105.腹パン一発

 「よっこいしょ……」


重量感のある巨体をゆっくり動かして穴から出てきた雷堂。

流星も哲也も戦いを中断してそちらを見ていた。



「いや~危なかったぜェ、まさかいきなり落とし穴に落ちちまうとはよォ~。かなり深くて這い上がるのに時間がかかっちまったぜェ」



『おや雷堂さん戻ってきたんですか。てっきりリタイアしたものと思っていたんですが……』


「あァ!? オレ様がこんなんでリタイアするわけねーだろ!! ちっと足を捻っちまったが問題ねーぜ!!」


画面の菅原からからかわれたが、雷堂は元気いっぱいをアピールした。



「なァ提央祭まだ終わってねーよな!? 間に合ったよなァ!? もうてめーら2人しか残ってねーのか!?」


雷堂は流星と哲也に視線を向けた。


「まあいいや、南場流星! オレ様と勝負しろ!! てめぇはオレ様がぶっ倒す!!」


そして雷堂は流星を挑発した。



「感服したぜ。あんたはお兄ちゃんの鑑だ」


「おぉい!! シカトすんなコラ!!」


流星は雷堂からフッと視線を逸らし、見なかったことにして最初からいなかったことにして話をやり直そうととした。



「うるせぇよ、だいたい誰だよてめぇ。あんなバレバレの落とし穴に引っかかるようなヤツに興味ねーんだよ。もう一度落とし穴に落ちてリタイアしとけ雑魚が」


流星は雷堂など眼中にない。哲也と戦いたいのに邪魔されて流星の機嫌は悪くなった。全然相手にされてない雷堂はわずかに顔をしかめる。



「……んだよオレ様のこと忘れたのかよ」


「忘れたも何も知らねーよ。てめーみたいな筋肉ダルマ会った覚えねーな」


ウソでもなんでもなく流星は雷堂を知らない。全く身に覚えがない。

雷堂の間違いなく知らない。



「……そうかよ、まあいいや。あっそうだ、その前にやらなきゃならねーことがあるんだった」


ハッとしたような顔をした雷堂はキョロキョロと会場内を見渡す。



「今回優勝したら提央祭を潰すとか言ってるヤツがいるって聞いたんだけどよォ、それってどいつだァ? もうやられちまったかァ?」



雷堂の言葉で結衣はギクッとした。それはまさしく哲也のことだ。



「……それは俺だ。邪魔する者は容赦しない」


哲也は正々堂々と名乗り出た。限界に近いが雷堂を恐れる様子は微塵もない。



「……そうかてめぇか……」


ニタリと笑う雷堂。そして次の瞬間。



―――ドスッ!!!!!!



