110.イレギュラーが発生すると崩れやすい

 「聞こえなかったか!? 来るなっつったんだ!! こいつがどうなってもいいのか!?」


「……いや……誰だよそいつ」



雷堂からしてみれば全く知らない男を人質にされようが全く意味がない。流星もそれがわかっているはずなのに人質を取る。わかっているはずのこともわからなくなるくらい、流星はパニック状態に陥っていた。



「……こ……これは……?」


結衣も今の状況が何もわからない。


「……あー……追い詰められてパニックになってますね南場さん。

雷堂さんの言う通り、南場さんは強すぎて苦戦したことがないから イレギュラーが発生した時に崩れやすい」


流星の人質行動に菅原もかなり驚いてはいるが、落ち着いて実況する。



「……てめぇ、もしかしてそれ人質のつもりか? そんな奴知らねーしどうなろうが知ったことじゃねーや」


雷堂にそう言われ、流星も納得してしまった。

自分が何やってんのか自分でも呆れてしまう。こんな変な頭の奴、流星自身だって知らない。



「南場さんは自分でも何やってるかわからないくらい混乱してますね……こうなるともう……」


菅原は悟った。今の状態では流星が自分の力で調子を取り戻すのは難しい、と。



ザッ


雷堂は容赦はしない。焦って取り乱している流星にも向かっていく。



「くっ……!! 来んなっつってんだろうがーーーッ!!!!!!」


流星はヤケクソで掴んでいた変な髪の男を雷堂に向かってぶん投げた。


「ああああああ!? どけどけーッ!!!!!!」


投げられたリーダー格の男が雷堂にぶつかりそうになって叫ぶ。



「てめぇがどけ」


ガンッ!!!!!!


「へぶっ!?」


雷堂がどくはずもなく、飛んできたリーダー格の男を弾き飛ばした。リーダー格の男は壁に激突して戦闘不能となった。


リーダー格の男が弾き飛ばされた瞬間、流星は雷堂にまっすぐ向かっていく。ただの突進。



「ハハハッどうした!? オレ様に近づいてほしくなかったんじゃねーのか!? てめぇの方から近づいてきてんじゃねーか!!

てめぇのメンタルを壊すのは簡単だと思っていたがここまで崩壊するとはなァ! 惨めだな南場流星!!」



―――ビッ!


ビチャッ!!


「!?」



何の策もないただの突進かと思われたが、流星は自らの血を飛ばして、雷堂の目にヒットさせた。



「ぐっ……! 目が、目が……ッ!!」


血で目潰し。卑怯だがかなり効果的ではある。

流星は少しずつ冷静さを取り戻していた。



100万歩譲って雷堂が流星より強かったとしても、勝つのは自分だと流星は信じて疑わない。

強い奴が最強なのではなく、勝てる奴が最強なのだ。


どうしても結衣が欲しい。どんな手を使っても。

そして結衣のために最強であり続ける、それが流星の願い。



「ぐっ……」


雷堂はまだ視力が回復していない。大チャンス。


「もらったァ!!!!!!」


流星は勝利を確信しパンチを繰り出す。



―――ゴスッ!!!!!!



しかし、流星のパンチが雷堂に届く前に、雷堂のパンチの方が先に流星の顔面にクリーンヒットした。



「……あ……!?」


流星の左目に雷堂のパンチが突き刺さり、左目が見えなくなった。

雷堂はまだ目が見えていない。それでもニヤリとほくそ笑んだ。



「目を潰せばオレ様に勝てるとでも思ったかボケがァ! オレ様を誰だと思っている!!

提央祭の副会長様だぞ! 提央祭のヤバさはよーく知っている! 目潰しくらい想定内だ!!

目だけに頼らず鼻と耳もきっちり鍛えてきたんだよ!!」


目が見えなくても他の感覚で流星を捉えて攻撃した。雷堂の度胸と戦闘センスが攻撃を成功させた。



左目を失った流星だが、それでも負けない。


「がああああああ!!!!!!」


雷堂のパンチで一瞬のけ反りそうになりながらも雄叫びを上げながら再び雷堂に向かっていった。



ゴッ!!!!!!


雷堂の頭突きが流星にまたしてもクリーンヒットした。雷堂の攻撃はミスしない。重要な局面で確実に当ててくる。



「見えなくてもわかるぜぇ? てめぇもう体力の限界だろ? さらに動きが鈍くなってるぜぇ? 今のてめぇなら、オレ様でも避けられそうだぜ!!」



ドムッ!!!!!!


雷堂のパンチが流星の腹に突き刺さる。

流星はたまらず吐いた。



「終わりだ、提央町最強!!!!!!」



雷堂の鉄拳乱打。すべてが流星にヒットし、フルボッコ。



ドカァ……ン!!!!!!



雷堂の乱打で吹き飛ばされた流星の身体は本日最高の勢いで壁に叩きつけられた。



「……ふーっ……やっと目が見えてきたぜぇ……

……お? もう決着ついたみてーだな」



結衣も真里奈も星羅も、ピクリとも動けず呆然としていた。



「……ぅ……ぁ……くっ……」


壁が破壊されて煙が立ち上がる。その煙の中から聞こえるうめき声。消え入るような声だが間違いなく流星の声。



「……へぇ……ほんのわずかだがまだ意識があるのか。だがもう立てねぇだろォ?

オレ様の勝ちだ、南場流星」



「……っ……ぁ……う……」


煙が晴れてきて、仰向けに横たわる流星の姿がそこにあった。


「っ……ウソだ……ウソだ……このオレが……このオレが……

このオレが……負けるわけがねぇ……! これは悪夢だ……こんなことありえねぇ……!」


まだ負けてない、まだ戦える。流星はそう信じて、立ち上がろうとする。


「立て……立て……! オレの身体立て……!! 動け……動け……」


しかし動かない。指一本すらまともに動かせない。ピクピクと痙攣するだけ。



結衣が欲しい。だから勝つ、絶対に勝つ。


「今動かないでいつ動くんだ……!! 動け! 動けってんだよ……!!!!!!」


気持ちだけは今でも爆発力があるが、動かないものは動かない。無情にも動くことはなかった。



―――ピーッ


電子音が鳴った。菅原のスマホである。



「20時、ですね。提央祭終了の時間です。

現在戦闘可能なのは雷堂さんだけ。決まりですね。

5月提央祭の優勝者は―――雷堂炎次郎さんに決定です!!!!!!」



マイク越しの菅原の声が、ショッピングモール全体に響き渡った。

たった今、5月の提央祭が終了した。



「よーーーっしゃあ!!!!!! 勝ったぜぇぇぇ!!!!!!

勝った! 勝った!! 勝った!! 南場流星に勝ったぜぇ!! この瞬間のためにオレ様は今までずっと頑張って鍛えてきた!! 努力が報われたんだ嬉しいぜぇぇぇ!!

ハハハハハハ!! ハハハハハハ!! ハハハハハハ……!!」



ショッピングモール全体に雷堂の勝利の喜びが響く。

雷堂の声以外はすべて静かなものだった。流星は倒れて動けないまま、虚ろな目でぼんやりと空を見ていた。

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