氷の愛

第23話 臓器移植

　あの大火で両親と弟淳を一瞬にして失った事件は､両親の心無い暴言と小言の数々に耐え切れなくなった、隼人のちょっとした気の迷いから起こった事件だ。

　それでも隼人は､もし別荘が思った程燃えなくて鎮火した場合､ひょっとしたら吸い殻が残っているかも知れない。

　その時に､吸い殻に指の指紋が残っていたら困るので咄嗟にティッシュで摘まんで床に落としたのだが､バカな話だ。何故指紋がつかないように手袋をはめなかったのか？

　実は隼人は、その犯行を実行に移すまで悩みに悩んでいた。そして…実行に移したのだが､気持ちが動揺して、全てに中途半端になっていた｡

　それでも…自分の身は可愛い。自分に犯行の目が向かないように、ティッシュで摘まんで床に吸い殻を捨てたのだが､怖くなってティッシュをうっかり床に落としたまま逃げてしまった。結果的に､それがくすぶって大火事に繋がった。

　全くずさん極まり無い。普通手袋をはめて寝室に侵入するのだが？行き当たりバッタリも良いとこだ｡

　ましてや夏場でク―ラ―の風で、一気に燃え上がってしまった。

　また、この田代夫婦は40代前半なのだが、大学時代の同級生で隼人は医学部妻は文学部で､出来ちゃった婚だった｡そして…なんと妻は20歳で出産していた。

　もうすっかり馴れ合いの夫婦で､夫のいびきがうるさいという事で別々に眠っていた。父は応接室の隣の畳の間で気楽に一人で眠り転けた。だから隼人も誰でも気楽に出入りする場所なので､警戒心が薄れ手袋もはめずに行ってしまった。こうして大火事に見舞われた。

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　隼人は､自分がやった事とはいえ大変悲劇的な事ではあったが､その反面うるさく小言を言う両親が居なくなってホッとしている。

　両親と弟淳が亡くなって暫くは､平穏な時間が続いたが、一難去ってまた一難。

　長谷川の陰湿な態度に悩まされる事となる。

　長谷川院長にとっては全くもって面白くない。何も出来ない、医学部中退の只のドラ息子に幅を利かせられて憤慨しきっている。

　そこで考えたのが2人の息子を使って人脈作りに奔走しようと考えた。

　今野栄治だって留年しているが、医学部を卒業さえしてくれれば心強い味方。更にはこの病院の整形外科医ヤンとも養子縁組の話は交渉中。

　だが、ヤンと栄治の間には拭いきれない溝がある。

　ヤンは栄治が､自分の事を快く思っていない事をイヤという程分かっていた｡

　その理由は、長谷川院長からの扱いの違いが余りにも違い過ぎることだ。

　もしまかり間違ってヤンが養子にでもなったら、自分の居場所が無くなるし､長谷川が院長を退いた後、院長の椅子もヤンに奪われてしまうかも知れない。

　それから…医学部を留年中の何の役にも立たない栄治は、長谷川にとっては只の厄介者。一方のヤンは頼もしい存在だ。

　こんな理由から､ヤンの事を目の敵にしている今野。

　一方の長谷川には､思わぬ思惑があった。

｢医療法人田代総合病院の理事長隼人を解任させたい｡あんな何の役にも立たない給料泥棒理事長隼人なんかいらない。臨時社員総会を開催し、決議が得られれば、任期の途中でも理事長を解任することは可能だ。臨時社員総会で決議するには、総社員の過半数の出席と過半数の賛同が得られれば解任することは可能だ。そして…ヤンと手を結んで私が理事長に収まって見せる｡ましてやヤンは､この病院の人気を独り占め状態。ヤン側につく社員は非常に多い。ヤンを手懐けて私の配下にしなくては､その為にもどんな事をしても私達と養子縁組しなくては！フフ　ウッフッフッ更には､自分が現役を引退した後には､この田代総合病院を背負って立つ期待の星。そして…老後の面倒も安心して任せられる｣

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　2年の月日が流れ栄治は現在臨床研修期間として田代総合病院を選んだ。

田代総合病院は､研修指定病院だったので、この田代総合病院にしたのだった。元々赤の他人なのでどこの病院でも構わなかった。友達は絶対親の下でだけは研修したくないと言っていたが、栄治は全くお構い無し田代総合病院で研修期間を過ごしている。

　当然ヤンも医師として田代総合病院で働いている。派閥の長だった長谷川は苦労の甲斐あり理事長に就任していた。

　だが､長谷川が理事長に就任する以前に､病院経営はかなりの負債を抱えていた。

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　ベテラン刑事田中と新人刑事三田は､新たな情報を入手していた｡

｢ガウンの男は今野という田代総合病院の病院長の息子だという事が､分かりました｣

｢あの今野、何故養子縁組したのに長谷川姓を名乗らないのだ？｣

｢どうも戸籍上は長谷川姓に入っているらしいですが、今尚大災害の傷が癒えないので、両親の傷が癒えるまで今野姓を名乗っているらしいですね｣

｢今の若者は何でもアリだな～?｣

｢もし？今野がアヤのマンションにやって来ていないとすれば､誰かが､意図的に犯行を今野に向けさせる為にガウンを置いたのだろう｣

｢確かあの田代家の息子のどちらかが､臓器移植手術をしているらしいですね？それも田代総合病院で手術は行われたらしく、家族は知られたくないので、ひたすら隠しているのだが､ある筋から裏が取れました｡やはり田代総合病院に、何か秘密が隠されているに違い無いと思います｣