或いは、勇者さまと滅びゆく世界

じょー

或いは、勇者さまと滅びゆく世界



ドンドン、と分厚い木の扉を叩く音。

それと、くぐもっていて詳細はわからないが、何故、と問いかけているであろう民衆の声で目を覚ます。


ベッドの中で全てを拒絶するように、頭を抱えるように、体を丸めて耳を塞いだ。

自分の体に意識を集中すれば、鼓動が響いていることで、生きていることを実感して、同時に落胆した。


所謂「勇者」というものに抜擢されてから幾年過ぎただろうか。

最初は戸惑いもしたが、自分の力を試せること、また民衆にもてはやされることは満更でもなく受け入れた。


そうして着実に強くなり、言われるがままに魔族共を一掃し、勝つか負けるかわからない苦しい戦いの末にようやく魔王をも打ち負かすことができた。


幸せなはずだったんだ。

誰がこうなることを予見できたんだ。


そもそも勇者が魔王を倒し、めでたしめでたしで終わるなんてただの夢物語に過ぎなかった。

そう、本当にただのお伽噺だ。


斬り捨てた魔族がどうなるのか。

考えたことすらなかった。

そこらにいる動物と同じで腐り、風化し、やがては土に還るものだと思い込んでいた。


魔族は所詮魔族だ。

その死骸は土壌を穢し、瘴気を蔓延させる。

最初は気にも止めなかったそれが次第に濃くなり、ついには死人が出てようやく異変に気付いた賢者達が研究して初めて、世界樹がそういったものを浄化していたことを知った。


だがそれを知ったところでもう遅い。

急激に増大した瘴気に、限界を越えた世界樹が枯れたのだ。

覆水盆に返らずとはまさにこの事だろう。


そして少しずつだが確実に民は減り、やがて王が死に絶えた。

民衆の怒りや不安や恐怖は全て俺に向けられる。


俺だって勇者だ。王に任命され、その責務を持って魔王を討ったのだ。

最初は解決策を模索した。毒消しや回復魔法などでどうにかならないかとできることを、考えられるだけのことをやった。

しかし、だ。

そもそも世界樹の役割が知られたのがこうなってからなのに何故その解決策を見つけられる?


そう悟った俺は、自宅の扉から窓から、外に通じるところは全て板で打ち付けた。外界を遮断して閉じこもった。

そして民衆の抗議を聞きながらいつか死ぬのをただ待つばかりの日々。それが今だ。俺の現状だ。


ふと思う。

魔族は俺達人間になにか損害を与えただろうか、と。

答えは否だ。

悪だと、邪なるものだと教わったから討伐しただけだ。

魔族がいるから人々は争い、憎しみあい、殺し合い、だから平和は訪れないのだと。


世界の均衡を崩したのは紛れもなく人間だ。

人間の傲慢さが現状を生んだのだ。


…いや違う、王だ。

そうだ、俺を勇者に仕立てあげ、魔族を滅ぼさせ、この世に瘴気をもたらしたのは王じゃないか?


俺は従っただけだ。

勇者なれば魔王を討てと、そう言ったのは王じゃないか。

俺は勇者としてそれに従っただけだ。

事実魔族が死に絶えてもこうやって争いや憎しみは絶えない。むしろ増えただけではないか。


そうだ俺は悪くない。悪いのは全て王だ。


俺は悪くない。

俺は悪くない、俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない。

俺は悪くない!!


なのになぜ俺を責める!?

父は!母は!仲間は!民は!なぜ俺だけを責める!なぜ俺だけに助けを求める!

俺にどうしろと言うんだ!俺は他に何ができたというんだ!

お前らが勇者だったらどうしていたと言うんだ!


尚も続く抗議の音は次第に大きく激しくなっていた。

斧でも持ち出したか、バキリバキリと木の割れる音がする。

そろそろ限界だろう。扉だけでなく、俺も、誰も彼もが。世界が。


ああ、そうだ。

なぜこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。


寝床から起き上がり、剣を取って扉近くに立つ。


瘴気を消す方法はない。

遅かれ早かれ人は死ぬ。

むしろ恐怖に苛まれない分、幸福なことではないだろうか。


ああ、そうだ。

今の人間は、魔族と何ら変わりない。

むしろ魔族よりもずっとずっと悪だ。

顔を醜悪に歪ませて、武器を取り、非難を浴びせ、責任をなすりつけ、そして殺し合う。


だったらやることはひとつしかない。

なんといっても俺は勇者だから。

悪を滅するのは俺の役目だから。


一際大きな音でバキリと打ち付けた板ごと扉が割れ、薄く濁った光が差し込む。

ちらほらと、化け物たちの顔が見えた。



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或いは、勇者さまと滅びゆく世界 じょー @eviljho1016

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