第二節 鬼と猫の死闘

 そこには斬られたはずの鬼が生きていた。上半身と下半身を斬ったのではなく、どうやら左腕を切り落としただけのようだ。あの技を出されては鬼も流石に冷や汗が出ていて、避けることに必死だったようだ。


「能力を全開に出して正解だったぜ。あんなもんまともに食らったら確実死ぬ」


 ルミエールは薄々気づいていた。鬼も能力を使えるということに。使える能力はさっきの斬撃をして、生存確認したその時になってようやく気づく。そしてその能力が確信に変わる。


「もしかしなくても〝見えている〟な?」


 それを聞いた鬼は今更かよと思わず、すんなりとお見事、よく見抜いたなという顔をして笑っていた。

 反応からするに、ここに来た人たちはほぼ理解できずに殺したようだ。ルミエールの表情は曇っている。鬼の能力が非常に厄介なため。


「まぁ、傷をつけたことには褒めてやるよ」


 次で最後にするべく、ルミエールは全身に力を溜め始める。瞼を閉じながら、叫び始める。


「なら、これならどうかな? ドラゴンハーツ、サード!」


 開くと目の色が黄色から赤くなり、手の爪が長くなる。竜族の能力解放の第三形態を使う。殺気が広範囲に放たれているが、目の前にいる鬼は怯むことなくやっとかという思いで満面の笑みを浮かべていた。

 そして、斬られた腕はものの数分で骨から筋肉、皮膚の順番に再生していく。まるで巨人を狩るアニメのように。


「これからのようだな。楽しくなってきたぜ」


 鬼は無の空間から刀を生成して構えている。それを見たルミエールは少し驚いた様子で槍を握りしめ、戦闘体勢になる。そして、大きく振り下ろしてもう一度斬波を出現させ、一回目よりもスピードが速く雷が落ちるレベルまで音が広い範囲にわたって鳴り響く。


「こんな攻撃が我に効くとでも?」


 今度は避けることなく、刀を強く握りしめると同時に刀身が紫色に変色する。くうを斬ると先程まで迫っていた斬波が調和されて二つになり、鬼の真横を通り過ぎる。砂埃が舞って視界が悪くなりどこから襲ってくるかわからないほどになっていた。

 斬波のようなものが数発砂埃の中から現れて、とっさに手に持っている槍のブレードで受け流す。ルミエールの真横を目にも止まらぬ速さで通り過ぎると同時に右腕を切り落とされた。


「ぐっ……いきなり強くなった!?」


 鬼が通り過ぎた勢いで衝撃波が発生して、反射的に片腕だけで槍を地面に刺して飛ばされないようにした後、抜いて背後に振り向き左腕だけを使って鬼に向けて筋肉を極限までに縮める。

 限界まで押されて開放された強力なバネが伸びて槍を勢いよく投げると同時にバキッと腕を鳴らして鬼に投げつける。爆発音と共に。


「なかなかいい動きをするな。殺しがいがあるぜ」


 槍はライフル弾と同等の速さで投げるが、それも敵わず刀身で弾き返し、空へ飛んでいく。最大の全力を尽くしたつもりだが、ルミエールは少し焦り始める。

 しばらくすると、切り落とされた腕が鬼みたいに再生して普段通り使えるようになった。二人の戦闘に空に一人の影が空に映り、聞いたことがある声だった。


「アウストラリス、マークツー!」


 その正体はもう一人のルミエールだった。その声を聞いた本人は少しだけ安心した様子で、指を鳴らすと槍が現れて手に取って戦闘態勢になる。一人の分裂体が鬼に対して連射力のあるのアサルトライフルの音を鳴らしながら弾丸を発砲している。


霊魂弾スピリットシェル!」


 最後は構えてながら鬼に照準を合わせてから大口径のスナイパーライフルより数倍も大きな弾を放つ。速度は一九七〇年代の戦闘機のおよそ二倍で、避ける術もなく受けるほか何もないだろう。誰もがそう思っていた。


