Operation Crowd Killer

 全機が飛び立ち、高度5000m程に達すると、六機は並列飛行の体勢に入った。キャノピーと呼ばれるコクピットに付いている窓には無数の雨粒が付着しては後ろにはけていった。

『お前達の存在に気付いたのか、大入道が攻撃を止め、そちらの方角へ向かっている。注意せよ』

司令官は不安気に言った。

『聞いたか? 探す手間が省けたぜ』

プレイヤーが揚々と言った。

「アイツも自分の方が強いと慢心しているのかもな」

レインマンは苦笑した。

『敵との距離が縮まってきている。総員、散開隊形に入れ』

『全機、了解!』

全機を代表し、カウボーイが言った。

 鳶と隼は高度を上げ、おぼろ雲の上に消えた。残った四機は並列飛行を続け、大入道に接近した。レインマンは深呼吸をし、操縦桿を握り直した。

『こちらで各機の状態とパイロットのバイタルをモニターしています。それに敵機の状態もモニターしていますので、有用な情報が有れば共有します』

女性オペレーターの声が無線から流れた。

『分かった。よし、全ての準備は整った。全機、攻撃せよ!』

司令官は力強く言った。パイロット達は一斉に操縦桿に付いているトリガーを引いた。幾百もの弾丸が雨あられのように大入道に撃ち込まれた。

『動力部、損傷を確認! 小規模の爆発が見られています』

オペレーターは明るい声で言った。それを聞いたレインマンは歓喜溢れる司令室を想像してはフッと笑った。そこまではまだ笑みを浮かべる余裕があった。次の瞬間、燕を含む左右展開組四機から警告音が鳴り響いた。

『ミサイルだ! 避けろ!』

ファーアイズが怒鳴るように言った。数秒の後、大入道のてのひらから四発のミサイルが発射された。レインマンは肝を冷やした。しかし、幸いにも四機全てが回避することに成功した。

「ミサイルまで持ってるとは、底が見えないな。こんなだとまだ俺たちの知らない能力をアイツはまだ持っているぞ」

レインマンは不安気に言った。

『それならこっちもミサイルを使ってやりゃいい。こっちはまだ後ろに着けてんだ』

プレイヤーが言った。

「了解。外すなよ?」

『ハッ、当てることなんざ楽勝だね』

プレイヤーは不敵に笑った。

『本部、ミサイルの発射許可を申請します。どうぞ』

プレイヤーは言った。

『こちら本部。発射を許可する』

司令官が言った。すると、プレイヤーの機体である鳶は大入道をロックし、ミサイルを一機切り離した。切り離されたミサイルはロケットを噴射し、大入道の腕部分の動力部へ向かっていった。大入道の図体と爆撃機のような機動力ではそれを避けられるはずもなくジェットエンジンの一つに着弾した。すると、動力部で連鎖的な大爆発が起こり、大入道は高度をみるみる落としていった。

『動力部、大破! 大入道、高度が下がっていきます!』

オペレーターが言う。

『ハッハー! 楽勝だな! どこの国のどこの兵器か知らないが、俺に勝ちたきゃ数で来な!』

プレイヤーは勝ち誇るように言った。

『おいおい、俺たちみたいな囮がいるから仕留められてんだろ? 少しは感謝しろよ?』

左へ展開していたシンラが言った。

 だがしかし、現実はそう甘くはない。

『!? 大入道、動力部を切り離しました。一体……』

オペレーターは奇妙そうに言った。切り離された動力部は爆炎に包まれながら地上に激突し、さらなる被害をこうむってしまった。

 手だけになった大入道はその姿形を大きく変化させた。全長は約100mほど。煙幕の放出は止まり、白く細い機体が姿を現した。人間のような四肢を持ち、両足には姿勢制御スラスター、両腕には常識では考えられない口径500mmの主砲を抱えている。人間で言う鎖骨辺りには左右合わせて四門の20mm対空機関砲を搭載し、背中にはロケット、両肩には十連装ミサイルポッドを搭載している。

