106.彼は一体何者

 結衣は、恐怖で頭が真っ白になっていた。

あの哲也が、あんなに強い兄が、あっさりやられてしまった。

その哲也の猛攻を躱し続け、哲也よりはるか格上だと証明してみせた南場流星。


その流星の蹴りをまともに食らっても平然としている男、雷堂炎次郎。


彼は一体何者……? 結衣は雷堂を心の底から恐れた。



 流星は今、かつてない苛立ちを覚えた。平静を装っているが、内心かなりの荒れ具合を見せていた。


おかしい、どういうことだ。

流星は間違いなく全力でみぞおちに撃ち込んだはず。なのになぜ倒せない?


みぞおちは絶対に人間の急所。ド素人の蹴りでもまともに入れば立てないくらい悶絶するはずなのに。



どうしても納得できないが疑問を抱いても仕方ない。実際雷堂を倒せてないのは事実だ。首の後ろやみぞおちを突いても倒せないのなら他の方法で倒すだけだ。


ならばまずは、足を潰して動けなくしてやる。



流星は雷堂に突進し、膝の部分に蹴りを入れた。普通なら膝がボキッと折れる強い蹴り。


しかし、ビクともしない。

雷堂の足は丸太のように太く、筋肉も骨もかなり頑丈になっていた。


むしろ逆に流星の足の方にダメージが入り、流星は顔を少し歪めた。



 流星は雷堂から距離を取って着地した。


「あァ? なんでそんなに離れるんだァ? 提央町最強のくせにビビってんのかァ?」



雷堂から挑発されるも流星は言い返さない。


蹴ってみてわかる、雷堂の足の強靭さ。鋼鉄を蹴った感覚だった。

流星の方が足が痛い。しかしどんなに痛くても流星は焦らない。どうすればいいか冷静に考える。



「おいどうした南場ァ、かかってこねぇのかァ?」


「うるせぇ」


「攻撃されてるだけじゃつまんねぇなァ、次はオレ様からいくぜェ。ハッハァ!!」


今度は雷堂が流星に突進していく。ドスドスとゾウのような重い足取りだ。



「オラァ!!」


ブオン!!



雷堂の攻撃は至ってシンプル。まっすぐ向かって行って真正面から堂々とパンチを放つだけだった。



「……あァ? どこ行った……?」


そんな単調な攻撃を流星が食らうわけがなく、余裕で回避して雷堂の真後ろに立った。


「おっそ……」


雷堂の動きが遅い。遅すぎる。

多くの修羅場をくぐり抜け、無傷で勝ってきた流星にとって雷堂の攻撃は呆れてアクビが出るくらい遅いものだった。


回避が余裕なだけじゃなく、雷堂の反応も遅すぎる。流星がどこに行ったのか雷堂はなかなか気づかずキョロキョロと周りを探した。


後ろに流星がいることに気づいて攻撃しようとした時にはもうすでに流星がゆっくりと回避した後であった。



「オラァ!」


ブンッ!


「そこには空気しかねーぞノロマカメ野郎」


流星の動きについてこれなさすぎて雷堂の攻撃は完全に的外れな方向に行っている。



雷堂は本当に遅い。流星にとってこんなに遅い奴は雷堂が初めてだ。流星と雷堂では新幹線とミミズくらい差がありそうだ。


こんなに遅いのに瞬殺できない。これはかなりの恥で流星はイライラが加速していった。流星史上最大の屈辱だ。


しかし瞬殺できたらそれはそれで面白くないし、ちょっとは面白くなってきたので感謝の気持ちもあった。



 流星はまたすぐに雷堂にまっすぐ向かっていく。


「うおっ!」


流星の動きがよく見えない雷堂は流星が急に自分の目の前に現れたように見えて少しだけ驚いた。


一撃がダメなら、連撃でどうだ。



―――ドガガガガガガ!!!!!!



