102.今すっげー楽しい
ほぼ決着がついたように見えたが、流星と哲也のバトルはまだ続く。
「さあどうした!? 遠慮すんな! もっともっとどんどんかかってこいよお兄様!!」
「……誰がお前なんかに遠慮するものか」
一瞬でも脳裏に過ぎってしまった『負け』の2文字。哲也はすぐに振り払った。
落ち着け、簡単に勝てる相手ではないことはわかってるはずだ。流星は手を出さないと言っている。直接手を下さずとも勝てると思っている。
それは哲也にとって好都合だ。必ず勝機はある、だから焦ってはいけない。
哲也は格闘技の経験が豊富。
自分がピンチになって負けそうになった時も心の強さで切り抜けてきた経験がある。
今までが本気じゃなかったわけではないが、さらに本気を出していく。
哲也は目を閉じ、深く息を吸って精神統一を行った。
「お? なんかよくわかんねーけどすげー拳法っぽいな」
流星はのんきに哲也の動作を見ているだけだった。
哲也の動作、結衣は知っている。
空手の試合前によくやっている闘気を高めるルーティーンだ。
ゴゴゴゴゴゴ……
哲也のオーラが強くなっていく。地面が揺れるほどの威圧感。
真里奈も思わずすごいと思う気迫。
「おー、すげー強そうな空気が伝わってくるな。だがスキだらけすぎて殴りそうになっちまったぜ」
哲也がかなりパワーアップしたのを肌で感じながらも流星は余裕の笑みを崩さないまま、むしろ哲也の強化を楽しんでいた。
「本当は試合の前でしか使えないものだからな。だがお前は手を出さないと聞いて使わせてもらった」
精神統一完了。哲也はスキのない構えをとる。誰がどう見ても100%集中しパワーアップしていた。
「ハアアアアアア!!!!!!」
気合いを入れた雄叫びとともに、哲也は地面を蹴りまっすぐに流星に向かっていった。
流星の顔面を蹴りが襲う。流星は一瞬反応が遅れた。その一瞬が生死を分ける。
哲也の蹴りをギリギリで躱した。躱したつもりだったが躱しきれず、流星の頬をかすった。
哲也のスピードがグッと上がった。流星が避けるのもギリギリになるくらい上がった。
そして蹴り1発だけでは終わらない。哲也は身体をグルンと捻って、もう1発蹴りの攻撃を仕掛けた。
「ぐおっ!?」
またかすった。ほんのわずかだが流星の鼻に当たった。しかしダメージを与えるには至らず、また回避された。
なかなかヒットしないが哲也はあきらめず攻撃をし続ける。
流星がとっさに距離を取っても逃がさないとばかりに追いかけてきてまた攻撃する。流星はまたギリギリ躱す。
一瞬たりとも休むヒマがない。
流星にとって最大のピンチが今この瞬間訪れていた。しかしこんな状況でも流星は笑みを浮かべた。
「やべぇ……!! オレ今すっげー楽しい!! お兄様が思っていたよりめっちゃ強くてすげー楽しい!!」
まともに当たったら死の攻撃をなんとか躱し続ける流星はこの戦いを心から楽しんでいた。楽しすぎてゾクゾクして震えてきた。
「提央祭で、ていうかケンカでこんなに楽しいと思ったのは生まれて初めてだ……!! これこそがオレの求めていたものだ! ドキドキワクワク感、そして緊迫感!!
たまんねぇ……!! セックスの次に快感だ!!」
本当に楽しい。こうなってくると避けてるだけじゃもったいなくなってきた。流星自身の闘志がくすぐられ、ガチで哲也と戦いたくなってきた。
哲也と本気で戦えたら、絶対に勝つ自信はあるが必ず熱くて楽しい戦いになるはず。
せっかく流星に近いレベルの相手が現れてくれたのだからもっともっと楽しまないと損だと思った。
しかしダメだ。我慢しなくてはダメだと流星は自分に言い聞かせる。
結衣を悲しませたくない。流星自身の楽しみより結衣の気持ちの方が大事だ。
それに、
こんなことを思うのは初めてだった。
流星が自分より他人を優先するなんて、他人のために自分が我慢するなんて、生まれて初めてだ。
若くて可愛くてDカップ以上の女に限るが、流星はもともと女が大好きでめっちゃ優しくしてきた。
セフレの中では真里奈が一番で、優先順位はあったがヤったことある女はどんな女でも大切に扱ってきた。
だが、自分よりも、
そう、自分の命よりも大切、もう結衣がいないと生きていけない。
だから、結衣はオレのもの。流星の意志は何よりも固かった。
哲也が妹を大切に思う気持ちも何よりも強いが、流星だって気持ちの強さでは負けない。
流星は本気を出す。本気で逃げに徹する。
ドドドドドドッ!!!!!!
