96.オレめっちゃいけるじゃん

 「―――ぐあああぁぁぁ!?」



雷堂が落とし穴に落ちていく。

神経質で用心深い木戸は念には念を入れて落とし穴をものすごく深くしておいた。

体重がかなり重い雷堂は凄まじい勢いでヒュウゥゥゥ……と落ちていく。


それを見ていた全員が衝撃すぎて一時的に停止していた。



「ああああああ……」


まだ落ちている。どこまで深いのか。いつになったら底にたどり着くのか。



―――ズシンッ!!!!!!



ようやく底に落ちたようだ。重い雷堂が深い穴に落ちた衝撃で軽い地震みたいになっていた。



―――シーン……



しばらく会場の空気が凍りついていた。みんなが無言でどう反応していいか困っていた。



「…………え……マジで……?」


「何しに来たのこいつ……」


落とし穴の一番近くにいた参加者2人が心底呆れたように言った。

あれだけイキってたのにこんなわかりやすい落とし穴に引っかかるのはバカすぎて笑えない。



「……あ……あの……雷堂さんってこれで失格になるんですか……?」


まさかの展開に困惑しまくっている結衣は言葉を出すだけで精一杯だった。


「……いや失格とかはないです。制限時間までに上がってこれれば復帰できます。

……が、落とし穴は深そうですし重い巨体ですし登ってくるのはちょっと厳しいかもしれません」


菅原もこの展開は予想外ではあったが落ち着きを取り戻し冷静に答えた。



「雷堂さん大丈夫なんですか……? あんな深い穴に落ちてケガでもしたら……」


「大丈夫でしょう。見ての通りものすごく頑丈ですし」



 落とし穴の近くで隠れながら様子を見ていた木戸。

まさか落ちる者がいたなんて、落とし穴を作った張本人が一番驚いていた。


「オ……オレが作った落とし穴にハマった奴がいた……!! しかもめちゃくちゃ強そうな奴が落ちてくれた!

……実質ようなものじゃね? あんなに強そうな大男を……オレがやっつけた! このオレが……!!

……あれ……もしかして、オレいけるんじゃね? すげー強そうな奴を倒せたんだしオレもガチで優勝を狙えるんじゃねーか……!?」



始めは信じられなくて戸惑っていた木戸だったが、時間が経つにつれて雷堂を穴に落とした実感が湧いてきて自分に自信がついてプルプルと震えてきた。


完全にあきらめていたはずの『優勝』の希望の光が見えてきて、不思議と高揚感に包まれていた。


「そうだよいけるよ!! なんでもありなんだし全然いけるって!!

提央祭に出る奴なんて脳筋バカばっかりなんだしちょっと頭使えばオレでも優勝いける!!」


震えながらガッツポーズを決める。優勝の可能性がほんのわずかでも出てきただけでこんなにもモチベが変わる。



「やっべぇ、優勝したらどうしようか? 考えたこともなかったから今から考えなくては!!

まずはお姫様を彼女にする! これ最優先!

そして白崎先生を愛人にする! ついでに妹様も!

あとは提央町の若い女の子全員をミニスカ強制にしてそれからそれから……!」



周りに聞こえないように小声で好き勝手なことを言いまくる。

自分に自信を持つのはいいことだが、それが行きすぎて木戸は調子に乗ってしまった。まだ優勝してないのに優勝したつもりになってしまっている。


今まで流星に怯えて卑屈だった反動が今ここで来ていた。

結衣、真里奈、星羅を好き放題する妄想をしてついニヤついてしまう。


その妄想が伝染するかのように、結衣にも真里奈にも星羅にもゾクッと寒気のようなものが走った。



 落とし穴に落ちた雷堂を見て流星は嘲笑うようにハァ……とため息をついた。


「提央祭は戦争だってのに足元にすら気を配れねーとかマジで話になんねーわ。そう思わねーかお兄様」


「知るか、他人のことを笑ってる場合か? その余裕の笑みを今すぐ消してやる」


仕切り直してまた哲也が流星に戦いを挑む。



「……フッ、まあそうカリカリすんなって……―――!」


流星はハッとした。哲也の背後に敵が襲いかかっているのが見えた。

金属バットで哲也の後頭部を殴ろうとしている。哲也は流星を倒すことだけに気を取られていて後ろから攻撃されていることに気づかなかった。



「!!!!!! 兄さ―――」



兄に危機が迫って結衣が叫ぶ。



その瞬間、流星が自慢のスピードで瞬時に哲也の背後に移動し、襲ってきた敵を殴り飛ばした。

哲也が背後の危険に気づいた時には、もうすでに流星が倒していた。

金属バットがカラカラと転がる音がする。



「……!!」


結衣はハッキリと見た。

流星が、哲也の危機を救った。



「……ふぅ、危ねーところだったなお兄様」


「…………」


「ん? どうした?」


「……何のマネだお前……!! どういうつもりだ!!」



敵であるはずの流星に助けられ、哲也は悔しさと怒りでいっぱいだった。



「は? なんでキレてんだよ。助けてやったんだから普通は礼を言うところだろ?」


「ふざけんな!! お前に助けられるぐらいならグチャグチャに殴られた方がまだマシだった……!!」


屈辱だった。哲也はこんな男に助けられてしまった自分のふがいなさがどうしても許せず、出血するほど唇を強く噛みしめた。



「そんなこと言うなよ。結衣が悲しむぜ?」


「……!! ッ……!!」


結衣に心配かけたくない気持ちはお互いに強く、哲也は何も言い返せなくなった。



流星に倒されて失神している男を見て哲也はチッと舌打ちする。


「っ……これじゃ優勝してもケチがついてしまう……俺もまだまだだ、こんなにあっさり敵に背後を取られるとは……イライラしすぎて注意力散漫だったか……」


「ドンマイお兄様、提央祭ってのはそんなもんだ。不意打ちとか卑怯な手は当たり前、理不尽の塊だ。正々堂々のタイマンをするのはなかなか難しいもんだ」


「……ならば先に邪魔する奴は全員ぶっ潰す。お前を殺るのは最後ということにしよう」



流星VS哲也の戦いはひとまずおあずけ。先に他の敵を倒すことにした。



「おう、でも気をつけろよ? その辺の奴にやられんなよお兄様にケガされたら困るんだからな! 結衣のために絶対ケガすんなよ!」


「うるさい!! お前はただ静かに処刑されるのを待ってればいいんだよ。結衣の前で無様に泣かしてやるから今のうちに優勝できなかった言い訳でも考えとけ」


哲也はそう吐き捨てて他の敵を倒しに行った。

流星は哲也の後ろ姿を見てまたワクワクしてきた。



「……おお……! なんかすげー宿敵って感じだ。なんかいいなこういうの。

オレが提央祭に求めていたのはこういうものだよ! すげーワクワクしてきたな!!」


流星は目を輝かせて今日の提央祭が俄然楽しみになってきた。




 ―――その頃、木戸は流星たちから離れた場所で2人の敵を捕らえて吊るしていた。



「やべぇ……オレめっちゃいけるじゃん。イケイケじゃんオレ」



木戸が覚醒した。今の彼にブラックドラゴンズの下っ端の面影はどこにもなかった。

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