくる。

 この人たち、俺が屍王とか名乗ってること知っちゃってるんだよな……。

 あ、やば、死ねる、軽率に死ねるわこれ。


 妹に厨二ノート見られた時と同じ浮遊感と嫌な汗が背を流れる。


 だけど、変に冷静な頭で状況を俯瞰する。


 ヘルヘイムバレ、屍王バレ、目の前には探索者、その探索者はニドを守護竜様と宣っていた。

 それに、何やらヘルヘイムを追っている口ぶり……。


 ここで必死に本物だの偽物だの説明して信じてもらえるのか?

 仮に信じてもらえたとして、帝国に囲われるのがオチだろう。


 でも、それはなんか違う。

 面倒だし、なにより勇者だった時と何も変わらない。

 誰かに利用されるのはこりごりだ。


 俺はフードを深く被り直し、手にもっていた剣をニヴルに受け渡す。

 ニヴルはその剣を腹に収納し、その行動に再び探索者たちは時間を思い出したように動き出そうとする。


「と、止まりなさい! あんたらはっ―――――」


「――――黙れ」


 空間から、音が消える。

 演じる、過去の俺を。屍王を。


 この状況を利用していまえばいい。逆に好都合だ。




「我が名は屍王――――のヘルヘイムの主だ」


「――――は?」




 黒髪の探索者が間抜けな声を出す。

 構わずに腕を横に伸ばすと、ニヴル、ガルム、ニドが俺の後ろで膝を付く。


「世に蔓延るヘルヘイムを名乗る、我らの名を騙る狼藉者ども。欺瞞に塗れた贋物どもを――――これより、粛清する」


 適当をぬかしても、力で解決する。

 前と同じ轍を踏もうとしてるのが自分でもわかる。

 でも、頭がよくない俺に搦め手は無理だ。

 

 痒くなってくる全身を無視して、このまま言い募る。


「帝国……フォルテムの探索者よ。我が名をフォルテム皇帝に伝えるがいい。そして偽のヘルヘイムの存在もな。皇帝以外に口外した場合、それ相応の報復を用意しておく―――――賢明な判断を、期待しているぞ」


「ま、待ちなさ―――――」


「不妄」


「はっ」


 呼びかけると、ニヴルが魔法を発動した。

 景色が歪み、閃光が破裂する。


 時空魔法、Lv8。転移テレポート


 この魔法も使える者が限られている。俺達が相応の力を持っていることもアピールできただろう。


 転移した先の周りは霧に包まれ、見覚えのある大きな館が俺達を出迎えた。

 ヘルヘイムの拠点、エリューズニルだ。


「あ、ぁあ……やっちまった……」


 下がり切ったテンションの中、さっきまでの言動を振り返る。


「自分から名乗ったら終わりだろぉおお……何やってんだ……」


 しかし、言ってしまったのだからこの後悔も意味がない。

 背に腹は代えられない。


 それに、


「屍王、見事な宣誓にございました」


「王っ! 王っ! やっとだね!」


「むふふ、我らが王を、世界が知るのだっ!!」


 馬鹿みたいに嬉しそうなこいつらを見ていると、まあ悪くなかった。

 そんな気がしてくる……気がする。


 秘密結社も潮時か……。


 まあ、それはそれとして。


「ニド、仕置きだ」


「えっ、あっ、待ってくれ王よ! 我は王が世界に知られるべき人間だとっ」


「座れ」


「…………ぎ、御意に……」






■     ■     ■     ■





 真実のヘルヘイム。贋物ども。


 守護竜の裏切り。


 屍王。


 あらゆる情報の氾濫に、驍勇の槍はその場から動けずに沈黙していた。

 そんな中、アーテルは誰よりも先に足を動かす。


「帝国に戻るわよ。皇帝に伝えないと」


「お、お嬢! 今の奴らもそうだが、グリフィル樹海はどうすんだ!?」


 アーテルは、やけに湿った地面を足で突く。

 微かに魔力の反応を発するそれに、眼を細めた。


 炎の剣と、やけに湿った空間。

 氷漬けにされていたものが融かされたような跡が、空間全体に点在している。

 氷が融けたような周囲の状況から、グリフィル樹海を凍らせた人物を予想する。


「屍王……覚えたわよ」


 彼の言っていることが真実なのか虚偽なのか。

 それは些細な問題だ。


 世界にとって、屍王の言う偽ヘルヘイムと、屍王本人。


 果たしてどちらの方が危険なのか、アーテルにはわからなかった。





 

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