100.殺意が高い兄さん
南場流星と北条哲也の決戦が始まる。
さっきまでの怒号がウソのように会場はシーンと静まり返った。結衣も菅原も真里奈も星羅も静かに動かずに提央祭に注目していた。
結衣の感情は複雑だ。どっちに勝ってほしいかと言われたらそりゃ兄の哲也に勝ってほしいに決まっている。
だが少しでもヤバくなったらすぐ棄権してほしい。兄の勝利よりも兄がケガしないことだけを切に願う。
真里奈の感情も複雑だ。真里奈は流星が好きなんだから当然流星に勝ってほしいと思っている。
しかし、哲也にも負けてほしくないと思う自分がいて、真里奈自身が一番困惑していた。
星羅はゴチャゴチャ余計なことを考えずにシンプルな感情を持っている。
あんなに強くぶっ飛ばされても全然効いてない流星をさすがお兄ちゃんだと素直に感心した。
しかし当然だとも思っていた。兄が最強だから負けるわけないと信じて疑わない。星羅は完全に流星を応援する。
だがそこで星羅はハッとする。
違う、今回ばかりは流星を応援するべきではない。今回だけは流星に優勝してほしくない。
ならば相手の哲也を応援するべきか。しかし彼は大嫌いな結衣の兄のようだ。そんな男応援したくない。どっちも応援したくなくて星羅は頭を抱えた。
哲也も見た目は静かで落ち着いているが、内心は爆発寸前の闘志と憎悪を燃やしていた。
目の前の男、流星を絶対に許さない。絶対に叩きのめす。
その時ぽわわわーんと脳裏に真里奈が浮かんでしまい、哲也はハッとして首をブンブンと振った。
違う、真里奈を取られたから憎んでいるとかそういうことでは決してない。
哲也自身のことはどうでもいい、結衣に迷惑をかけるから許せない。この変態から結衣を守ることだけに集中したい。
「どうしたよ? かかってこねーのかお兄様」
「!」
「お兄様の方こそスキだらけだぜ。集中できてねーんじゃねーのか?」
今度は哲也が集中力が欠けていて、流星に煽られた。
あれだけ無様に殴られておいてこの余裕の態度が気に食わない。
「……なんだよ、これは野球じゃないんだぞ? どっちかが先攻なんてことはない。スキだらけなのがわかってるなら殴ってこいよ」
「お兄様の方が年上だから敬意を表してんだよ。ホラ、早くかかってこいって」
何が敬意だ。この男は思ってもないことをベラベラとしゃべる。
そっちがそのつもりなら哲也も遠慮なく行く。
哲也は地面を蹴り上げて、真正面から流星に突進していく。
何の躊躇もなく殴りかかる。
―――ブオン!!
「!!」
一切躊躇のないまっすぐのストレートパンチ。確実に流星の顔面を捉えようとしていたはず。
しかし、哲也がパンチを撃ち終わった瞬間にはもうそこに流星の姿はなかった。
流星が消えた。どこに行った? 哲也は探そうとする。
「ハハハ、すっげーパンチだな」
「!!」
「だがどこを狙ってんだ?」
「……!!」
流星は哲也の真後ろにいた。
哲也の背筋にザワッと冷たいものが走る。
やっぱり速い。哲也でも捉えられない。
流星の速さの異常性を結衣はハッキリと思い知ることになる。
哲也の後ろに立つ流星は特に何もしてこなくて、時間だけが過ぎていく。
「……どうした。何をしている」
振り向くことなく後ろの流星に問いかける。
「お前は今俺の背後をとっているんだぞ。なぜ攻撃してこない?」
ザワザワと発せられる闘気を哲也は隠せない。
「……くくっ、まあいいじゃねーか。オレの勝手だ」
「ッ……!! 貴様……」
ナメプされていると悟った哲也は怒りの火山が爆発した。
振り向きざまに流星に攻撃する。至近距離だったがこれも流星に躱される。
攻撃の手を緩めない。また攻撃の鉄拳を放つ。これも躱される。
今度は素早く蹴りを放つ。しかしこれも真上にジャンプする流星に避けられた。
ジャンプした流星はクルッと1回転して哲也の背後に回る。哲也はこれを見逃さずすかさず全力の蹴りを放った。
ドゴッ!!!!!!
「うぉっほぉ!!」
今の蹴りはギリギリ躱した。流星は少しだけヒヤリとしたがそのヒヤリ感を楽しんでいて自然と笑顔になっていた。
ビキッ、ビキッ……
ドゴォン!!!!!!
流星がなんとか避けた哲也の全力の蹴りは壁を直撃して壁にヒビを入れて叩き割った。
「えぇーーーっ!?!?!?」
戦う哲也を初めて見る真里奈はもちろん、哲也の強さをよく知ってるはずの結衣ですら哲也の蹴りの破壊力に衝撃を受けて思わず声を漏らした。
「ふぅ……危ねぇ危ねぇ」
流星は冷や汗を流しながらスタッと着地する。今までの戦いで一番危機感を感じた瞬間だった。
「……なんですか今の蹴りは……空手の達人ってレベルじゃないと思うんですが……」
提央祭で今まで何度も強者たちの実力を見てきた菅原も、今の哲也の蹴りに驚きを隠せない。
「わ……私もびっくりしてますよ……あんなに殺意が高い兄さん初めて見ました……」
今まで結衣が見てきた哲也の姿はあくまで
今回は
いきなり哲也の本気を見れた流星は心から喜んだ。今までの提央祭では得られなかったワクワク感がいっぱいになった。
「ハハハッ、ホントにすげーなぁお兄様。さすがのオレも今の蹴りをまともに食らったらひとたまりもねーや」
流星の言葉は本心だった。心から哲也の強さを認めて賛辞を贈った。
だがそれでも、流星は余裕の笑みを崩さない。これだけの強い攻撃をされても一切焦りはなかった。
「
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