95.遅刻しちまった
大勢の敵を倒し、極限まで闘志を研ぎ澄ました哲也の姿がショッピングモールにあった。
テレビでその様子を見ていた真里奈は動けないくらい驚嘆した。
ナイフを持ってる相手に臆することなく倒した哲也の姿に感服した。体術も真里奈にはよくわからないけどすごいのはわかった。
真里奈は無意識のうちにテレビに映る哲也と好きな男を重ね合わせていた。
バッタバッタと敵をねじ伏せていくその姿は提央町最強の流星そのもの。
真里奈は不覚にも哲也にドキッとしてしまっていた。
一方、避難所で見ていた結衣はバクバクと暴れ狂う心臓をなんとか落ち着かせていた。
兄が斬られるかもしれないと思うと怖くて怖くてたまらなかった。兄の無事を確認し安堵のため息をついた。
「よ……よかったぁ……兄さんがナイフで刺されずに済んでよかったぁ……心臓バクバクで怖いです……」
「大丈夫ですか? これからもっと大変ですよ」
提央祭はまだまだ始まったばかり。敵はまだウジャウジャといる。
この程度でビビってるようでは困る。菅原はちょっと結衣が心配になってきた。
コソコソと隠れて様子を見ていた木戸も哲也を最大限に警戒する。
「な…なんだあの人……あんな人この町にいたっけ……? ひょっとしたら南場さんの地位を脅かすかも……」
木戸は哲也のことを知らない。いきなり強い男が現れて木戸は不安と恐怖でいっぱいだった。
いや、木戸には関係ないことだ。
木戸は別に優勝する必要はない。ていうかどうせ優勝できないんだから哲也を気にする意味はない。
木戸の目的は流星の優勝を阻止することだけ。他の参加者はどうでもいい。
木戸にとって重要なのはどうやって流星を止めるかだ。
木戸が今回参加していることが流星にバレたらすぐにやられる。だからできる限り流星にバレないようにこっそりと勝機を窺う。
そして流星は哲也の活躍を見て内心ワクワクしていた。
もともと哲也の実力は高く評価していたが予想以上に哲也が強くてテンションが急上昇している。
今まで強すぎてライバル不在で退屈な日々を送っていた流星にとって哲也の存在は非常に大きい。やっと自分と渡り合えるライバルが出てきてとても嬉しく思った。
「ハハハ、やるじゃねーかお兄様」
流星は哲也に近づいて嬉しそうに話しかけた。
「だが全員倒すのにちょっと時間がかかりすぎなんじゃねーのか? 30秒くらいはかかってたな、オレなら10秒もかからねーぞ。お兄様の戦闘力は申し分ねーがちと要領が悪いな。オレがもっと早く敵を倒すコツを教えてやろうか?」
哲也の強さを素直に認めた上でダメ出しもして自分が格上アピールすることも忘れない。
哲也はギロッと流星に眼光を飛ばして振り向いた。流星の余裕そうな態度が癪に障った。
「……高みの見物をしてられるのもそこまでだ。
―――次はお前の番だ、南場流星」
流星の目の前に立ち、正々堂々と宣戦布告した哲也。
それをテレビで観る結衣も真里奈も緊張感が走る。
しかし流星は緊張感のない表情のままハッと笑った。
「なんだもうやんのか? お楽しみは最後にとっておきてーんだがな……」
少し残念そうに思いながらも、内心昂ぶっているのが隠しきれない様子。
このまま、流星VS哲也が開戦するのか。
「やっべぇ遅刻だァーーーーーー!!!!!!」
「!?」
会場にいる全員も、実況席にいる結衣も、テレビの向こうにいる真里奈もみんなが『!?』となった。
突然ショッピングモールに響く男の野太い声。誰もが声がした方向を向く。
「ちょっと昼寝するだけのつもりだったのに寝過ごしちまったよ、いっけねぇやっちまったぜ!! 遅刻だ遅刻だァーーー!!!!!!」
2メートル近くはありそうな大男が全力で走ってきていた。
「……うっせぇな……誰だあいつ? 見ねぇ顔だな……」
流星は露骨にうんざりした表情で突然現れた大男を見ていた。
突然会場に現れた大男の正体。
提央祭運営の副会長、雷堂炎次郎だ。
『あ、雷堂さん今頃来たんですか。そういえば来てないなーって思ってましたが』
提央祭に出ている者、見ている者の中で唯一菅原だけが突然の雷堂襲来にも落ち着いた対応をした。
