第2話 トラウマの原因との再会


 翌朝、学校へ行こうと玄関のドアを開けたら、目の前に昨日倉庫の上から飛び降りてきた男子がいた。


「おはよー」


 インターホンを押そうとしていたらしき手をパーにして、ヒラヒラと振ってくる。

 おはよー、じゃなくて!

 危なかった。

 お母さんに見つかると根掘り葉掘り聞かれて面倒だ。

 それに家にまで来るなんてストーカー?!

 ここは毅然と対応しないと。

 私は怖い顔をしてできるだけ淡々と言う。


「イケメンはキライって言ったでしょ」


 すると、彼は彼は気取って一礼しながら冗談めかした口調で言った。


「お褒めに預かり光栄です」


 褒めてません!!


「なんで私の家知ってるの?怖いんだけど…」

「そりゃあ知ってるよ。理子も幼稚園の時、時々うちにも遊びに来てたと思うけどなぁ」


 ちゃっかり名前呼びをしてくる。

 ん?幼稚園?


「俺の名前、知ってる?俺、尾崎巧おざきたくみ。覚えてないかな?」


 言われて、瞬間鳥肌が立った。

 おざきたくみ……!


「『たっくん』……」

「思い出した?」


 その名前は忘れもしない。

 彼は私がイケメン嫌いになった元凶だ。

 一生、男、特に顔のいい男なんて近寄らないって思った、その諸悪の根源そのものなのだ。

 あの頃の「たっくん」は、いがぐり坊主みたいに刈り上げていて、なんだか「ガキ大将」の典型みたいな姿だった。

 本当に絵に描いたような『暴君』で、私は何故かターゲットにされて毎日理由もなく髪を引っ張られたり、靴にゴキブリのおもちゃを入れられたりして泣かされていた。

 彼には双子の兄がいて、名前はのぞみという。

 希くんは巧と正反対の優しい子で、いつも私に巧の代わりに謝ってくれた。

 でも私は、あまりに巧が嫌いすぎて同じ顔をした希くんともだんだん関わらなくなっていった。

 そして、男子全般、特に顔のいい男子が信用できなくて、身体が拒絶するようにまでなってしまったのだ。


「ちなみに」


 そう言って巧はニヤッと笑う。


「昨日理子に付き合おうって言ったのは、希の方」

「えっ?」

「……だとよかったんだけどな、残念ながら俺の方でした」


 私の心を見透かしたみたいに、巧はニヤッと笑った。

 これは悪夢の始まりだろうか?

 私はまたコイツにいじめられるの?

 私はくらっとした。

 今目の前にいる彼はさらさらヘアの身なりのいいイケメンだ。

 でも造作にはあの頃の面影がちゃんとあって、気づかなかった私がどうかしてた。

 私は急に動悸が激しくなるのを感じた。

 冷や汗が吹き出してくる。

 このままだと蕁麻疹が……。


「理子!」


 その時、幸太の声がした。

 幸太は駆け寄ってきて、私の右手首を掴むと、私よりも小さいその背中の後ろに私を隠してくれた。


「大丈夫?理子」


 目の前の巧が驚いて目を丸くしていた。


「お前、幸太か……?」

「そうだ」

「相変わらずチビなんだな」


 私はカチンと来て、アレルギーも忘れて巧の前に出た。


「幸太はあんたなんかよりよっぽど心の大きいイケメンよ!なんでまた現れたのか知らないけど、私の前から消えて。顔も見たくない!」


 巧は一瞬、固まった。

 それからもとの表情に戻って、ニヤリと笑う。


「また来るよ。徐々に俺に慣れて、イケメンアレルギー治してね」

「二度と来るな!」


 幸太がその背中に向けて吐き捨てるように言った。


     ⭐︎


 でも翌日の放課後、彼はちゃんと下駄箱の前で私のことを待っていた。

 いつもなら一緒に帰っている幸太は、今日は委員会でいない。


「理子ちゃん、デートしない?」

「しない」


 冷たく言い捨てて、横を通り過ぎようとする。


「あ、違うよ、俺は希の方。昨日巧が理子ちゃんを怒らせたって聞いて、謝りに来たんだ」


 言われて振り返ると、そこにいる巧によく似た彼は、少し優しい顔つきに見えた。


「の、希くん、久しぶり……」


 私はまだちょっと警戒しながらも、少し表情を緩めた。


「久しぶり、元気だった?」


 そう言って、希くんは一歩踏み出してきた。

 私は慌てて一歩下がりながら、


「ご、ごめん!巧から聞いてるかな?私アレルギーで……」

「あ、そうだったね。ごめん!離れるからそんなに警戒しないで」

「……ありがとう」

「もしよかったら、ちょっと話さない?」

「……うん」


 希くんは一定の距離を保って歩いてくれた。

 巧と違ってやっぱり紳士だな、と思って、ちょっとほっとした。

 当時の私は、希くんのことは嫌いじゃなかったのに、巧のせいで体が受け付けず、希くんのことまで避けるようになってしまった。

 そしてそのことを申し訳なく思っていたのだった。


「小学校は遠くの私立に行ってたんだけど、巧がちょっと荒れててさ。居づらくなったんで、中学からまた近所のこっちに通うことにしたんだ。俺はオマケでついてきたようなもん」

「そうだったんだ。大変だったね……」

「でもいいよ、また、理子ちゃんに会えたし」


 そう恥ずかしげもなく言って、希くんはにこっと笑う。

 私は慌てて半歩距離を空けた。

 希くんのことは嫌いじゃないんだけど、やっぱりアレルギーなのか動悸がすごい。

 何せあの元凶の巧と同じ顔なんだもん。


「理子ちゃん、俺がんばるよ。だから、希と違う人間だって認めてほしいんだ。こんなに距離を取られるの、ちょっと悲しい」


 希くんは本当に悲しげな顔をして言う。


「ごめんね、希くん。希くんには全く罪はないんだけど、身体の拒絶反応は致し方なくて……」

「うん、仕方ないよね。でも約束してくれる?理子ちゃんが巧と俺は違うって心と身体で理解してくれたら、俺のことちゃんと見て欲しい。イケメンで一括りにしないで」


 そう言う彼の目は澄んでキラキラと輝いていて、私はつい惹き込まれるように頷いてしまった。


「……うん」

「よかった!約束したからね」


 希くんはにっこり笑う。

 その間も私の心拍数はだんだん上がっていく。

 動悸と発汗。


「あ、ごめんね、今日お母さんに早く帰るように言われてたんだった!」


 それ以上そこにいたら間違いなく蕁麻疹が出ると思った私は、逃げるようにその場を後にする。


 希くんとあんな約束して、大丈夫なのかな、私。

 そう思ったけど、後の祭りなのだった。

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