鉄拳の乱打を雷堂の肉体に畳みかける。

雷堂は全くガードできていない。ガードしようとするヒマもなく連撃が襲ってくる。これで100%ダメージが入っているはずだ。


「どうだ!てめーみてーなウスノロには拳の動きすら見えねーだろ! 今まですべての敵を一発で沈めてきたオレの鉄拳! それを何発も撃たせたお前は本当によく頑張ったと思う。

だがこれで―――終わりだ!!!!!!」



―――ゴッ!!!!!!



トドメとばかりに流星の拳が雷堂の顔面にクリーンヒットした。

これで完全に倒した―――はずだった。



雷堂はこれでも倒れない。倒れないどころかフラつくことすらない。岩のように微動だにしなかった。流星の拳を受け止めつつニヤリとほくそ笑む余裕すらあった。

流星の目に明らかな動揺が見えた。



「…………!? な……っ! ……な……なぜだ……!?」


「あァ?」


信じられない。こんなことがあるわけない。平静だった流星の表情が焦りを含んだものに変わっていく。



「どうなってんだこりゃあ!? てめーの攻撃は一切オレに当たらねぇ!! オレの攻撃はすべててめーに当たる!! 普通に考えてオレが完封勝利できるはずだ!!

なのになぜてめぇは倒れねぇ!? オレの攻撃を躱すことも受け流すこともできねぇてめぇが! なんで立っていられる!? なんなんだてめぇは!?」



喚く流星。とても絶対王者とは思えないような姿だ。


ここまでの戦いは完璧に流星が優勢のはず。流星は無傷で、雷堂はボコられ続けている。

にも関わらず追い詰められているのは流星の方に見える。不思議な光景だ。



「……南場流星……てめぇの速さがバケモノだってことはわかってんだよ。オレ様じゃてめぇの攻撃を避けることなんざ不可能だ。

ならばどうするか? 答えは簡単だ」


落ち着いた雷堂の言葉が会場に響く。雷堂以外の全員がシーンと静まり返っていた。



「どうせ避けらんねぇなら最初から避けるのを諦めてガマンすればいいだけの話だ!!」



力強い雷堂の言葉が会場でこだました。言葉だけですべてのものを屈服させてしまいそうな圧力を持っている。



「どんなに痛くてもガマンする!! 何千発何万発殴られようが蹴られようが最後まで耐えきる!!

それがオレ様流、南場流星の攻略法だァ!!!!!!」



雷堂の流星対策。それは脳筋にも程がある方法だった。



「オレの攻略法だと……!? マジでなんなんだよてめぇ……!」


「てめぇは覚えてねぇみてーだが、オレ様は昔てめぇと戦ったことがある」


「!?」



昔、雷堂は流星と戦ったことがあると言われた。だが流星は全く覚えてない。

こんなにデカい筋肉ダルマ、一度戦ったら忘れないインパクトがあるはずなのに。



「まあ戦ったって言えるほどのものじゃねーな。一方的な虐殺、オレ様はてめぇにボッコボコにされた。

50回前の提央祭……つまりてめぇが初めて優勝した提央祭だ」


50回前、50ヶ月前の提央祭。そこまで言われても流星は全く思い出せなかった。

どんなに弱い奴でも一度戦えばほんのうっすらでも記憶にあったりするものなのに、それすらもない。



「てめぇに惨殺された後のオレ様は提央祭運営に入り、てめぇを観察して研究を重ねた。

そしててめぇに勝つために敏捷性を捨てて耐久力、防御力を極めることを選んだ。徹底的に修行して極限まで鍛えてきた」


雷堂が提央祭運営に入った理由、それは流星に勝つため。

流星に負けてからずっとルール違反者を裁く仕事をしながらも努力を続けてきた。



「そしてオレ様は鋼の肉体を手に入れた!!

最強の防御力! 最強の壁! 最強の盾!

この肉体さえあればどんな攻撃を受けても倒れねぇ! 絶対に誰にも負けねぇ!!

