101.傷つけたくない
哲也の後ろに流星が立つ。
またしても流星に背後を取られたこの状況。しかし何も起こらず数秒膠着状態が続いた。
「……いいかげんにしろよお前。どういうつもりだ」
「お?」
流星にとっては攻撃する絶好のチャンスのはずなのに何も起こらず、哲也のイライラが募った。
「なぜ反撃してこないんだ?
流星は哲也の攻撃を避けるだけで何もしてこない。だから哲也が攻撃しない限り何も起こらない。
なぜか攻撃されないこの状況が哲也をたまらなく不快にした。
「この期に及んでナメプか? 全開全力とか言ってなかったか?」
「ナメプじゃねーよ。言ったはずだぜオレはお兄様を傷つけたくねーんだ。
しかしオレもお兄様に優勝を譲る気はサラサラねぇ。結衣を手に入れる権利がかかってんだ、優勝するのは絶対にオレだ。……ならばどうするか? どうするつもりだと思う?」
「…………」
哲也は何も答えない。ただ殺意と闘気を流星に向けるだけ。それでも構わず流星は悠長にベラベラしゃべる。
「お兄様に
お兄様の攻撃を回避し続ける!! どんな攻撃でもすべて躱してやる!!
そうすればオレが倒されることはねーからオレが優勝というわけだ!!」
正統派少年漫画の主人公みたいなキラキラした目で流星はハッキリと言った。
流星のこの発言、流星のことを知る者はみんな天地がひっくり返るほどの衝撃を受けた。結衣もその1人。
結衣はそこで思い出した。
『結衣安心しろ。オレに任せとけ』と言った流星の言葉を。
流星のことを一番知っている菅原も驚きを隠せない。
あの戦闘狂の流星が他人を気遣うような考えをしたことが意外すぎる。
そこまでして結衣のハートを射止めたいということだ。
哲也的には最悪すぎる。もう流星に優しくされること自体が全身を掻き毟りたくなるほどの気持ち悪さだ。
「……バカかお前。俺を倒さないと優勝できないぞ。まさか俺が降参するとでも思っているのか? 降参するくらいなら切腹する覚悟で戦いに臨んでいるんだぞ」
「いくら気合いも根性も覚悟もあろうが体力まで無尽蔵というわけじゃねーだろ。
それだけの蹴りだ、エネルギー消費も決して軽くないはず。終了時間までにスタミナ切れを起こさせて平和に提央祭を終わらせてやるよ」
「……スタミナ切れ? そんなもんお前の方が先に来る」
哲也の蹴りが消耗が激しいというのならその蹴りを避ける流星もかなり消耗するはず。普通に考えれば制限時間の最後まで避け続けるのは難しい。
「じゃあどっちの方が先に体力尽きるか勝負すっか」
「望むところだ」
流星の挑発に乗り、哲也は地面を強く蹴った。
一瞬で流星の目の前まで近づき、一気に仕掛ける。
ドドドドドド!!!!!!
一発で仕留められないなら連撃するのみ。
目にも止まらぬ速さで鉄拳の乱打を流星に浴びせかける。
―――が、そのすべてを流星は難なく躱す。一発も当たらない。
避けながらも、流星は余裕の笑みを浮かべる。こんなに全力で叩き込んでいるのにわずかなダメージすら与えられない現実は、哲也を絶望の底に叩きのめした。
いつの間にか流星はショッピングモールの2階に上がっていた。
その動きは哲也には全く見えなかった。
「悪いけどお兄様じゃオレを倒すことはできねーよ。あきらめな」
「……!!」
2階から哲也を見下ろす流星と、1階から流星を見上げる哲也。その構図は2人の実力の差を現しているようだった。
「確かにお兄様は強ぇよまるで戦艦みてーだ。だが戦艦じゃジェット機のスピードに勝てねーだろ? それと同じだぜ」
「っ……!!」
結衣も信じられなかった。あんなに強い兄の攻撃をすべて躱していることを。
流星が速すぎて誤解されそうになるが哲也も決して遅いわけではないはずなのに。
最初こそ驚いていたもののだんだん順当な戦いになってきて菅原も落ち着きを取り戻してきた。
「……あー……まずいですね、南場さんガチのマジで本気です。かつてないくらい集中してます。
本来の南場さんはかなりムラがあって集中力に欠けることが多い人です。ただそれでも敵の攻撃をすべて避ける完璧回避能力で完勝してきました。
そんな南場さんが100%集中し攻撃を捨てて回避に徹するようになったら一体どうなってしまうのか……私にも想像がつきません。銃でも仕留められるかどうか……マシンガンでもすべて避けきってしまうかもしれません」
菅原の話を聞いて結衣は与えられた絶望感がハンパじゃなかった。
結衣には
結局流星の完全勝利になりそうだ。やはり提央町最強の名は伊達ではない。一瞬だけでも勝てそうと思わせただけでも哲也は大健闘したと言える。
流星が優勝する。結衣が流星の彼女になる。その未来が現実味を帯びてきた。
哲也が優勝して提央祭を廃止させる未来は夢と散りそうだ。
結衣は流星といろいろ因縁があるし絶対に交際なんてしたくない。
かといって提央祭が廃止されたらそれはそれで面倒なことになりそうだが……
そういうのは今はおいといて純粋にこの勝負に興味がある結衣は画面に釘付けになった。
流星が2階から飛び降りて1階に着地。
「……まあ、ここであきらめるような腰抜けではねーよなお兄様は。オレも避けるけど逃げも隠れもしねーから安心しろよ」
スピードにおいては圧倒的な差を見せつけられた哲也。
しかし哲也の目はまだ死んでない。自分で言った通り絶対に降参することはない。
動揺、焦りはあるものの気合いと根性でカバーして闘志の火を絶やさない。
いくら差があろうとも哲也に危害を与えることはないと言っている以上、哲也の心が折れない限り決着はつかない。
妹を守る想いから来ている哲也の強靭な心は、いくら流星でも容易く折ることはできない。
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