第3話 イケメンプロジェクト
その翌日も、希くんは放課後に靴箱のところで私を待っていた。
今日は幸太もいるから、ちょっと安心だ。
「方向同じでしょ?俺も一緒に帰っていい?」
そう無邪気に話しかけてくる希くんに、幸太は警戒心丸出しの顔をしている。
「幸太、久しぶりだな。俺は希だから大丈夫。理子ちゃんに危害を加えたりしないよ。……まぁ、たくみだってさすがに中一にもなって女の子に意地悪しないと思うけど」
「アイツは使用できない。昔理子がどんな酷い目に遭ってたと思ってるんだ?だから理子はアレルギーにまでなって……」
「男友達は君しか近寄れなくなった?それはよかったことなんじゃないの?」
「……あんた、喧嘩売ってんの?」
いきなり対立し始める二人。
周りの生徒が面白がってこちらを見ている。
「ちょっと、もうやめてよ!希くん、ごめん!今日は一緒に帰れないから。ほらっ、幸太、行くよ!」
そう言って、私は逃げるようにその場を後にした。
「理子ちゃん、明日遊ぼう!迎えに行くね!」
後ろから希くんの声が追いかけてきたけど、振り返らない。
「……明日、僕んちじいちゃんの法事で一日いないんだけど、大丈夫?もし希が来ても、無視してドア開けちゃダメだよ?」
幸太が心配してくれる。
「大丈夫、大丈夫。一日引きこもってるよ」
明日は家で何しようかな。
私はため息を吐いた。
☆
希くんは翌日の土曜日、朝十時ちょうどに家のインターホンを押した。
私は昨晩遅くまで寝付けなくて、明け方やっと眠りに就いたので、その時まだベッドの中にいた。
マズイ、と思った時にはお母さんが出てしまっていた後だった。
「まぁ、……希くん?懐かしいわ!すっかりイケメンになって……!理子ったら約束があるのに何やってるのかしらね?まだ寝てるのよ。どうぞ上がって待っててね」
お母さんは希くんを家の中に招き入れてしまったのだ。
「理子!希くん来たわよ、早く起きてらっしゃい!」
お母さーん!!
私は仕方なく起き上がって、身支度をした。
リビングに降りていくと、お母さんのウキウキした声が聞こえた。
「こんな立派なメロン、嬉しいわ。ありがとうね、希ちゃん」
「九州の親戚から毎年送られてくるんです。うちの家族、メロン嫌いとか好きだけどアレルギーとかで僕しか食べられないから、手伝ってもらえたら助かります」
「まぁ、そうなの?美味しいのに気の毒ね。遠慮なく頂くわね」
お母さんは滅多に出さないお客さん用のティーカップで希くんをもてなしている。
「あ、理子!やっと起きて来た。希くんにこんな立派なメロンを頂いちゃったのよ。よかったわね!あなたメロン大好きでしょ?」
「好きだけど……」
希くんを見ると、目が合った。
「おはよ」
希くんは爽やかに笑う。
これじゃお母さんもイチコロなわけだ。
「……おはよう。希くん、公園行かない?」
この状況から脱したくて、私は提案した。
「いいよ、行こうか」
まだお話ししたかったのに……とかなんとか言うお母さんを置いて、私たちは近くの公園まで行くことにした。
☆
希くんと一定の距離を保って歩く。
「もー、びっくりしたよ。手土産まで持って来るんだもん」
私はちょっと愚痴っぽく言う。
「ごめんごめん。でも、理子ちゃんメロン好きだったでしょ?」
「よく知ってるね」
「幼稚園の頃、うちに遊びに来てた時に母がおやつでメロンを出したんだよね。そしたら巧が理子ちゃんの分まで食べちゃって泣かせたのを覚えてる」
「そんなことあったっけ?よく覚えてるね」
私は多分、あの頃の記憶は無意識に封印するようにして忘れている。
「あの頃は、本当にいろいろごめん。……巧が」
「いいよ!希くんのせいじゃないし。だから謝らないで」
「巧は、理子ちゃんのことが可愛くて仕方なかったんだと思う。でもそれをどう表現したらいいかわかんなかっただろうな……ガキだったよね」
私はびっくりした。
「あんな完膚なきまでに目の敵にしていじめてたのが、『可愛くて仕方なかった』から?それはないでしょ。絶対嫌いだからいじめてたと思う」
「そうじゃないんだ。男ってバカだよね。でも巧も反省したんだと思うよ?小学校に入ってからは、そんなふうに女の子をいじめたりはしてなかったみたいだ」