地面を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴る。
目で追えない速さで高速移動をする。
速すぎて常人の目では流星の姿を見ることすらできない。哲也は攻撃もできずに立ち止まった。
この高速移動、結衣には見覚えがあった。
下着ドロを捕まえる時にもやってた超高速移動だ。
「はははっ、どうだ!! オレの動きについてこれるかお兄様!!」
流星の声は聞こえてくる。だが姿は見えない。これでは攻撃するどころかどこにいるのかもわからない。
哲也は動揺した。こんなの勝てるわけがないと絶望感すら脳裏を過ぎってしまった。
しかしだからといってあきらめるわけにもいかない。
負けたくない、負けない。哲也はギリッと歯を食い縛った。
「うおおおおおお!!!!!!」
哲也は真正面から立ち向かっていく。どこにいるのかわからなくても攻撃する。闇雲に拳を振るった。
当然空振りばかり。それでもあきらめず四方八方攻撃を繰り返した。
どこを狙っているのか、哲也のパンチは全く当たる気配がない。
高速移動を続けながら流星は笑った。これは的外れの攻撃をする哲也を嘲笑っているわけではなく、これだけ差があってもあきらめない哲也の精神力に感服した笑みだ。
―――――――――――――――
学校の職員室で提央祭を観戦している真里奈も、お互いギアが上がってきた流星と哲也の戦いから一瞬たりとも目を離せなくなっていた。
だから、黒岩がこっそり近づいてきたことに全く気づかなかった。
「白崎先……いや……真里奈。まーだ終わらないのか?」
「ひゃっ!?」
急に肩を抱いてきた黒岩。真里奈はビクッとした。
真里奈の肩に絡みついた黒岩の腕はそのまま下に移動して真里奈の胸を掴み、揉んでくる。
「あ……やっ……! ちょっ……!!」
黒岩の手の感触が真里奈をビクビクと震わせる。これではテレビ観戦どころではない。
いいところなのに邪魔されて真里奈は若干不機嫌になりながら黒岩の方を振り向いた。
「な……なんですか黒岩先生!?」
「なんですかじゃないよ。いつまで待たせるの?」
黒岩の表情を見て真里奈はハッとした。黒岩はかなり不機嫌だ。
早く真里奈と一緒に食事に行きたいのにずっと待たされ続けて黒岩は我慢の限界になっていた。黒岩は提央祭に全く興味がないのでかなり苦痛な時間となっていた。
「私はさっきからずーーーっと待たされているのだが? 提央祭とかいつになったら終わるのかね?」
「あ……その……」
黒岩の目がグッと近づいてくる。眼力の圧力をかけられて真里奈は萎縮する。
が、真里奈もここは譲れない。絶対に提央祭を最後まで見届けたい。
「……今は19時36分ですから……あと24分ですね……」
「なに!? 24分!? まだそんなにかかるのか!? 私はもう3時間くらい待たされている感覚なのだが!?」
「ま……まだ1時間も経ってませんよ?」
「クッ……もう待てない!! 真里奈! 早く食事に行こう!!」
「えぇっそんな……もうここまで来たら最後まで見てもいいじゃないですか……」
「なんだと!? 私と食事するより提央祭を見てた方がいいというのか!?」
当たり前だろ!! 私の好きな人が出てるんだよ!!
……と言いたかったが真里奈は言えなかった。怖いから。
ハッキリ言って黒岩がメチャクチャ邪魔に感じた。
「あの……私のことなんかほっといて先に帰っても大丈夫ですよ?」
「いや私はどうしても今夜真里奈と一緒に過ごしたいんだよ!! そうじゃなきゃ言われなくてもとっくに帰ってる!!」
黒岩に帰ってもらおうとしたが失敗に終わり真里奈は困った。
もう黒岩はスルーしてテレビに目を向けた。
「……そうか……私に逆らってでも提央祭を最後まで見たいというのか……」
普段は従順になってくれる真里奈に反抗され、このままじゃ気が済まなくなった。
そこで黒岩はいいことを思いついた。
「わかった、じゃあこうしよう。服を脱いでくれたら最後まで提央祭を見てもいいよ」
「は!?」
黒岩は突然とんでもないことを言い出した。
さすがに冗談だと思ったが、黒岩の表情を見ると真剣そのものだ。
「な……何を言ってるんですか!? なんで私が服を脱ぐんですか……!? 意味がわからないです!」
真里奈の顔はもう真っ赤になっていた。ここは学校の職員室だ。こんなところで脱げるわけがない。
「私が待っている間退屈だからさ、真里奈が脱いでくれたら少しは楽しめるかと思ってね。
さあどうする? 脱ぐか? 一緒に食事に行くか? 選んでくれ」
「えぇ……!?」
とんでもない選択を迫られた。
こうなっては黒岩に何を言っても無駄なのはわかっている。もう逆らえない。
こんなところで脱げるわけはないが、どうしても提央祭を見たい。
真里奈は覚悟を決めて、一気に上着を脱いだ。
「おぉっ!?」
黒岩は真里奈から目を離せなくなる。
―――
パサッ
折りたたまれたスーツ、そして派手な色の下着が置かれた。
職員室で、真里奈は自ら全裸になった。
右手で性器を隠し、左手で乳房を隠す。極限まで恥ずかしい真里奈は目を開けてられなかった。
黒岩は真里奈の裸体に釘付けになり、瞬きも忘れるほど見惚れた。
「……ま……まさか本当に脱ぐとは思わなかった……」
「ひどい! 脱げって言っといてドン引きしないでくださいよ!!」
羞恥のあまり真里奈は声を荒げた。
「脱げとは言ったがまさか素っ裸になるとは……別に下着まででもよかったのに」
「あーーー!! そんなのあとから言われても困ります!! 最初に言ってくださいよ!!」
「……なんかかわいそうだし下着は着けててもいいよ?」
「もういいです! 教師はこれくらいでへこたれません!!」
もう全裸になってしまった以上、今さら下着を着けても恥ずかしいことに変わりはない。
ヤケクソになった真里奈は素っ裸のまま手で胸を隠しながらイスに座ってテレビ観戦を再開した。
その様子を後ろから見ていた黒岩は気に入らなかった。
真里奈が裸になったこと自体は素直に嬉しいが、
提央祭を見れずに黒岩と一緒に過ごすくらいなら裸にされた方がマシだと、そう言われたも同然。
黒岩は提央祭に負けた。
興味ないどころではない、提央祭など大嫌いだ。
黒岩の心はさらなる闇に包まれた。
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