「残念だったな!」


 鬼がそういうと弾は綺麗に十字の四等分にされて着弾する前に消滅した。ルミエールは何が起きたかわかっていない様子だったが、数秒だけで全てを理解した。目にも止まらぬ早さで十字斬りをしていたことに気づき、鬼の刀身が紫から赤黒く変色する。その刀で勢いよく振ると赤い斬波が勢いよく飛んでくる。


「アウアリス、長い時間お疲れ様。アウストラリス、一緒に鬼を倒そうぜ」


 ルミエールはそう言うと槍が消え、剣がまた無から現れて構え始める。分裂体のルミエールが本体を見なくても察した様子で銃から剣へとモードを切り替える。受け流そうと試みるが、すぐそこまで迫っていて対処できないと思ったようで掠れるか掠れないかの段階で避ける。


「今のを避けるなんてさすがだな。食らってたらもっと面白かったのに……」

「やってくれたな……その数倍をくれてやる!」


 ルミエールは渾身の力で剣を振ると今までにないほどの巨大な斬波が出されて、辺りにあるものを全て豆腐みたいに素早く切っていく。その存在に気づいた鬼はすかさず受け流しをしようとしたが、野生の本能が働きスライディングをして通り抜ける。


「ちっ、めんどくせぇ……」


 鬼が視線逸らしたため、その一瞬が彼女らにとっての最大のチャンスとなり剣から銃へと変更して構える。狙いを鬼の方へ定めてトリガーを指にかけ、本体のルミエールも間合いを詰めようと移動した瞬間に相手がこう言う。


「参ったよ。降参だよ、降参」


 分裂体の方は聞こえたらしく、肝心の本体は聞こえる様子はなく倒そうとしていた。見えているのかガンブレードを駆使して鬼を守るのように競り合いをする。その威力は凄まじく、大きな金属音と地上の花火が綺麗に咲く。その瞬間に思いっきり頬を引っぱたき、その音はとても痛々しい音で周りに響き渡る。


「降参って言ってるのになぜ止めなかった!」


 引っぱたかれたと同時に赤かった目が黄色い目に戻る。叩かれた頬を押さえてポカンとして、なぜ叩いたんだろうという表情をしていた。笑いを堪えながら武器をしまった後に、本体に向かう。頬がりんごのように赤くなり、その姿を見た分裂体は耐えきれずに大笑いし始めた。


「本体、何してんの? うちは聞こえたからいいものの」


 そう言って腹を抱えながら指していた。鬼は分裂体の方にも近寄って平手打ちをし、その音は凄まじくて破裂音であった。その後、鬼は分裂体に向かって何かを言いたそうにしていたが言わずに終わってしまった。

 叩かれた彼女もまたキョトンとしている。お互いの顔を見ながらどうしようかと悩んでいる様子で、気まずい空気が流れているが、この沈黙に耐えられない鬼はこう言い始めた。


「あなたたちはどうしてそんなに強いの? その秘密を教えてほしいな」


 そう言われて二人は不思議そうにしていて、理解が追いついていけなかったようだ。どうやら彼女自身の力不足を認めたようで、もっと強くなりたいという思いがひしひしと伝わってくる。その思いに対して、本体はこう答える。


「それなら、うちのところに来るといい。もう一人のリーダーがうちより強いし、なにより相手してくれるからさ」


 隣で聞いていた分裂体は呆れた顔をしていて、ため息をつきながら冷たい目を見ていた。横目で見ていた本体は首を傾げてながら、どうしてそうなったのか考えていた。鬼の方も何が悪かったのか、理解していない様子。


「簡単に教えたら何するかわからないだろ? 少しは考えようぜ? 今は〝弱肉強食せいとしの世界〟なんだからさ」


 分裂体が発した言葉で鬼はショックで、少し涙目になっている。これはまずいと判断した本体は急いで両腕を開いたと同時に、分裂体の方に鋭い目つきで見る。睨まれた彼女は視線を逸らして、反省の色も見えない。鬼の方は甘えるかのように本体に近づいた。


「そういうの求めてないし、敵対意識がないのに勝手に決めつけないでくれる? この子がかわいそうだろ?」


 グサグサ刺さる言い方をされた分裂体は耳を垂らしてようやく反省の色に染まった。本体は近づいてきた鬼に対して、優しく抱きしめて慰める。鬼は子供みたいに甘え始め、癒しを求めるのであった。


