108.ウサギとカメの話

 ―――ドシャア……



雷堂のアッパーを顎に受けてしまった流星。

ついさっきまで目に見えないほど速く動いていたのがウソのように、ゆっくりと宙を舞って地面に倒された。



「……!?」


何があったのか理解するまで時間がかかる。


「っ……くっ……」


まだ戦闘中、のんきに仰向けに寝転がっているのは論外なので流星はすぐに起き上がろうとする。

―――が、なかなか立てない。顎に受けたダメージは想像以上に大きく、身体がガクガクフラフラして言うことを聞かない。


「ッ……!?」


グラッ……


顎に受けた攻撃は脳にまでダメージがあった。頭がグラグラして気分が最悪になる。



「無理してすぐに立とうとすんなよ。顎に思いっきり入れたんだかなり頭がグラついてるはずだぜェ。心配しなくても倒れてる奴にムチ打つようなマネはしねぇよ」


ダメージを負っている流星に追撃したりせず、雷堂は堂々と立ち尽くしていた。



「……バ……バカな……そんなバカな……! 両目を使ったのに……奥の手まで使ったのに……なぜ……なんでまたこんな……」


頭にダメージがあるせいもあるが、今の現実をどうしても受け入れられず錯乱する流星。左目を解放しても返り討ちにされたのが信じられず、どうしても認められずにいた。



「ッ―――そんなはずはねぇ! こんなことありえねぇ!! あってたまるかッ!!

さてはてめぇ何かイカサマしてやがるな!? そうでなきゃてめぇみたいなカメにこのオレが殴られるわけがねぇ!!」


雷堂にやられた事実を受け入れられない流星は、自分のせいではない、自分は悪くないと必死に言い聞かせる。そうしないと自分を保てない。


絶対王者のメッキが剥がされてきた流星を見て、雷堂は不敵に笑った。



「オイオイ提央祭ってのは反則とかなんでもありのルールなんじゃねぇのかァ? まあオレ様はイカサマなんかしてねーけどなァ。

イカサマじゃねぇ、オレ様の実力だ。てめぇがいくら速かろうが、この短時間で何度も見せられればオレ様の目も慣れる」


この戦いにおいて成長、覚醒したのは流星だけではない。雷堂もまた、流星という強敵と戦っているうちに経験値を得てどんどん成長、進化を遂げていた。



「てめぇを攻略するのは思ったより簡単だったぜェ? てめぇの攻撃パターンは単調すぎる。

ただまっすぐ突っ込んでくるだけ、首を狙ってくることが多い。これを覚えちまえばてめぇの行動を読みやすい。

オレ様もあまり人のこと言えねーけどよ、てめぇはもうちょっと頭を使って戦った方がいいんじゃねぇかァ?

てめぇの場合今までずっと頭を使うまでもなく敵を倒してきた。

そこがてめぇの弱点! ケンカに接戦に弱い! 長期戦に持ち込めばてめぇは一気にメッキが剥がれるってわけだ!」



雷堂の話が流星の耳を通り抜けていく。それに伴い流星の顔面に青筋がビキビキと浮かび上がってきた。


流星がダメ出しされている。最強のはずの流星が、こんなノロマな男に。

頭が割れそうな怒りで、流星の握りこぶしがワナワナと震えた。



「左目を見えるようにしてパワーアップだかなんだか知らねーけどよォ、多少スピードが速くなったところでオレ様には関係ねぇ。どっちにしろ直接オレ様を攻撃してくることに変わりはねーんだし。

まっすぐ向かってくるとわかりきってんだから、恐れずドーンと待ち構えていればいいんだ!」


自分の胸板をドンと叩き、雷堂は力強く言い切った。



流星は悔しさで怒りすぎて逆に凍りついてきた。


流星には誰よりも勝ってきた経験があると自負していた。

しかし、自分が脆いのではないかと考えてしまった。



「オレは…………!?」


バカな、そんなはずはないと必死に否定しても流星の絶対的な自信が崩れ出している。



「オラどうしたよ? どんどん来いよ。それともオレ様にこれ以上殴られるのが怖ぇかァ? 怖ぇなら別に逃げてもいいんだぜェ?」


雷堂は挑発するが流星はなかなか動くことができない。崩れてきた自信を取り戻そうとするのに必死で戦闘どころではなくなってきていた。



「てめぇが全力で逃げに徹すればオレ様がてめぇを捕まえるのはほとんど不可能だ。

鬼ごっこなら言うまでもなくてめぇの方が強ぇに決まってる。必死に逃げ回ればオレ様も少しは疲れるかもしれねーしてめぇが有利になれるかもしれねーなァ?

てめぇの自称提央祭最強のプライドを捨てることができればの話だがなァ!!」



流星は雷堂の挑発も耳に入ってこず、歯を食い縛った。

一瞬でも弱いと思ってしまった自分がどうしても許せなかった。



「違う……! オレは弱くなんかねぇ!! 弱気になったら勝てるもんも勝てねーぞ!!」


戦いに勝つために一番重要なもの、それは心の強さ。気持ちで負ければその時点で敗北。それだけは王者として決して許されない。その揺らいだ心をなんとか踏みとどまらせた。



「このオレに偉そうな口利くんじゃねぇ!! 調子に乗んなてめぇは運がよかっただけだ奇跡がたまたま続いただけだ!!

奇跡以外ありえねぇ!! オレが両目使って全力出してんのに殴られるなんてありえねぇ!!」


流星は声を荒げた。すっかり余裕がなくなって取り乱していた。


「そうだ……ありえねぇ……こんなことありえねぇ!!

オレの方が強ぇんだ……オレが最強なんだ! そのオレが切り札まで使って油断せずに集中してんだ……だから負けるはずがねぇ!!」



踏みとどまったはずの心が、どんどん崩れていく。これはすべてマグレだということにして現実から逃げて喚くことしかできない。

頭を抱えて、ガリガリと頭を掻き毟った。その顔は青ざめて冷や汗がダラダラだった。


それを見た雷堂は呆れたようにため息をついた。



「……てめぇさァ……いいかげん気づけや」


「あ……!?」



「てめぇよりオレ様の方が強えんだよ」



「ッ!?」



「てめぇは油断さえしなければ絶対に負けないと思っている。

が油断なんだよ」



夢にも思っていなかった、流星より雷堂の方が強いという可能性。

その可能性を突きつけられた流星に人生最大の絶望が襲った。



「自分より強い相手が存在する可能性をてめぇは全く想定していなかった。

てめぇはオレ様をとか言ってやがったな。じゃあてめぇはかァ?

ウサギとカメの話は当然知ってるよなァ? オレ様とてめぇにピッタリの話だと思わねーかァ?

怠け者でスピード自慢のウサギさんよォ、格下だと見下してたカメに噛みつかれる気分はどうだァ?」


「っ……」


「速さで誰にも負けなかったてめぇが、ノロマなカメに負ける気分はどうよ? なァ?」



雷堂の背後に巨大で屈強なカメの怪獣が出現している。そんなオーラがあった。

対して流星の背後に映るウサギは小さく貧弱そうで、プライドをへし折られてシナシナに萎えていた。


雷堂と流星の現在の状況を現している。

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