第31話 わがままかな

三人の空気はよどんで感じた。

空気ってこんなに重かったっけ?


裕翔くんはいつもより小さな声で話をはじめた。

弟たちが二階にいることを気遣ってだろう。


「どうする?俺さ、はっきりしないの嫌なんだよね。菜穂ちゃんは俺の彼女なのに、それを皆には言えない。今のところ、変な噂のせいで、心晴の彼女みたいに思ってる人たちもいて、正直、気分悪い。俺はこの状態ではいたくない。それって俺のわがままかな?」


そう言うと、私の方を真剣な顔で見た。裕翔くんの言ってることはわかる。でも、それは難しいことで・・・私はそんな強くないから。


「わがままだよ裕翔」


心晴がそう言うと、裕翔くんが心晴を睨む。


「お前がそうだったらどうすんだよ?俺と同じ事を言うだろ?」


心晴はにっこり笑って、


「言わないよ。そもそも、そんな事にはさせないから。」


挑発してるよに見えた。


「何だよそれ・・・」


裕翔くんは何かためらっている様な表情。


「僕は裕翔ほど強引じゃないし、わがまま言わない。その分、出遅れてしまって損もするかもだけど、時間があるのなら、時間をかけられるら、僕は菜穂を幸せにしてあげられる。守れる。困らせたりしない。

菜穂、僕にしなよ。僕をお勧めします。」


そう言うと、心晴は私を見た。告白?


「お前さ、そもそも土俵の上にもいないのに戦い仕掛けてくんなよ。言ってんじゃん。菜穂ちゃんは俺の彼女だって!」


心晴はクスクスッと笑って、


「彼女って言ってるけどさ、菜穂の事をどれだけ分かってるの?僕と大差ないと思うけど・・・何なら昨日、僕と菜穂がすごした時間は濃厚で愛情あふれるものでさ。だから裕翔の方が彼氏面してて格好悪いと思うよ。ね、菜穂。」


困った。

困ったのは、心晴が今言っていることに対して何も嫌な気持ちが芽生えなかったからだ。

本当なら裕翔くんの彼女として、こんな勝手な事をズケズケ言われたら、否定的な気持ちになるだろうけど・・・心の奥底では、”喜び”に近い感情があった。どうしてしまったんだろう?

私、裕翔くんが好き。出会って間もないほどの付き合いでしかないけども、初めて私なんかに興味を示してくれた人。彼に告白されたとき、心の底から嬉しかった。


王子様が告白してくれたんだもん。


ん?待って・・・私、違うんじゃない?

皆が憧れる王子様。裕翔くんという人が好きだって言ってくれたことに舞い上がって、好きな気持ちになってただけで、本当に彼の事が好きなのかな?


さっき、心晴が”僕にしなよ”言ってくれて嬉しかった。あの気持ちは何なんだろう?


裕翔くんからもらった告白の日の胸の高鳴りとは違った気がした。


それは彼らの言葉や仕草、キャラクターの違いであって、たいして意味もないのかな?


恋愛初心者の私にとって、この状況は難しいもので、気が付くとしばらく心の自分と葛藤していて、苦しくて苦しくて・・・どうにもおさまりのつかない自分自身が許せなくて、涙がポロリ。


すると、裕翔くんが心配そうな顔でこちらを見て、それと同時に心晴は私の前にピョンと座りなおして白くきれいな指で涙を拭いてくれた。

裕翔くんはその心晴の手をつかみ、


「お前!!」


と引き離す。


「痛い痛い」


心晴が痛がりながら、裕翔くんの手を振り払う。


「何してんだよ!調子乗んなよ。」


裕翔くんが少し大きめな声になる。心晴は二階に目をやりながら、ひとさし指で口元をおさえて、


「裕翔、興奮すんなって・・・あいつらが心配するだろ?

お前さ、直ぐに周りが見えなくなって突っ走るの悪い癖だよ。菜穂も怖がるからやめろよ、そういうの・・・。」


心晴がいつになく男らしい顔つきで言う。いつもはフェミニンなのにそのギャップがきゅんとしてしまう。


どうしよう・・・私、心晴にひかれ始めている。

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