104.強固な心が折れない
「いいか? 性格の良さとか人柄の良さとか誠実さとかそういうもんはいらねーんだ。そんなもんこの町ではゴキブリの糞ほども役に立たねぇ。
話ながらグッと拳を握りしめる流星。その握りしめた拳を哲也に見せびらかすように掲げた。
「強くなきゃ生きられねーし女を守れねーからな。
お兄様……あんたは妹を取られたくないからワガママ言ってるだけだ。オレが気に入らなくて認めたくないだけだ。オレより弱いんだから認めろって話だ。お兄様より強いのはオレだけなんだから認めてくれよ。
結衣を一番幸せにできるのはこのオレだということを証明したんだからよ。
安心しろ、結衣のことはオレが責任を持って守ってみせる。何があっても結衣を一生幸せにすると約束する。お兄様はオレを信じて任せていればいいんだ。
だから―――妹さんをオレにください」
流星はこの上なく真剣な顔でそう言った。
その目には一点の曇りもなかった。からかっているとか煽っているとかそんな意図は欠片もなかった。
それを見ていたみんなも重い沈黙に包まれる。
菅原はイラッとして、結衣は恥ずかしくてわずかに顔を赤らめ、星羅は歯を食い縛った。
そして哲也は、膝をついたまま俯いていたが、顔を上げた。
「断る。お前はただ結衣とヤりたいだけだろ。カラダ目当ての遊びだってわかってんだよ淫行ヤリチン野郎」
哲也の目は死なない。膝をついて限界になっているとは思えないほどの気迫だ。
「その証拠にお前は昨日の夜他の女性とキスをしていた。守るとか幸せにするとか都合のいいことばっかり言ってんじゃねーよ虫唾が走る」
『昨日の夜他の女性とキスをしていた』
それは紛れもなく真里奈とキスしていたこと。この言葉は流星よりも真里奈にぶっ刺さった。
見られていた。流星とキスをしていたところを哲也に見られた。
テレビの前で真里奈は恐怖した。
「まず俺はこの町そのものを認めない。弱者がうんぬんといった理論に納得できるはずもない。この腐った町に骨の髄まで染まりきったお前のことだけは認めない」
哲也はもう立てない身体になってるはずだがそれでも根性で立ち上がろうとした。
ゆっくりでもガクガクしながらでも、哲也は立ち上がる。
「極端なことを言えば
お前以外で
流星だけは死んでも認めない哲也の姿勢。流星は黙って聞きながら顔をしかめた。
「お前のせいで結衣がどれだけ迷惑したと思っている。結衣はお前の欲を満たすためのオモチャじゃない。
お前だけは認めない、許さない、信用しない」
そして、哲也は完全に立ち上がった。
「お前にだけは絶対に結衣はやらん!!!!!!
どうしても結衣が欲しいなら俺をぶっ殺してからにしろ!! たとえ刺し違えてでも―――俺はお前を止める!!!!!!」
哲也は気力だけで無理やり復活した。
「兄さん……」
哲也がもう限界なことを、妹の結衣はわかっている。しかし、こうなった哲也は絶対にテコでも動かないことも、結衣はわかっていた。
結局は画面から見守ることしかできない。
流星は黙ったまま少しだけ俯いた。哲也の心の強さと妹を大切にする想い、イヤでも伝わってくるし心から尊敬する。
違う、遊びとかカラダ目当てとかでは決してない。
流星は本気で……心の底から結衣が好きなんだ。
他の女とは違う。
結衣と出会ったその瞬間から、流星の心臓は矢で射抜かれていた。その矢は刺さったまま永遠に抜けることはない。
哲也は信じてくれないだろうが……結衣本人も信じてくれないだろうが―――
初めて惚れた女……ここまで本気で好きになったのはこれが最初で最後。それが結衣だ。
こんなにも結衣が好きなのに信じてもらえない。
しかし日頃の行いが悪いので自業自得。淫行ヤリチンなのは事実だし女好きなのも事実だから仕方ない。
だから流星は哲也に実力の差を見せつけて、心をへし折って諦めさせるしかないと思っていた。
しかし哲也は全く折れない。
ここまで追い詰められても哲也の気持ちは一切ブレない。目が死なない。
妹を守るために絶対に負けられないという強い気持ちが、難攻不落の鋼鉄の精神を作り出している。
ここまで哲也が覚悟を決めているなら、流星も覚悟を決めるしかない。
「強固な心が折れねーなら、寝かせるしかねーな」
「!!」
流星は哲也を傷つけたくなかった。しかしそれでは倒せないのはよくわかった。不本意ではあるが流星は哲也に手を下さざるを得なくなった。
「悪いがお兄様には終了時間まで気絶しててもらう。……いや、終了時間どころか明日の朝くらいまでは意識が戻らねーだろう。
できる限り手加減はするがちょっと手荒なやり方で決着をつける。
もっと平和に終わらせたかったが仕方ねぇ。お兄様が頑固なのが悪いんだぞ」
両拳をパキポキ鳴らしながら流星の目が険しくなった。
それを見た結衣は危険を察知する。
『にっ、兄さん! もういいから!! 私のことはいいから降参して!! お願い!!』
モニター越しにマイクで必死に呼びかける結衣。
妹に本気で心配されたら、なおさら退くわけにはいかない。
「断る! 今さら降参などできるわけがない!!
来るなら来い! 南場流星!!」
「……いい目だ。最後の最後まで屈しない目……
感服したぜ。あんたはお兄ちゃんの鑑だ」
哲也を最高のライバルと認めた流星は満足気に笑った。
そして次の瞬間には集中する。痛くしない、苦しませない。一発で楽にする。
指先まで研ぎ澄ませて、手刀が哲也に襲いかかろうとした。
「―――ちょっと待てーーー!!!!!!」
!?
提央祭に参加する者、観戦している者全員が一瞬停止した。
いきなりショッピングモールに響いた大声。
「おい……勝手に終わらせようとしてんじゃねーぞォ……まだこのオレ様がいるぜぇ……」
その声は、木戸が仕掛けた落とし穴の中から聞こえてきた。穴から手が出てきて、次に頭がヌッと出てくる。
派手な金髪のツンツン頭だ。
「ハハハハ待たせたな!! 雷堂炎次郎様の復活だァ!!!!!!」
木戸の落とし穴に落とされた雷堂が、深い穴をよじ登ってようやく顔を出した。
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