103.そろそろ限界

 ジーーー……


「…………」


黒岩の視線が真里奈の後ろ姿に突き刺さる。

提央祭観戦に集中したいのにこれでは気が散る。



「……あの……あまりジロジロ見ないでください」


「ハハハ、無駄な発言は慎みたまえ。ジロジロ見なければ脱がした意味がないだろう。それにこのような芸術、見ない方が失礼というもの」


真里奈が恥ずかしがるほど、黒岩の視線はさらに強く濃くなってきた。

わざとだ。わざと真里奈を辱めている。



「絶景だ……美人女教師が全裸で職員室にいる……男にとってこれ以上素晴らしい光景があるだろうか?」


「っ……」



真里奈はできる限り身体を小さく丸めて、必死に胸を隠す。

その必死さは余計に黒岩の情欲を煽った。


S級美人女教師がスッポンポンで職員室にいるシチュなど日常ではありえない。通常ならAVでしか見れない光景。


しかし黒岩は見れる。男のロマンを詰め込んだようなシチュを金も払わず一人占めできる。

ついさっきまでゴキゲンナナメだった黒岩だが真里奈の極上の裸体を見ているだけで機嫌が直ってきた。



「どうした? 恥ずかしいのか?」


黒岩はニヤニヤしながら煽ってくる。さらに辱める気マンマンだ。



「恥ずかしいに決まってるじゃないですか……」


「確かにこんなの誰かに見られたら大変だなぁ。だが安心しろ、もう学校には私と真里奈しかいないから」


「そういう問題じゃ……こんな明るいところで私だけ裸とか勘弁してください……」


「そんな気にするなよ、何度も身体を重ねてる関係なんだから」


黒岩はそう言って真里奈の肩に手を置いた。



「触らないでください」



ガチギレ気味のトーンで真里奈にハッキリ拒絶された。

ここまでガチの拒絶をされたのは初めてで黒岩はガーンとショックを受ける。



「言われた通り脱いだんですから自由に観戦させてください。提央祭が終わるまで話しかけないでください」


黒岩はまたガーンとショックを受けた。


しょんぼりと肩を落としながら背を向ける黒岩。さすがに言いすぎたかと思い真里奈は後ろの黒岩をチラッと見た。



「……その……私のことはいいですから……黒岩先生も少しは提央祭を見てみませんか? すごいですよ今回は」


流星と哲也の戦いはかなり盛り上がっている。

自分のことなんかより提央祭に興味を持ってもらいたくて真里奈はそう言った。



黒岩は盛大にため息をついた。


「……はぁ……? すごいって何が?」


興味がないものはない。誰が優勝とか誰が一番強いかなど黒岩自身には何も関係がなくてどうでもいい。



「くだらない……どんなに盛り上げようとしたところで、どうせ南場流星が勝つんだろ? わかってんだよ」


提央祭で無双しまくって調子に乗る流星を今までうんざりするほど見てきた。

結果がわかりきってる争いなど見る価値もない。今さら提央祭に興味を持つなど無理だし、流星が優勝するところを見るなど黒岩にとっては拷問に等しかった。



「真里奈だって本当はわかってるんだろ? 最初から南場流星が優勝すると決まっていることを。提央祭なんて茶番に過ぎないということを」


「……!!」


真里奈は困った表情で何も言い返せなかった。



哲也も確かに強い。この提央祭で誰もが哲也の強さを認めたはず。


だが流星の異次元の強さ、提央町の住民なら誰もがよく知っている。


最近の提央祭は全く盛り上がらない。強すぎて全然おもしろくないから、優勝者が最初から決まっているから。


誰であろうと絶対王者に勝てる者はいないから。




―――――――――――――――



 提央祭中のショッピングモール。

優勝をめぐる戦いはもうすでに勝敗は決していた。



「ハァ、ハァ、ハァ……」


哲也はもう体力の限界が来ていた。まともに立つこともままならない。

膝に手をついてなんとか倒れないようにするだけで精一杯。


哲也の目はまだ死んでない。依然強い気持ちを宿した目で流星を睨みつけている。

だが精神が折れなくても肉体が全然ついてこれない。


観戦している者はみんな言葉が出なくなっていた。


この緊迫した空気の中で流星だけが憎たらしいくらい普段と変わらない余裕を保っていた。



「なぁお兄様、これでわかってくれたか? オレとのってヤツを」


「…………!!」


哲也は何も答えず、ゼーゼーと息を荒げるだけ。



「お兄様がどんなに頑張ってもオレに数回かすり傷をつけることくらいしかできねぇ。

どうする? 終了時間まであと20分くらいはある。どうせ時間になるまでは終われねーんだしまだまだかかってきてもいいんだぜ?」


「っ……」


「だがそろそろ限界だろ? 無理すんな、もう降参した方がいいんじゃねーか?」


「……っ!! ……くっ……ま……まだだ……!!」


大量の汗を滴らせながらも哲也はちゃんと立ち上がろうとする。

しかしガクッと膝を地面についてしまった。相撲ならもう負けである。



『兄さんっ!!』


テレビ画面から結衣の心配する声が聞こえてきたがそれが余計哲也を奮起させる。

だがやはり肉体が言うことを聞かずなかなか動けない。


哲也の根性、ガッツも誰もが認める。流星もパチパチと拍手して哲也の健闘を称賛した。



「そんな意地張るなって。今降参したって決してかっこ悪くねーぞ?

お兄様は本当によくやったよ。このオレにかすり傷つけただけでも大金星だよ。

お兄様が頑張ってくれたおかげでオレも楽しかった! 心から感謝するぜ」



ここで降参しておけばこれ以上結衣に心配かけなくて済む。

絶対王者流星に認められただけでも箔がつき、今後この町でナメられることもないだろう。


だが哲也はどうしても降参するわけにはいかなかった。周りの人間から認められるとか心底どうでもいい。大切な妹を守れないと意味がないのだ。


妹を守れない強さなど価値がない。そんなもの強いとは言わない。哲也は自分のふがいなさを呪った。



「バ……バカな……まだ大して時間は経ってないはずだ……なぜこんなに早く体力が尽きてしまったんだ……!?」


「そりゃオレの動きに無理してついていこうとしたからだろ。明らかにオーバーペースだ。体力消耗が異常に早いのも当然のことだ」


決して哲也の体力がないわけではない。だが流星の速さにまともについていこうとすれば誰もがこうなる。



「なぁ、もういいだろ? これ以上やったらケガするからやめとけって。

おとなしく降参してくれよお兄様」


「……しつこい……俺は結衣のために戦っているんだ。俺を倒すなら本気で殺しに来い!!」



結衣のため。結衣を守るため。哲也の強い精神力の源となるもの。

その精神力自体は素晴らしいものであるが、その源が流星の目には滑稽なものに映り、ニタリと笑った。



「いいかげん気づけよお兄様。本当に結衣のためを思っているならだということを。

これでわかっただろ? 結衣にふさわしい男はオレしかいない。結衣を守れる男はオレしかいない。

空手全国大会レベルのお兄様が全力を出しても全く歯が立たないくらい強いオレだけが結衣とくっつく資格がある」



仁王立ち、両手を広げる。流星の姿は特別な支配者そのもの。

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