Briefing time
男は舌打ちをした。彼が見入っていたテレビ番組が中断され、緊急のニュースが始まったのだ。ある一局を除くすべての放送局がその話題で持ちきりだった。男は肺の中の空気すべてを出す勢いでため息をついた。
「3、2、1……」
その時、ベッドに腰掛けニュースを眺めていた男に一通の電話が掛かった。
「レインマン、緊急の招集だ。すぐに来てくれ」
「……喜んで」
コードネーム”レインマン”、
彼の名の由来はとてもシンプルだ。彼が、前々から行く先々で雨を降らす「雨男」だったことからそのような名が付いてしまった。彼がその名を授かった日も、当然のようにアスファルトに水が染み、独特な匂いがそこかしこで臭っていた。
青というものが一切写っていない空の下、彼はバイクを走らせた。
「また降るのか」
彼はつい、心の声を漏らしてしまった。
道中では、人々は逃げ回り、無意味な悲鳴をあげ、無意味な破壊を行った。道路も、焦燥に脳をやられた一部の人間によって事故が多発し、案の定渋滞が起こっていた。しかし、レインマンはバイクのその小ささを利用し、車と車の合間を縫う様に移動した。
曇り空のすぐ下にはあの大きな手、正確には肘から下がない腕が宙に浮いており、焼夷弾を投下していた。ビル街は火の海となり、黒煙が空をも拒んだ。まるで、そこだけ異空間に転移してしまったかのような地獄絵図が広がっていた。
彼が航空基地へ着く頃には小雨が降り出していた。駐車場に彼の愛車を残し、彼は基地の中を駆けた。
作戦会議室に入る前に少々身だしなみを確認し、扉を開けた。
「来たか。お前が最後だレインマン。まあいい、これより作戦内容を説明する」
司令官が渋い声を放った。
「君等ももう分かっているようだが、敵はあの雲だ。我々はあれを大入道と命名した」
司令官補佐がモニターに画像を映した。
「ヤツは人間の手と肘までの腕に模された姿形をしており、全長は1km程だ。腕の肘側には複数ものロケットエンジンが火を吹いているのが確認された。なぜあれが雲に見えるのか、恐らくこうだ。あの機体からは煙幕が常時噴射しており、そのせいであれが雲に見えていると言う訳だ。おかげでどこの国の兵器かも、どのような武装があるのかも分からない。だが、あれを放置するわけにもいかない。そのために君たち
司令官は大きく息を吸ってから続けた。
「作戦名はクラウドキラー作戦。君たちには今日、雲殺しになってもらう。
作戦目標は大入道の破壊だ。各々の離陸後、目標へ十分接近するまで並列飛行せよ。そして三方向に分かれて攻撃する。これから散開隊形を言う。まず、
「イエス・コマンダー!」
斑鳩と白鷺パイロット二人が声を上げた。
「君等は左正面へ展開しろ。そして
「イエス・コマンダー!」
先程と同様にレインマンを含む燕と梟のパイロット二人が声を上げた。
「君達は右だ。最後に
「イエス・コマンダー」
隼と鳶のパイロット二人が声を上げた。
「君たちは空の雲を使って高高度から大入道の背後に回り、後ろから弾丸を浴びせてやれ」
「了解」
「隊長機は……言わずともわかるな? 隼だ。それと、作戦開始時刻は15:30、今からおよそ10分程後だ。以上。さあ、離陸の準備だ」
「イエス・コマンダー!」
司令官と補佐が作戦会議室を出て行った。
「よお晴、お前のいる日はいつもこうだな」
梟のパイロットであるファーアイズが声をかけた。彼の名の由来は一目瞭然、彼の離れ目から来ている。
「うんざりだ。この空にも、俺のこの名前にも」
「人生なんてそんなもんさ。さあ、行こう」
そう言うと、ファーアイズはレインマンの肩を二回叩き、作戦会議室を出て行った。
「生きて会おうぜ、バンショウ!」
「ああ! シンラも死ぬなよ?」
そう言って拳を合わせたのは斑鳩のパイロット、コードネーム”シンラ”、それに白鷺のパイロットのコードネーム”バンショウ”だ。彼らは一卵性双生児で、以心伝心の連携を見た者は誰でも一度は開いた口が塞がらなくなってしまうらしい。
「森羅万象、あのクソみたいな雲を晴らしてやったらまたあの店で飲もう」
レインマンは二人の肩に肘を置いた。
「おう、やってやろうぜ雨男!」
「雨男、お前も生き残ると信じてるからな!」
二人は不敵な笑みを浮かべてみせた。
「隼と鳶の奴らも誘いたいんだが……流石にもうアイツ等は準備に行ったか」
レインマンが言った。
「まあ、しゃあないな。アイツ等は戦闘狂だから、遠慮なく壊せる
バンショウが答えた。
「その競争があるから俺たちも生きてられるんだろうな」
ハッとレインマンは笑った。
「もう行こう、時間がない」
時計を指差しシンラが言う。
「そうだな。そろそろ行かないとな」
レインマン達は歩き出した。
格納庫では大勢の技術者がいそいそと機体の整備をしていた。F-2A戦闘機。それは空対空ミサイルを四発搭載でき、最高の対艦攻撃能力と対空能力を持ち合わせた攻撃機。戦闘鳥の六機それぞれの機体には各々のモチーフとされた鳥がペイントされていた。
「晴、いやレインマン、準備はほぼ終わったぞ。早く乗れ」
先に梟に乗り込んでいたファーアイズが言った。
「喜んで」
対Gスーツに身を包み、ヘルメットを抱えたレインマンは言った。
戦闘鳥の全員がF-2Aに乗り込んだ頃だった。
『よおよお、お前たち、ちゃんとおむつは履いたか?』
鳶のパイロットの”プレイヤー”が無線越しに言った。彼は昔から女癖が悪く、彼は誰かと飲みに行く度に目に入った女を口説いてはその誰かとは別れ、女と夜を共にした。
『プレイヤー、毎度毎度ありがとさん。だがな、俺は絶対アイツを落とす!』
対抗心を燃やすように隼のパイロット、”カウボーイ”が言った。彼は酪農家の息子で誰にも負けない執着心でパイロットになった。プレイヤーと一括りに戦闘狂と表されるが、プレイヤーと違うところはその大きな野望だろう。
『カウボーイ、デカい口叩けるのも今の内だぜ』
プレイヤーが煽るように言ったため、カウボーイは言い返そうとしたがそこで会話が途切れることとなった。
『お喋りはそこまでだ。総員、離陸の準備はいいな?』
司令官の渋い声が無線越しに聞こえた。
『こちら、隼。問題ありません』
先程とは一転、芯の通った声でカウボーイが言った。
『こちら鳶。こっちも問題ありません』
一方、プレイヤーは声色を変えることなく言った。
『こちら梟。待ちぼうけましたよ』
ファーアイズが言った。
「こちら燕。いつでも行けます」
レインマンは肩の力を抜いた。
『こちら斑鳩。万端です』
シンラが言った。
『こちら白鷺。万端です』
バンショウが言った。
『よし。全機、離陸だ!』
司令官の言葉を境に次々と戦闘鳥たちはまるで獲物を狩りに出るように飛び立っていった。
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