98.命をかけるほどの価値がある

 木戸は慎重に警戒して流星の様子を見る。

どこからどう見てもエロ本に釘付け。スキだらけなのを確認して木戸はほくそ笑んだ。


テレビ放送してて結衣が見ていることも忘れてしまったのだろうか。流星は自分の醜態を一切隠そうともしない。

提央町の王ともあろう者が、みっともない姿を晒しまくっているのを木戸が見逃すわけがない。


木戸はトラップのロープをギュッと強く握りしめた。流星の足元にロープの輪が仕掛けられていることを、流星は気づいていない。大チャンスだ。



今日から王は自分だ。勝利を確信した木戸は一気にロープを強く引っ張る。

流星の足を縛り、逆さまに吊るす―――はずだった。



「―――……ッ!?」



だが、そこに流星の姿はなかった。


油断はしてない。よく確認したはず。確かについさっきまでそこにエロ本を読んで鼻の下を伸ばしてた流星がいたはずだ。


なのに、いつの間にか流星が消えた。本当に気がついたらいなくなっていた。いつどこに行ったのか、木戸の目では確認できなかった。

何も捕まえてないロープの輪は空しくブラブラと宙に揺れるだけだった。


間違いなくついさっきまでエロ本を読んでいたはずなのに、なぜいない。



「よう」



「―――!!!!!!」



流星の声がした。めちゃくちゃ近くで声がして、木戸の全細胞が冷温停止した。


流星は超速の持ち主。木戸が気づかないうちに木戸の背後に立っていた。



「ひいいいっ!? な……南場さんっ!?」


まるでホラー映画でゾンビに襲われたようにガチでビビって腰を抜かす木戸。



「そんなビビんなよ木戸。驚いたのはこっちだぜ」


流星は笑う。しかし目は笑っておらず冷酷な目をしていた。



「いや本当にびっくりしたぜ。ブラックドラゴンズの中で一番弱くて臆病なお前が提央祭に参加するとは夢にも思わなかった。マジで予想外だ」



流星にとってかなりの想定外の出来事だが、提央祭というものは想定外のことが起きるくらい当たり前。

流星には経験がある。今まで何度もイレギュラーを経験し何度も切り抜けてきた。だから流星は慌てない。


慌てない流星は微笑しながら木戸の肩に手を置く。木戸はガクガクと震えすぎて冷たくなっていた。



「提央祭に参加すること自体は何も悪くねーんだからそんなビビんなって。むしろオレは嬉しいぜ? 参加者は1人でも多い方が楽しいからな」


流星は本当に嬉しそうにしている。だがそれが余計木戸を震え上がらせた。



「だがお前さ、提央祭のルールちゃんとわかってるよな? 優勝できるのは1人だけなんだぞ。ひ・と・り・だ・け!!

どんなに実力が拮抗してようが2人3人優勝するなんてことはない。チームで出場してリーダーが優勝するというやり方もあるが、オレの場合は1人で十分だし舎弟にサポートしてもらう必要なんて一切ない。

―――つまりお前はオレの邪魔をするつもりだったってことでいいんだよな?

