第19話 にやけ顔

辺りが薄暗くなって来た。

菜穂が不安な顔をしているから、僕は部屋の電気をつけた。


「なんだか、“最悪~“って感じの顔してるね」


斜め向かいの椅子に座って、声をかけた。


「…私は何をしてるんだろう?って、自分にがっかりしてるだけ。」


よかった、菜穂の暗い表情の理由の一番が、僕と二人きりが居心地悪いって言うわけではなさそうだ。


そう思うと、やたら顔がにやける。僕は素直な生き物だから。


「何で笑ってるの?」


菜穂は不思議そうな表情になる。その表情は無垢な子供のようでかわいらしい。


「だって、なかなかないでしょ?こんなスリリングな状況。」


そういう僕の目をジーっと見て、


「スリリング?まあ、確かにスプラッタ映画みたいな状況よね。」


菜穂の言葉が面白すぎて、僕は声を出して笑う。


「菜穂は面白いね!この状況を、スプラッタ映画にするなんて…じゃ、僕らの立ち位置はどんな感じかな?

恋愛感情ある同士なら、今から濡れ場だよね。」


その言葉に、菜穂は顔をまっかにする。

”真面目そうに見えて、この子はけっこうオマセさんかもしれないな~”

と、僕は菜穂の新しい一面を知る。


「菜穂ってさ、今まで誰かの彼女になった事はあるの?」


こんなチャンスめったとない事だから、この雰囲気を大事にしながら、菜穂へと切り込む。


「・・・ ・・・」


黙り込む菜穂。裕翔の事、この期に及んで隠そうとしてるとか?この前、デート現場で会った事もなかったことにしようとしてるの?どうして隠してるんだろう?裕翔と付き合うなんて、めっちゃ自慢だろうに・・・。ま、菜穂はそう言う読めない所がまた面白いんだけどね。だったらその隙に僕は容赦なく入り込んじゃうけど、いいの?菜穂?


「彼氏とかいないならさ、僕の恋人になってほしいな~」


直球で様子をうかがう。菜穂は一瞬きょとんとこちらを見て、


「何言ってるの?」


真顔で言った。俺はいつになく真剣な顔を作って。


「ずっと見てました。ろくに話したこともないけど、君の事を好きでいました・・・っていう意味だよ。」


そう言うと、菜穂は”クスクスッ”っと口に手を当てて笑って、僕には今まで見せたことがないような笑顔を見せた。

それはとてもあの人に似ていて・・・僕はまるで、過去の一瞬に戻って、もう会えないと覚悟を決めた愛実に、また会えたような気さえ感じてしまい。気が付くと涙が出ていた。


その時、菜穂は慌てて、ハンカチをポケットから出して、僕の頬にあてた。

僕は思わず、その手を引き寄せ抱きしめた。


菜穂の高鳴る心音がこちらまで届く気がした。


「心晴・・・くん?」


戸惑いが伝わってくる。ごめん菜穂・・・でも今は僕のワガママ許してよ。


「心晴くんじゃないだろ!心晴って呼んでって言ったよ。」


そう言うと、彼女は少し黙った後、


「こ・・・こはる・・・どうしたの?」


言いずらそうに、だけど、きっと僕が急に泣いたりしたから、気遣ってくれているのかな?この状況を拒絶することはなく、そのままでいてくれた。


「何で笑うの?僕の告白は貴重なんだよ」


そう言うと顔をくいっと上げてこちらを見て、


「モテそうだもんね」


そう言って笑った。

”涙の意味・・・それ以上聞かないんだ・・・。”

そう感じた時、菜穂の事がもっと好きになって僕も一緒に笑顔になり、


「モテモテだよ」


と言って菜穂をもう一度抱きしめると、菜穂は僕の背中を慰める様にポンポンと二回たたいて、ゆっくり離れた。


「心晴・・・私ね。そんなモテる子じゃないから、モテモテの子の気持ちわからない。気まぐれで今みたいな事されたら心臓飛び出ちゃうからよしてよ。」


目を逸らしながらだったけど、菜穂の口調は、今までよりは身近になった様に感じた。僕はそれだけで嬉しかった。


「気紛れじゃないのにな~」


そう言って、微笑むと、菜穂はニッコリ微笑み返してくれた。


そんな甘々な空気を楽しんでいると、大きな音で勢いよくドアが開いた。

僕たちのロマンティックが壊された瞬間だった。


そこから飛び込む様に入って来たのは、校務員の人と教師二名・・・。


既に抱き合ってはいなかったのだけど、とても近くいい雰囲気だった僕たちの方を何やら勘ぐった目で見て、


「井上!工藤に何をした!!」


僕の素行の悪さが教師たちにそう言わせたのは理解できるけど、菜穂の前でそんな言い方はしてほしくなかったな・・・。

僕は立ち上がり教師たちの方へ行き、


「何もしてませんよ・・・まだ」


そう言ってニッコリ笑った。

勿論、その後、僕と菜穂は校長室で説教された。僕らは閉じ込められてしまっただけなのに、被害者な僕らは大人の理不尽の中、”心配させた”という矛と盾で・・・。ま、どれもこれも僕のして来たこと達のせいなのだけど・・・。


菜穂に申し訳なかったけど、二人で何かを共有できたような気持になって、僕ば嬉しかった。



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