公園の池まで歩いてきた。
木陰のベンチに、希くんと座る。もちろん端と端くらいの感覚を空けて。
「俺さ、前に付き合ってた子に『中身は全然イケメンじゃない』って言われて振られたんだ」
「希くんでも振られることあるんだ?」
「そりゃあるよ」
希くんは苦笑いした。
「もっと中身もカッコいい人かと思ったって、言われた。その子本当に優しい子でさ、母子家庭なんだけど妹や弟の面倒見て、お母さんの手伝いしてさ。ひとっこともグチを言わずにがんばってるんだ。助けてあげたいなって思って、ある日高級家電をプレゼントしたんだよね。
食洗機とか、掃除ロボットとか」
そう言えば思い出したけど、幼稚園の頃遊びに行った希・巧兄弟の家は、家から門まで歩いて5分かかるような大きなお家だった。
中も迷子になりそうに広い日本家屋だったのを覚えている。
お父さんがお医者さんか何かで、もともと地元の名士のお家だったような。
つまり、ちょっと庶民とは感覚が違うお金持ちなんだね。
「でも、『こう言うのは違う』って。『私のことを可哀想だと思って、気になっただけだ』って言われた。『自分がヒーローになりたかったんでしょ?』とも」
私は何も言えなかった。希くんが良かれと思ってしたことは、彼女さんには「憐れまれてる」としか感じられなかったっていうことか。
「でもそれ、否定できなくてさ。そうじゃないつもりだったけど、本当にそうなのか?って、自分でわからなくなって。ただ、カッコいいって思われたかった、感謝されたかっただけなんじゃないかって。自信がなくなったんだ。自分に嫌気がさした」
下を向いて、希くんはポツポツと話してくれた。
「結局俺って、自分大好きな独りよがりの自己満人間だったんだって。自分でもショックで、一週間くらい落ち込みに落ち込んでさ。家から出ないで自分の部屋に引き篭もったんだ」
この陽キャな希くんが引きこもりなんて、想像もつかない。
「で、ある朝、ぼーっと朝日を見ながらふと思ったんだよな。『もうこうなったら中身もイケメンになってやる』って」
「……そこでそうひっくり返るのが希くんのすごいとこだね」
私は心からそう思った。
そして、希くんはまだ彼女のことが好きなんだろうな、とも。
彼女のために、中身までカッコよくなろうと努力してるんだ。
そう思ったら、なぜか胸がチクっとした。
「それからオレと巧さ、二人で勝手に『中身イケメンプロジェクト』ってのやってるの」
突然予想外の話が始まって、私は目が点になった。
「プロジェクト……?」
「つまりさ、見た目だけで誰かに好きになってもらっても、中身を知ったらサヨナラじゃあ哀しいだろ?だから、オレは中身もイケメンになろうって決めたんだ」
ちょっと遠くを見て、瞳を強く光らせる。
日の光が希くんの髪を明るい色に輝かせていた。
そんな希くんはカッコよくてイケメンで、私はまた動悸が激しくなって来るのを感じた。
このイケメンアレルギーを治さないと、希くんに今以上に近づくことはできないんだ。
気がつくと、言葉が口から溢れていた。
「私も……たい」
「え?」
「私も、イケメン嫌い、克服したい。……そのプロジェクト、私も入れる?」
希くんはびっくりしたように私を見た。
それから急に大きく笑う。
「いいよ!一緒にやろう。イケメン目指そーぜ!…っておかしいよな、理子ちゃんにイケメンは。なんかいい名前ないかな?中身充実プロジェクト?」
「うーん、イマイチしまらないね…。私はいいよ?名前はイケメンプロジェクトのままでも」
「そう?じゃあそうするか。別にメンバーが増える予定もないしね」
「そうだね」
「ようこそ、イケメンプロジェクトへ」
希くんが差し出したグーに、私もこわごわながら拳を出して、一瞬グータッチをする。
蕁麻疹は出なかった。
それから二人で微笑み合った。
そんなふうにして、私は『イケメンプロジェクト』に参加して、イケメンを克服する努力をすることにしたのだ。
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