第20話 ヤンの父

 

 1945年8月15日、日本が無条件降伏したことが知らされ、多くの日本企業は大きな混乱なく日本に引き揚げ、台湾は下関条約によって日本に割譲された1895年からの50年にわたる植民地支配から解放された。


 1945年10月から国民政府(国民党政府)が台湾に入り、その支配下に入った。しかし本土から派遣された国民政府の役人は台湾人を搾取し、官憲の力でその自由を奪うことが多かった。本国出身の警官が、台湾人の老婆をタバコ密売の疑いで捕らえ、抗議した民衆に発砲して死者が出たことから抗議行動が始まり、1947年2月28日に全島の蜂起となった。国民政府は本土から軍隊を派遣して暴動を鎮圧、抵抗する民衆を殺害した。この二・二八事件は、犠牲者が1万人以上、数万人に上る。


 台湾人裁判官の下で料理人として腕を振るっていた家族だったが、暴動が起こり一家は襲撃され旦那様は当然の如く命を落とされ、料理人のヤンの祖父母も暴動の犠牲に遭った。この暴動でヤンの祖父ジンフ―は目が潰れ働けなくなり祖母ビンユーは大火傷を負った。



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 リンランの息子で、ヤンの父親の正体は一体何者なのか?


 もう80歳近い高齢の父は台湾の裁判官の家に住み込みで働いている料理人の家に里子に出された。


 台湾総督府(下関条約に基づき清から割譲された台湾を統治する日本の出先官庁)では日本人のほかにも台湾人の職員を多く採用したが、処遇において日本人との間に差別があったことは否めず、台湾人が上級管理職に昇進する機会は少なかった。


 ましてや台湾人が裁判官(台湾総督府法院判官)に任用されるようなったのは日本統治時代の終盤に差し掛かる1931年からであり、非常に狭き門だったが、ヤンの義理の祖父母が住み込みの料理人として働いていたご主人様は、その難関を乗り越え採用された数少ない超エリ―ト裁判官だった。


 だが、敗戦で日本人が引き上げた跡に待っていたのは中国本土から来た外省人と台湾の住民である本省人の対立から二・二八事件が起こった。中華民国政府は戒厳令を布いて統治した。


 襲われたのは地方議員、弁護士、教師、学者、文化人、牧師、三民主義青年団員などで、日本統治時代に頭角を現したエリートたちが特に狙い撃ちされた。彼らは逮捕という手続きではなく“消された”のである。関係者の多くは処刑されるか身を隠すか、あるいは国外逃亡を企てた。


 その為料理人の祖父母は裁判官という超エリート邸で事情に精通していたことからどんな処罰が待っているかも知れない。用心には用心を!処刑を恐れて知人宅に潜伏し、ほとぼりの冷めるのを待った。そして…当局の眼を掻い潜って出航。香港を経由して日本に逃亡した。


 義理の祖父母は実母リンランにヤンの父ヂ―ミンを引き渡そうと、まだ見ぬ母リンランの居場所を調べ上げて、婚約者加藤宅に命からがら辿り着いた。義理祖父母はかなりの負傷で、ジンフ―は片目が無い状態、更にビンユ―に至っては顔が焼けただれているではないか?


 戦後の混乱期は、乞食や泥棒が跡を立たなかった。またあの時代行き倒れの死体が至るところに転がっていたので、警察の目も中々行き届かなかった。盗難被害に遭ったら自分の身は自分守るしかなかった。そんな事からしつこく「加藤に会わせろ」と言い寄って、それも片言の日本語で話されては益々気味の悪い怪しい夫婦と貧相な子供に、たかられてはと思い、番頭頭が2人を次々に撃ち殺してしまった。


 5歳になったヤンの父ヂ―ミンは残酷に殺害される現場を、目の当たりにしていた。 心に大きな傷を負ったのは確かだ。


 怖くなったヤンの父ヂ―ミンは その場を逃げた。だが、子供心に恨みの炎は消えるどころか日増しに大きくなって行った。こうして、焼け野はらを逃げ惑いある男に捕まってしまった。


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 戦後の混乱期には,実父母のいない経済的にも貧困な家庭の非行少年が多かった。その為、窃盗や強盗の激増が激しさを増した。


 また、戦後は焼け跡に、行き倒れの死体がゴロゴロころがっていたが、だれも片づけようとしないので、放ったらかしだった。やがてだんだん腐っていって、ウジが食いちらし骨だけになった。それも誰が持って行くのか、ガラスが食い荒らすのか、野犬が持っていくのか、手や足がすこしずつなくなって、頭蓋骨だけになった。

 

 こんな行き倒れは、たいてい栄養失調か凍死であった。余程お腹が空いていたのか、そういう死体は、たいてい胃袋がちぢみきって、中に食べられないようなものまで入っていることもあった。


 終戦直後の日本は外地からの復員・引揚げで人口が増加したが、天候不順による大凶作もあって、戦時中以上に食糧不足が深刻化。国民はどん底の生活を強いられた。


 やがて、非合法に物品を売買する市場闇市が出来た。終戦直後の日本では、焼け野原になった駅前などにバラック建ての闇市が次々と誕生して物資も食糧も極度に不足していたため、法外な高値がつけられても、飛ぶように売れた。


 ヤンの父ヂ―ミンは、この闇市の人相の悪い男に拾われた。


「オイ坊主そんなボロボロの格好で…腹空いて無いか?ほ~れ!アメリカ産のチョコレート🍫食べさせてやるぞ~」


「…ありがとうございます」


「家に来るかい?」


「僕行くよ」


 その頃リンランは、婚約者加藤から話の一部始終を聞いて、生き別れた愛する息子ヂ―ミンを血眼になって探している。


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