「この人怖いよ……お姉ちゃん助けて……」


 関係が良好な姉妹に見え、分裂体も抱きつこうと近寄るが悪者を睨むかのように見る。鋭い目に恐怖を感じて縮こまるが、しばらくすると急にドロドロになって液体になる。まるでチョコレートのように。さらに時間が経過すると蒸発して跡形もなく消えて、近くで見ていた鬼は目を見開いて何が起きたか理解していない。


「消えるように命令したからああなっただけで、何も心配はいらないぜ。落ち着いたら今後のことについて話そうな」


 頭を撫でたりして落ち着かせるようにすると、もっとしてと言わんばかりに懐いてしまった。彼女はどうしてよいかわからず困り果てる。色々と考えていると陽が沈む方向とは逆の薄暗い空に針で刺した痕の小さな黒い点が見え始める。

 その影は少しずつ大きくなり、二人がいるところに迫ってきている。彼女は母性を使って子供を庇う行動に出るが、針で刺した黒い点は止まることなく大きくなっていく。影の正体がわかったようで臨戦態勢に入り、この状況はまずいと全てを察した。


「お姉ちゃんどうしたの? えっと……その……ごめんなさい……」


 鬼が不思議そうに顔を見た時、とても怖い表情をしていて話しかけない方が良かったという表情をしている。見つめる先を見た時、何かを感じてそのまま蛇に睨まれた蛙と同じく動かなくなる。

 黒い点はすぐそこまで来て、羽ばたく姿が見えた。さらに姿勢を低くするが、鬼の方は相変わらずぴくりとも微動だにしない。


「ルミエール、応援しに行けって言われて来た……ってお前! 何をしてんだ! 今からこいつを……」


 その姿はルティーヤと非常に似ている。容姿から服装まで全て。しかし、服やら髪型やら何もかも瓜二つだが、髪色と前髪のメッシュ、虹彩、服の色、ブーツの色、そして口調も全て違う。

 この子には手を出させまいとルミエールは守るが、その竜娘は違ったようで殺意むき出しにして近づく。ルミエールは鬼の目を隠し、竜娘の頭に渾身の蹴りをしようとしたが、相手の反応も早く腕で簡単に伏せがれてしまった。強く打ちつけた音が辺りに響き渡る。


「いいからまずは話を聞け! いきなり殺そうとするな! ドラグーン学園に所属してるなら今すぐその殺気をなくせ!」


 殺気がかなり目立ち、彼女でさえ冷や汗が出るほど焦りを感じている。まずは話をしなければならないと感じ、躊躇なく刺々しい言葉を竜娘に放つ。その表情は険しく襲いかかる準備をしている。

 蹴られた竜娘は納得しない様子で言うことを聞くが、後で覚えとけよという目付きで睨む。鬼の方はカタカタと震え始め、何とか慰めようと必死の彼女。


「邪竜、この子にはもう闘う意思は見られない。今後のために連れていく」


 その発言で邪竜という名の竜娘は驚いた表情でこちらを見つめている。その様子は焦りも感じる。


「おまっ正気か!? んなことしたら俺らの拠点がめちゃくちゃにされるかもしれねぇぞ!」

「うちらの方に付ければ戦力は大幅に上昇する。それが見えたからそうしたい。わかってくれるよな?」


 ルミエールはそう思わないで、こちらに味方つければ大きな戦力になると予想していたために提案したが、邪竜は猛烈に反対をしている。それもそのはず、拠点を破壊できるほどの力を持っているためである。だが、彼女は納得できないため反対をする。

 言い合いをしてからもう数時間が経過して、辺りは街灯もないためすっかり闇に包まれる。キリがないと判断したルミエールは最後の手段に出る。


「うちが面倒を見る。もし不審な動きをしたらうちを殺せ。責任は全て背負う」


 とても無茶なことを発言した彼女を見て、邪竜はそれはできないと思っていた。目を見れば本気だとわかり頷いた。これで事なきを得たが、次の問題は鬼の名前決めに差し迫る。

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