『なんだあれは……。いや、ここでたじろいでいるわけにもいかない。総員、警戒しつつ攻撃せよ!』

司令官は唸った。

 大入道の変形直後、隼と鳶はまだそれの背後に着けていた。

『俺たちはまだ後ろを取っている。アイツの破壊は任せてくれ』

カウボーイが言った。

『まあ任せるぜ』

シンラが言った。ただ、その言葉の裏にある微かな不安は拭いきれていなかった。

 隼と鳶は大入道を背後から接近し、攻撃しようとしていた。しかし、先に動いたのは変形した大入道の方だった。大入道は素早く振り向き主砲を二発とも発射した。凄まじい爆音と衝撃波。その物騒な二本の筒から飛び出した大きな鉛の塊は、二機の戦闘機を粉々にした。

『隼、鳶……シグナルロスト』

何も言わずに死んでゆく。喪失、或いは絶望。戦闘鳥は誰一人口を開けなかった。

『尚、隼が墜落したため、隊長機は燕に移行されます』

「……了解した」

その瞬間、自分の背中には自分が背負えないほど重いものが載せられた、とレインマンは思った。隊長機というのは名ばかりだと頭では分かったつもりでいても、彼は肩書きとプレッシャーに無意識に圧迫され、じんわりと手に汗を浮かせた。

「こちら燕、残った全機に告ぐ。まずは砲台を破壊しろ。戦力を削いでくれ。斑鳩、白鷺は牽制しつつ攻撃、燕と梟はバックアップに回る」

『梟、了解』

『斑鳩、了解』

『白鷺、了解』

レインマンの指示通り、斑鳩と白鷺が前に出た。

 彼らが前へ出ても、後衛の二機は援護しようとせず、大入道の周りを飛ぶだけだった。

 ただ、それには相応の理由がある。彼らの戦法は非常にトリッキーなものであり、予測もつかない。下手な援護はかえって足手纏いとなる。彼らは二機で敵を挟んでお互いの方向に機銃を射撃したり、一方が敵を誘い込み、もう一方が敵の不意をつく攻撃をしたりするということを無線もなしに行うのだ。先にも書いたが下手な援護は斑鳩か白鷺のどちらかを殺してしまうかもしれない。それに余計なことをした人間は彼らの射線に入ってしまい撃たれてしまうかもしれない。だから、彼らの攻撃には何者も干渉出来ないのだ。

『あのバカでかい砲台をやるぞ』

『オッケー、ニイチャン』

彼らは主砲に向け、横に並んで飛んだ。すると、大入道はそれに呼応するようにミサイルを数機発射し、迎撃しようとした。

『一気に何発も撃ってきやがるなんて、危ねえヤツだぜ』

シンラはため息混じりに言った。二機は難なく避けてみせたが、敵も甘くはない。大入道は四門の機関砲を同時に撃ち始め、弾幕を作ったのだ。機関砲が発射する弾の軌跡は、まるで二機に大入道まで続く一本道を描いているようだった。だが、その通路は次第に狭くなっていった。だが、囲いの中にいる二機も華麗に躱していった。それを見るたび、彼らは思う、これは一種の芸術だろうと。

『舐めやがって。食らわせてやる!』

 大入道に十分に近づくとシンラはそう言い主砲へ向け機銃を乱射した。勿論、もう一方の主砲はバンショウが攻撃した。

『主砲、二門とも機能停止した様です』

オペレーターが言った。ただ、二機の危機は去らなかった。

「クソ、ヤバいな。斑鳩、白鷺、離脱できないのか?」

『出来そうにない! 俺たちは迷路の行き止まりに突っ込みに行っているようなもんだ。しかも引き返せる道も閉じちまった!』

シンラは焦りの色を見せた。

「出来ることはする。耐えてくれ」

『わかった』

『頼んだ』

「行くぞ、梟」

『OKだ』

レインマンは奥歯を噛み締めた。

 無駄だった。

『もう無理だ! 強行突破で離脱する!』

シンラとバンショウは弾幕の壁を突き抜けた。案の定、二機とも被弾し、戦闘続行は不可能となった。

『こちら斑鳩、脱出する!』

『白鷺も脱出する!』

燃える戦闘機から人間が打ち上がった。それを大入道は見逃さなかった。空中で静止した一瞬の隙を狙い、大入道は機関砲を連射した。すると、バラバラ死体がパラシュートも開かず、降下していった。

『肉を切らせて骨を断つ……か。小賢しい真似を……。燕、梟……お前たちだけが頼りだ。頼む……』

司令官が懇願した。少し息が上がっていた。

「出来る限り、善処します」

レインマンにはそう言うしかなかった。

「挟み撃ちだ。雲の上を通ってヤツの後ろに回り込め」

『了解だ』

ファーアイズは冷静だった。レインマンは速度を落とし、ファーアイズは高度を上げ、雲の上に消えた。

「さあ、これで両方とも死ぬのは時間の問題だな」

レインマンは呟いた。すると、大入道は機関砲を撃ち始めた。

「俺はもう攻撃なんてしないぞ。残念だったな。俺は回避に専念させて貰う」

また呟いた。彼は言った通り飛んできたものを避け続けた。

『おい! まだ生きてるか!? 回り込めたぞ』

ファーアイズが言った。

「まだ生きてるぞ、まだな」

『ミサイルを発射する! 四機共だ!』

「幸運を祈るよ」

すると、ファーアイズの操る梟はミサイルを一機ずつ切り離していった。大入道はそれに勘づき振り返った。動力部への損傷は見られなかったが四機全て大入道に着弾し、幾つかの武装が無力化された。そして、それは燕に背を向けた。

『今だ晴! やれ!』

「機銃掃射、開始」

多数の弾頭が動力部に着弾し、小さな爆発はやがて大きな爆発に変わった。

『大入道、動力部大破! 落下します!』

オペレーターは燃え盛る大入道を見て歓喜した。

『どうだ晴、雲を晴らした気分は』

ファーアイズは微笑んだ。

「良くないな。四人も死んだんだ」

『ああ……困るな、空気を変えてくれるのは』

「すまんすまん。やっと重圧から逃れることができてホッとしたよ」

そう言うと、レインマンはホッと一息ついた。彼らの視線の先には穏やかな夕日が佇んでいた。

『どうだ? これでお前も晴れ男だろう?』

「なんだかくすぐったいな、そんなこと言われると。まあ、良かったよ」

二人はそんなことを言い合い、基地へ帰還した。



「君たちに心からの感謝を」

司令官が言った。その周りにいた人間も、ほぼ全員が安堵の笑みを浮かべていた。その賑やかな空気は彼らを暖かく包み込んだ。

「ありがとうございます」

レインマンは一礼した。ファーアイズも同じ様なことをした。

「誰か、シンラとバンショウの遺品を持っている方は居ますか?」

レインマンの問いに答えたのは少し暗い顔をした女性だった。

「ええ、私が。これは二人の腕時計です」

その女性は彼らの親戚の様だった。

「それ、借りてもいいですか?」

「ええ。でも何故?」

「彼らとは約束がまだ残ってるんです」

レインマンは二人の腕時計を手に取った。

「では、自分はこれで」

そうして、彼はある場所へと向かった。



彼がやって来たのは、小洒落たバーだった。店内は薄暗く、カウンター席のみの小さな店だった。

「今日はお一人様ですか?」

オーソドックスなスーツを着込んだマスターが言った。

「今日は……三人だ」

そう言って晴は二つの腕時計を見せた。

「そうですか……。それで、ご注文は何になさいますか?」

「一番安いワインを三つ」

晴は両隣の席に時計を置いた。

「ワインです。どうぞ」

晴は三つのグラスをそれぞれのテーブルに置き、彼の分のグラスを手に取った。

「森羅万象兄弟に、乾杯」


A.D.20**/**/**

Operation Crowd Killer: Completed

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雲殺し 空野宇夜 @Eight-horns

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