第22話 『長官 万女梅』

 万女梅バンジョウメは、ある種の天才だろう。


 たしかに、小学生時代から勉強は良くできた。


 しかし、できのわるいぼくに対して、けして威張ったりはせず、冷静沈着で、いつも輝く眼をしていた。


 ピアノの名手でもあり、体も大きかったが、手はさらに大きくて、ショパンの変イ長調のポロネーズなども、中学時代には、もう、軽々と弾いていた。


 テニスも上手かった。


 英語、フランス語、ドイツ語が出来た。


 出来ない学科はなかった。  


 柔道や、ある種の剣術もやっていたらしい。


 外国人教師が出入りもしていた。


 父親が、外交官だったこともあるようだが、海外には何故だか出なかった。


 そこに、家庭の問題があったらしいとは、後に聞いた。


 母親も、かなりのキャリアの方だったらしいが、ふたりとも、ぼくは見たことがなく、『先生』と呼ばれる女性が、いつも陰に付いていた。


 たまに、遊びに行って、でっかいグランド・ピアノを弾いて貰ったり、レコードを聴かせて貰ったりもした。


 たくさんの本があった。

 

 たしかに、仲良しだったし、好きだった。


 なんで、まったく環境が違うふたりが、と、おもうのだが、当時は我が家もまだ、ましだったこともあるのかもしれない。


 父は、小さな会社を持っていたが、高校時代に、破産して、一家離散になった。


 馬木山町からは、かなり遠い場所である。


 まあ、ぼくに、そんな昔があったなんて、ほとんど幻である。


 女梅は、『じょうめ』と呼ばれていた。


 万家は、その辺りの豪族の子孫らしかったが、ぼくには興味なかった。


 まあ、バリバリのキャリアで、実力もあったのだろうが、就職後に、あっという間に出世したらしい。


 だから、ふみたいが言ったように、あれよあれよ、と、何とか市民監察官とかに任命され、警察本庁に、でむくことになったのは、驚異だった。


 世の中には、一歩一歩、にじりあがったという方もあるだろうが、突然にこういうことも起こるのだと痛感した。とはいえ、偉くなったわけではない。


 ただの、スパイである。


 あの後、警官が厳重警戒するなか、アパートに帰ったのだが……………



        🤔        

 

 




 


 

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