雷堂はキョロキョロして巨大なテレビ画面に菅原がいることに気づいた。
「あ、会長!! 遅刻しちまったけど大丈夫だよな!?」
『はい、終了時間までに参加すれば全く問題ないですよ』
「よっしゃやったぜ!!」
こうして雷堂も正式に提央祭に参加することとなった。
結衣は雷堂のことを全く知らないので困惑の表情を止められない。結衣視点での雷堂の第一印象はとても怖くてビビりっぱなしだ。
結衣がビビるのも無理はない。雷堂はとても大柄で目つきもかなり悪く派手な金髪をツンツンと逆立てていてどう見ても悪党感がある。
「な……なんですかあの怖そうな人は……菅原さんのお知り合いですか?」
「はい。彼は雷堂炎次郎という人で、提央祭運営の副会長です」
「えっ……副会長なんですか? 失礼ですがそういう人には見えなくて……」
「まあ、結衣ちゃんがそう思うのも仕方ないです。どう見てもチンピラですよねあれは。
彼に関することは申し訳ないんですが企業秘密です。いやー、結衣ちゃんにはなんでも教えてあげたくなっちゃうんですけどいくら結衣ちゃんでも雷堂さんのことは教えられないですね、すいません」
「いや別にいいんですけど……重要なことはしゃべっちゃダメですし」
結衣にも言えないくらい雷堂については極秘となっていて彼が何者なのかは運営以外誰も知らない。
結衣は実況用モニターで雷堂をよく観察してみた。
それにしてもすごく強そうな人だと思った。身長も流星より高そうだし体格もすごい。
雷堂の佇む姿は威風堂々。いるだけで周りに重圧をかける威圧感。
まるでクマやライオンのような猛獣だ。
とにかく彼はでかい。周りの人間と並ぶと一目瞭然、他の人間がみんな子どもに見える。
「―――クックックッ……ハッハッハーッ!!!!!!」
見た目に恥じぬドスの利いた雄叫びをあげてドスドスと巨体を揺らしながら走り出した。
他の参加者が唖然とする中、流星は冷静に雷堂を観察していた。
「本当に誰だあいつ。あんな奴提央町にいたっけ? 提央祭に出たことあったっけ? いや……あんなでかくてガタイがいい奴一度見たら忘れねぇはず……間違いなくあいつは今回が初めての出場だ」
提央町最強の不良で誰よりも提央祭をよく知ってて運営会長の菅原ともそれなりに絡みがある流星ですら、雷堂のことは全く知らなかった。
副会長なのに、すべてが謎に包まれた男だ。
「……てかあいつめっちゃ足遅くね? 全体的に動きが鈍いトロすぎる。
ステータスをパワーに全振りしてんのか? ハァ……ちょっとは歯ごたえある相手かと思ったのにガッカリさせてくれるぜ」
流星は冷静に雷堂の動きを分析。その結果、雷堂は大したことないという結論に至った。
見た目に惑わされず、落ち着いてよく見れば実際は大したことないのがよくわかる。
とにかく足が遅い。ドスドスと無駄に大きく足音を響かせているのもマイナス。あれでは敵にすぐ気づかれて逃げられる。
そして無駄にでかくて目立つ。声も無駄にでかくて目立つ。あれでは敵に自分の居場所を知らせているようなもの。あれで獲物を仕留めるなど到底無理だ。
いくらパワーがあっても当たらなければ意味がない。あんな愚鈍な動きをしている時点でスピード最強の流星にとっては恐るるに足りない相手。
流星は雷堂に興味を持てずスルーした。
「ハッハッハ!!!!!! いいなァ提央祭!!!!!! ワクワクするなァ!!!!!!
さァ暴れまくってやるぜェ!!!!!! このオレ様は誰にも止められねぇぜぇぇぇハハハハハハ―――」
雷堂は勢い任せで暴走した。周りがドン引きして道を空ける中ズンズンと走り回る。
「―――ハ―――……」
―――ズボッ!!!!!!
誰にも止められない暴走重戦車の雷堂がいきなり止まった。
落とし穴を踏んづけて、落ちた。
木戸が仕掛けておいた落とし穴だ。ビニールシートが敷かれててあからさまに怪しくて誰も引っかからないようなバカバカしい罠に、雷堂がまんまとハマった。
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