雲殺し
空野宇夜
Break time
ある会社のある屋上。男が二人、煙草を吸いながら昼休みを潰していた。煙草を片手に柵に寄りかかり、ずっと下を向いている男は先輩。もう一人の男は後輩で、屋上の扉のすぐそばにある灰皿の左のベンチで煙草をふかし、空を眺めていた。
「あーあ。ここ最近コイツしか楽しみがないや」
後輩は壊れた機械のように煙を吐いた。都心のビル群、交通量も多く下からは自動車のエンジン音が聞こえてくる。更には珍しく、空からゴゴゴゴゴというような音が響いていた。しかし、空には何も飛んでいないようだった。
「もうちょっと寄りかかれるもん作ってみりゃどうだ? ほら、女とか」
先輩がそう言うが、後輩は表情を歪ませたまま変えはしなかった。
「女ですか? 出会いがないんですよ」
「あったろ。お前の同期とか、なかなか顔はいいだろ?」
「先輩、ちょっと見る目なくないですか? アイツは外見だけよく見せてるんですよ。研修の時とか、そりゃ大変でしたよ」
男達は煙草の力を借りて他愛無い話に花を咲かせていた。
「ホント、自分は何もしないくせに人にはあれやれこれやれだの、自己中ですよ。それでできなかったら罵倒。腹立ちますよ、ホント」
「ええ? 美人に罵倒されるなんてご褒美じゃねえか」
「それは先輩がそういう性癖だからですよ」
「性癖とか言うな! ただの趣味だ!」
後輩は「またか……」と呟きそれ以上言い返そうとはしなくなった。
「それはそうと、さっきから手みたいな雲がずっと浮かんでるなあ」
後輩は灰皿に煙草を近づけて、トントンと刺激を加えた。
「お前はホント、幼いヤツだな。雲と想像を重ねるなんて小学生でもあまりやらないぞ?」
先輩は失笑した。
「想像なんかじゃないですよ。見てくださいよ、空を」
やれやれ、そう思いながら先輩は空を見上げた。彼の目に映ったのは逆さまになった右手のような雲だった。
「マジかよ、ホントに手だ……」
「ほら、言ったでしょ」
後輩はフッと息を吹いた。ただ、先輩はその雲に圧倒されたのか一歩二歩、後退りした。
「先輩? どうしたんです、そんなビビり散らかしたようなポーズで」
「なんかあの雲だんだん大きくなっていってないか?」
「言われてみれば、そんな気がしなくもないですね」
心なしか、彼らの聞いていた音も大きくなっているようだった。
「おいおい! あれは雲じゃねえぞ! こっちへ向かってくる!」
先輩は尻餅をついたが、必死に足や手を動かしてもがいた。影は、すぐそこまで迫っていた。後輩の煙草が手をすり抜けた。
「逃げるんだ! 早く!」
先輩は必死な顔で手を伸ばした。
「無理です……。もう間に合いません……」
後輩は項垂れた。
「クソッ!」
それから数秒でその周辺は崩壊した。瓦礫の山と四つの浅い谷だけが残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます