中級悪魔

 探索者と呼ばれる者たちが存在する。


 彼らの目的は、『秘境』の探索。

 世界に点在する未開の地である『秘境』は悪魔たちの巣窟であり、彼らが人類への復讐の刃を研ぐ場所とも言われている。

 高い密度の魔力によって地形を変化させるそれらに対応して悪魔を討伐し、『秘境』の資源を人類の物とすることが彼らの生業だ。



 Lv3の秘境、『戦地せんちおり』。

 現時点で見つかっている最高難度の秘境がLv10であることを鑑みれば、充分安全探索が可能な秘境でその異常事態は起こっていた。


秘境と同じく、Lv10が最高位の冒険者達の中でも中堅であるLv4の探索者パーティーが、一心不乱に秘境内を駆ける。


「ハァ……ハァ……ッ!」


「うぐ……あぁ゛……」


 乱れた息と痛みに喘ぐ男の声が反響する。

 走る足下も覚束ず、背後に迫る凶刃に対しての対抗手段はほぼない。


 四人だったはずのパーティーも二人になった。

 気が狂って逆走したとして、あるのは無惨な仲間の遺体だけだろう。


「ぐ……くそぉおおおおおッ!!」


 怪我をした仲間を先に走らせると、男は振り返りざまに大剣を振るった。

 風を切って振り抜かれるそれは、鉄を叩いたような硬質な音と手応えを持ち主に教える。


 喉を枯らしながら恐怖を誤魔化すように我武者羅に暴れる男に、勝機など無い。

 大剣に殴られながら歩を進める“ソレ”は、『フシュウウウウウゥゥゥゥ……』と息を吐きながら見上げるほどの体躯を運ぶ。


 中級悪魔デモンズ

 Lv5以上の秘境からしか存在を報告されていないソレが、なぜこんなところにいるのか。

 探索者は自身の不幸を呪うことしかできない。


 ガシャ……ガシャッ……。

 歩くたびにそんな音を立てる悪魔は、理性を感じさせる目で探索者を見下ろす。

 甲冑の真似事のような歪な外殻に身を包むソレは、手甲を纏った拳を振り上げた。


『――――ゴアアアアアア゛アアアアアア゛アッ!!!!』


 怨讐の籠った咆哮は、逃げ場のないに空洞に響き続ける。


 原形の無くなった探索者を啜る悪魔は全身を脈動させると、再び徘徊を再開した。




 この日生き残った探索者が、探索者の街ガートに持ち帰った情報から中級悪魔デモンズの発生が報告された。

 その情報から『戦地の檻』はLv6の秘境と認定され、発生した中級悪魔デモンズに名がつけられる。


 中級悪魔デモンズの個体識別名、『ヨロイ』。







■     ■     ■     ■





 突然降り出した雨を凌ぐように秘境に入った俺達は、次の進路を決めていた。


「やっぱ情報収集なら……ここだよな」


 地面に広げた地図を確認しながら、それを囲うように円の形で座り込んだ二人に問う。


「探索者の街、ガート……ですか。良いのではないかと」


「ガートねっ、ガルム久しぶりに行くよ!」


「人が集まるところには情報が集まる。ヘルヘイムを名乗って好き放題するやつらの情報もあるんじゃないかな」


 二人が頷くのを確認すると、地図をしまい立ち上がって土を払う。

 伸びをする俺を不思議そうに見上げながら、ガルムが狼の耳をピコピコと動かした。


「それにしても王、すごい演技だね! なんか普通の男の人みたい!」


「こらガルム、屍王に向かって失礼ですよ。この方にできないことはありません。なんの害もない優男を演じることなど造作もないのです。ですよね、屍王」


「……う、うん、そうだね……」


 なんの害もない優男……別に悪口じゃないけどなんかこう……釈然としねえな。こっちが素だよ……。

 まあ前はずっとあんな感じだったから仕方ないけどさ……。


「情報を集めるならこういう感じが良いからな。これから当面はこんな感じでやってくつもりだ」


 とかなんとか言っとけばいいでしょ。


「それと……悪いんだけど、わけあって全盛期より弱くなってるから、俺。、二人とも」


「ッ!?」


「ガうッ!?」


「ん?」


 俺の言葉に身体を跳ねさせた二人は、ニヴルは涙を流しながら、ガルムは目を爛々と輝かせながら跪いた。


「いっ、命に代えても、お守りいたしますッ!!」


「はじめてっ、王はじめてっ、頼りにしてるってはじめて言った!!」


「あ、ああそうだったっけ……」


 明らかに異常な興奮具合に引きながら、俺は二人を伴い一路、探索者の街ガートへと進路を決めた。





「あ、そうだ……さっき襲ってきた鎧みたいなの着た悪魔の素材……どうしよ、持って行ったほうが良い?」


「感触的には中級悪魔デモンズ程度だったので捨て置いていいのでは?」


「そっか、ニヴルがそう言うならいいや」


「ガ、ガルムもっ! ガルムもニヴルと同じ考えっ!」


「う、うん。ガルムがそう言うならそうするよ……」


「えへへ!」


「むむ……」


 褒めて欲しそうなガルムを撫でながら、恨めし気なニヴルの視線から顔を逸らした。




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