「!!!!!!」



雷堂の拳が、哲也の腹に突き刺さった。

テレビで観てる結衣にも真里奈にも衝撃が走った。



「―――……っ! ……っく……」


腹を殴られた哲也は、気合いと根性で耐えようとする。



「……っあ……!? っ……ぐ……っ!!」


しかし腹を押さえてガクガクと震える。残念ながらいくら根性があっても耐えられるレベルの攻撃ではない。



「っ……!! …………!!!!!!」


大量の冷や汗をかきながらそれでもなんとか耐えようと死力を尽くすが、健闘空しく哲也は膝をつき、そのままドサッと倒れた。


この瞬間哲也は提央祭リタイアとなった。



『兄さんっ!!!!!!』


結衣の悲痛の声がテレビから聞こえた。その声は哲也に届くことはなかった。

完全に意識を失っている。




「兄さんっ! 兄さん大丈夫!?」


「落ち着いてください結衣ちゃん。彼は気絶しただけです、大丈夫だから」



菅原が結衣を落ち着かせようとしたが、兄が倒れていては落ち着けるわけがない。

そんなテレビの様子を見て雷堂は嘲るような顔をした。



「そうだぜ、たかが腹パン一発ぐれーでいちいち取り乱してたらこの町で生きていけねーぞォ? 心配しなくても死んじゃいねーよ。

むしろ提央祭に出て腹パン一発で済むのはかなりの幸運だぜェ。背骨折られて車イスになったり失明したりする奴もいるんだからよォ」


雷堂の恐ろしい発言は結衣を青ざめさせるには十分すぎた。


「まあオレ様は提央祭運営だから一般町民を必要以上に痛めつけることはしねぇが、だが運営の副会長として提央祭を潰させるわけにはいかねーんだよなァ」



雷堂が提央祭に出た理由、その一つが提央祭を潰そうとする者を排除すること。

その目的はこれで達成された。




 これで生き残っている者は流星と雷堂の2人となった。


ついさっきまで完全に雷堂を見下していた流星だったが、今のでさすがに警戒モードに入った。


雷堂の正体は運営の副会長。

副会長ということは菅原の仲間だ。会長の菅原とそれなりに面識がある流星だが副会長とは一度も会ったことがない。


運営の人間なのに今までというのは流星も少し疑問に感じたが、まあどうでもいいと思った。


そんなことより、流星は雷堂にムカついていた。



「おいデカブツ」


「なんだァ?」


「てめーがお兄様に乱暴するから結衣が怖がってるじゃねーかふざけんなてめぇ許さねぇ。せっかくオレが手刀で優しく寝かせてやろうとしてたところなのによ」


「はァ? 怖がってるだァ? あんな安全なところで高みの見物決め込んでる女が怖がることなんてあんのかよォ?」


雷堂はそう言って結衣が映っているテレビを親指で指さした。


「結衣は菅原に無理やり連れてこられただけだよボケ」


「それより今度こそオレ様と勝負だ南場流星! てめぇに勝ってオレ様が優勝だァ!!」



雷堂が提央祭に出た理由はもう一つある。

それは流星に勝つためだ。


流星は呆れたようにため息をついた。



「……調子に乗んなよてめぇ」


「あ?」


「お兄様はオレとの戦いでかなり体力を消耗し瀕死だった。

そんな状態のお兄様を瞬殺したところでてめぇが強いってことにはならねーから勘違いすんなよ。てめーなんかよりお兄様の方が100万倍強えからな」



流星は哲也との戦いを心から楽しんでいた。

それを雷堂に邪魔されてかなり不機嫌になっていた。


雷堂など流星の眼中にない。

誰がどう見てもわかるくらい流星は雷堂を見下していた。雷堂も流星を嘲笑うような顔をする。



「はァ? 瀕死だからなんだってんだ? 提央祭はなんでもあり! 理不尽不平等が当たり前だろうが」


「別にてめーがお兄様を倒したのが無効と言ってるわけじゃねーよ。調子に乗んなっつってんだよ」


「調子乗んなだと!? てめぇにだけは言われたくねぇ!! てめぇが提央町最強でいられるのも今日が最後だこのお山の大将が!!」


流星を挑発する雷堂。流星は挑発に乗らずカッとなる様子もない。



「これより5月提央祭決勝戦の開戦だァ!! いくぜぇぇぇ!!!!!!」



雷堂は威勢よく吠えて流星に向かっていった。

―――その瞬間、流星の姿が消えた。


いや、消えたのではない。一瞬にして雷堂の背後に回り込んでいた。

流星の素早い動きに、雷堂は全くついていけてなかった。



「お前遅すぎ。結衣より遅えぞ」



―――ドンッ!!!!!!



流星の手刀が、雷堂の首の後ろに撃ち落とされた。



「覚えときな。ケンカってのは力比べじゃねーんだ」



流星にとって雷堂は全く眼中にない。見下している。

見下すのも無理はない。絶望的なほど差があるのだ。



「はい終わり。終了時間までまだあるがオレの優勝で決まりだな」



首の後ろに手刀。一発で失神する。流星の恐ろしく速く強い手刀ならなおさらだ。



「おーい結衣ーっ! 見ててくれたかー!? いよいよオレの彼女になる時が近づいてきたぜ?」


まだ提央祭は終わってないのに優勝を確信した流星は結衣が見ているカメラ目線になった。



『……え……南場さん……あの……』


結衣の視線は、流星には向かっていなかった。



『ダメですよ南場さん、最後まで相手をちゃんと見ておかなきゃ』


「あ? なんだ菅原てめーはひっこんでろ」


『あまり余裕ぶっこいてると前回の提央祭みたいに足元をすくわれますよ?』



菅原に忠告された流星はそこで気づいた。

背後の闘気が、まだ失われていないことに。



「あ~~~いってぇ……マジでいってぇ……首の後ろはやべぇって……なんとか耐えたけどよォ……」



流星は後ろを振り向き、少しだけ驚く。

手刀で倒したはずの雷堂が倒れていなかった。首の後ろを撫でながらゆらりと不気味に揺れていた。



「そっちこそ覚えときな。ケンカってのは速さ比べじゃねーんだよ」


「……!!」


倒せてない……? そんなバカな。


流星は自分の目を信じられなかった。信じなくても目の前の光景は事実。雷堂はまだ倒れてない。ピンピンしている。


狙いを外したのだろうか。いや、そんなはずはない。

首の後ろは人間にとって最大の死角。とっさにガードするのは決して簡単ではない。

それに流星も手刀を的確に撃ち込んだはず。ミスってなんかいない。


きっと油断してて無意識に手を抜いてしまったのだろう、と流星は考えた。

そうとしか思えない。そうに違いない。流星が本気で手刀して倒せないなどありえない。



「……悪かったな」


「あァ?」


「どうやらオレメチャクチャ油断してたみてーだ。オレは今までの提央祭で無双しすぎたからつい気を抜いちまうクセがあるんだよな~」



そう、流星は油断したのだ。それ以外ありえない。

油断なら倒せなくても仕方ないと納得し、流星は落ち着きを取り戻した。



「そう……油断と慢心だ。それ以外にありえねぇ。そうじゃなきゃこのオレがてめーごときを一撃で仕留められないなんてありえねぇ。

断じててめーがオレの本気を耐えたわけじゃねぇ。てめーの実力じゃねぇ、運がよかっただけだ」



流星は自分に喝を入れ、再び集中した。次からは絶対油断しない。



「遊ぶ気はねぇ、すぐに終わらせてやる。こっから本気出す。

油断と慢心さえなければ―――ちゃんと本気でやれば、オレは絶対に負けねぇ」



流星は構える。その姿勢には一瞬たりともスキがなかった。

その直後、流星は大地を蹴る。



「オレが―――だからだ!!!!!!」



―――ズドン!!!!!!



流星の飛び蹴りが、雷堂の腹に命中する。

本気の蹴り。常人なら間違いなく胃液を吐いて倒れ、数日は何も食べられないくらいのダメージを負う。


そんな殺人キックを食らった雷堂は、倒れ……



……ない。倒れない。

倒れないどころか、笑みを浮かべる余裕すらあった。



―――ズザザザザザザ


「…………!?」



蹴りを受けた衝撃でザザザと後ずさるも、雷堂は踏みとどまった。

それを見た流星は、今度は少しどころではなくガチで驚いた。提央祭で初めて動揺した瞬間だった。



「クソが……思いっきりみぞおちに入れやがって……本気で殺す気で蹴りやがったな……だがな! この程度でこのオレ様を倒せると思うなよ!?」



雷堂の闘気がさらに上がったのがわかった。

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