―――で、南場流星。てめぇはどうなんだ?」


「あ?」


「てめぇはトレーニングとかちゃんとやってんのか? てめぇのパンチを受けてみてわかったんだけどよ、なんか思ったより大したことねーなーって感じたぜ」


「なんだと!?」


倒せないどころかダメ出しまでされた。どこまでも流星に屈辱を与える。流星は焦りと怒りで正気を保てなくなってきた。



「オレ様が強くなったってのもあるが、それにしてもような気がするぜ。ぶっちゃけ筋トレとか全然やってねーだろ?」


流星は何も言い返せない。最近の流星がしていることといえば女遊びばっかり。トレーニングしてるヒマがあったら女とセックスしていた。



「まァそれも当然か。今までの提央祭でどんな敵も一撃で倒し無敗どころか無傷の伝説を残してきた。

常に提央町の王であり続けチヤホヤされ続け女遊びばっかりしてきた。そんな奴が強くなるための努力なんかしているはずはねぇ!!」



流星もちゃんと死にもの狂いの努力をしてきた。もともと戦闘の才能に恵まれていてさらに正しい修行を行った。そうでなきゃこんなに強いわけがない。

だが今は強すぎてライバル不在で、己を磨くモチベを保つことができず停滞している。


雷堂に言われたことはすべて図星。図星だからこそ流星は怒りで燃え上がった。こんなノロマに指摘されたのが耐え難い。



「努力……? なぜオレが? なぜ最強のオレが努力をしなければならない? 努力する必要などない!!

いいかデカブツ。ケンカの勝敗を分けるのはだ。

経験の数でオレに勝る者などいない。誰よりも多くケンカして誰よりも多く敵を倒してきた。それがオレだ!!」


努力だけではどうにもならないことがある。実践経験も当然大事である。

提央祭で優勝し続けてきた経験と実績が、流星に絶対の自信を与えていた。

努力を怠けていたとはいえ、決して弱くなっているわけではない。



「そして経験と同じくらい重要なのがだ。

オレは結衣と出会ってから一生結衣のために戦う覚悟ができた。

経験と覚悟! この二つが合わさったオレは無敵!!」



ダンッ!


流星が大きく飛び跳ねた。



「無敵なオレの前では、てめぇの努力などすべて無意味だ!!」



―――ドドドドドド!!!!!!


流星は飛び跳ねる。着地した瞬間飛び跳ねる。それをひたすら繰り返す。

地面、壁、天井、ショッピングモールの空間すべてを飛び回る。


下着ドロを捕まえた時にも披露した流星の得意技、高速移動だ。

流星の動きが速すぎて、普通の人間の目には見えなくなる。


「うおお、マジで速ぇ……全然見えねぇ」


雷堂も流星の姿が見えなくなっていた。どこにいるのかもわからず、ただ立ち尽くすだけ。流星にとっては格好の的だ。



―――ドガッ!!


「うおおっ!?」


ドガッ、ドゴッ、ゴッ!



速すぎて見えない攻撃が雷堂を襲う。

首、肩、腕、腹、足を攻撃される。


流星は素早く攻撃しながら冷静さを取り戻そうとする。



「大丈夫だ……自分の強さを信じろ! 疑うな!! オレが最強だ!!

―――集中さえしていれば、絶対にオレが勝つ!!」



勝利を確信し、雷堂の背中に殴りかかろうとした。



―――ドゴ!!!!!!



「ぐっ……!?」



雷堂の裏拳が、流星の顔面にクリーンヒットした。

流星の動きが見えてなかったくせに完璧に顔面に当ててみせた。



「お~、当たった当たった。やったぜ」


こんなに速い流星の動きを見切ったのか? カンで攻撃してたまたま当たったのだろうか。



流星は雷堂から離れて着地し、超特急のように速くて誰にも止められないはずの流星が止まった。



ポタッ……ポタッ


「……!!」


鼻と口から流血している。たまらず流星は手で口を覆った。

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