お前はオレのチームでありながらオレに逆らう裏切り者……敵とみなしていいってことで、いいんだよな?」



流星の瞳孔が開き、とんでもない圧力を木戸にかけた。


わかっている。提央祭に出た時点で流星リーダーに対する裏切りであることはわかっている。提央町最強の男を敵に回す覚悟はしてきた。


覚悟をしてきたはずなのに木戸は蛇に睨まれた蛙になった。それだけ流星の威圧感が凄まじかった。




 ブラックドラゴンズのメンバーも木戸が提央祭に出てることに気づいた。ラーメン屋でラーメンを食べながらテレビを見ていた時に木戸が映ってて驚いた。



「おいテレビ見ろよ!!」


「あ?」


「木戸が提央祭に出てやがる!! そして南場さんに絡まれている!!」


「はぁ!? 何考えてんだあいつ!? 南場さんに殺されるぞ!!」



木戸の裏切りがメンバーにもバレた。




 流星は木戸の身体を強く押した。木戸の身体は無抵抗で突き飛ばされる。



「一応聞くがお前はなんで今回の提央祭に参加した? 今まで参加しなかったくせになんで今回に限って参加したんだ」



なぜ参加したのか? 木戸はその問いに答えられるわけがなかった。

流星の妹、星羅とセックスしたかったからなんて口が裂けても言えない。


それにあわよくば結衣ともセックスしたかったなどと考えていたから余計言えない。木戸は黙るしかない。



「……やっぱり結衣が目当てか?」


「!」


流星の尋問に圧力が加わる。木戸はギクッとした。



「お前さぁ、そりゃもう言い逃れできねーよ完全に100%敵に認定だよ。結衣を狙う男は全員排除するって決めてんだよ」



結衣のことになると流星はもう手がつけられない。仲間とか関係なく全力で殺戮モードに切り替わった。



「覚悟はいいか? 木戸」


「っ……!!」



かつてない殺意が木戸に向けられる。木戸は漏らしそうになるのを堪えることしかできない。


冗談じゃない。真正面から流星と戦ったりしたら死んでしまう。今の状況は絶対に無理で詰んでいる。



木戸が生き残る方法。それは逃げることだけ。



「ひいっ……!!」


木戸は背中を向けて全速力で逃げようとする。


しかし、スピード自慢の流星が見逃すわけがなかった。



―――ドギャッ!!!!!!



木戸の背中に容赦ない飛び蹴りをぶちかました。木戸は力なく倒れてピクピクするだけで動けなくなってしまった。



「バカが、敵に背中を見せるヤツがあるか」


「……ぐっ……うぅ……」


木戸は完全に戦意喪失していた。うつ伏せに倒れたまま起き上がろうとする気力もなく、情けなくうめき声を出すだけ。

そんな弱者に流星は興味はない。



「なんだもう終わりか? そんなんで結衣を手に入れようなんざ100億年早えよ。ハァ……つまんねぇ。エロ本は没収だからな」



流星は呆れたようにため息をつき、木戸に背中を向けて去ろうとした。


―――が、足首をガシッと掴まれた。


流星が振り向くと、倒れたまま流星にしがみつく木戸の姿があった。



「……っ……はぁ……っく……」


足を掴むだけで精一杯で、木戸は瀕死だった。



「……なんだよ。まだいけるなら立てよ。そうじゃねーならのびてろ」


「っ……うぅ……」


立てと流星に言われたが、立てない。それでも掴んだ手は離さない。



「邪魔」


流星は木戸を蹴り飛ばす。木戸は人形のようにされるがまま転がされた。



「ったく……」


流星はまた去ろうとするが、またしても木戸に足を掴まれた。



「…………」


木戸の弱者なりに諦めない姿勢。それを見た星羅はわずかに表情を変えた。


戦意がないくせにしつこくしがみついてくる木戸に流星は苛立つ。



「……なんなのお前。戦うわけでもなく降参するわけでもない。一番つまんねーパターンだな、やめろクソが」


「っ……くっ……」


「何がしたいのお前。しがみついてるだけじゃオレは倒せねーぞ」



そんなことはわかっている。こんなことしても意味がないのは木戸本人が一番わかっている。

逃げようとしといて今さら諦めない姿勢を見せたってみっともないのはわかっている。


しかし、やっぱり負けたくなかった。勝てないとわかっていても優勝したい。


木戸は確かに臆病だ。たぶんこの町で一番ヘタレだ。だから流星の下について虎の威を借る狐になって自分も強くなったつもりでいた。


そんな木戸がすべてを捨てる覚悟で流星を裏切ることに決めた。


そこまでしてでも木戸は星羅とセックスがしたかった。


笑われてもいい、笑いたければ笑え。木戸は仲間との絆よりも女とのセックスを優先した。

しかも彼女どころか友達ですらない女とだ。さらには流星リーダーの妹とだ。



だが、童貞の木戸にとってはセックスが命をかけるほどの価値がある。



完全に不純な動機だが、それでも木戸は根性を見せた。熱い気持ちを示した。



―――ズギャッ!!!!!!



だがその想いも空しく、流星に強く蹴られて壁に叩きつけられた。



壁にヒビが入るほどの強い衝撃。



「そ……んな……」


童貞を卒業できるチャンスを最後の最後まで諦めたくない。

しかし、その気持ちより流星の蹴りの方が強く、木戸はあえなくズルズルと倒れ込んで失神した。


完全に勝負あり。木戸はこれにてリタイアとなった。



「ケッ……つまんねぇ弱すぎだろ。まあ……気合いと根性だけは認めてやらんこともねーけどな。だがどうせ不純な動機なんだろ?」



そう吐き捨てて流星はその場を去った。


その様子を見ていた結衣は『不純な動機なのはあんただろ!』とツッコみたくなった。



「うーん……木戸さんはこれでリタイアですかねぇ……惜しかったですね、一発目の蹴りをなんとか耐えてたし健闘した方でしょう」


菅原は素直に木戸の健闘を讃えた。



星羅はしばらくテレビの画面を見たままほんのわずかではあるが笑みを浮かべた。

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