3  握り手会

 また、と近づいてくる足音が聞こえた。〈音〉


「ごめんごめん、ごめぇぇぇん!」

 

〈語り部〉初老の男が咩豆売ひづめうちに駆けこんできた。

     宇礼志うれしという、さっきの青年もついてきた。

     とすると、この初老の男が里長さとおさなのだろう。


「天女さまにおかれましてぇはっ。このような、あばら家にて失礼をっ」


「あばら家ってぇ」

 咩豆売ひづめが、口をとがらせた。

「そりゃ、里いちばんの貧乏だが」


「くるしゅうない」


〈語り部〉上がりかまちにミルフィオリは、すっくと立ちあがった。

     土間に、はいつくばった男二人が目線をあげると、

     天女の真白い足が目の前にあり、

     視線を外そうとするが吸い寄せられてしまう。


ころもを持って来てくれたか」


「はいっ。はいっ。男所帯ゆえ、このようなものしか、ございませぬがっ」

 

〈語り部〉宇礼志うれしが地味な色合いの上衣うわぎぬ

     下着一式を棚盆にのせて差し出してきた。


「よし。着替える」

 ミルフィオリは、を脱ぎ捨てた。〈音〉

 男二人はかみなりに打たれたように固まった。


(あー、死ねる。これ、死ねる)


〈語り部〉里長さとおさは涙があふれてきた。

     妻に先立たれて以来、ごぶさただった。


(自分の存命の間に空人ソラビトたる天女が降臨することなどないはずだったに。先代の里長さとおさである父親が、今わの際に、「あー、天女さま」と、うっとりするようにつぶやいていたのは、きっと、これだ。これだったのだ)

 いっとき里長は感傷に浸ったが実務に戻った。

「さすれば天女さま。今後の御予定はどのように」


「んー? 今までの天女は、どのような活動を?」

 ミルフィオリはごまかした。

「ははっ。里の言い伝えによりますと、やまいを治したり、願い事を叶えたりでございます」


「それは専門外じゃ」

 ミルフィオリはくうを仰いだ。

(自分は治療師ちりょうしの資格も、魔法師まほうしの資格もない。ただの学生じゃ)

「帰ろうかな」


「そんなっ」

 里長さとおさが悲鳴に近い声をあげた。

「何か何かっ、お願いします! 里の者は皆、天女さまのご降臨を心の支えとし言い伝えて参ったのですぞっ」


(そうか。空人ソラビトとしては、土地人トチビトの期待に、なにがし応えるべきなのじゃろう)

 ミルフィオリは考えた。 

(乗ってきた飛行艇はこっぱみじんだし、助けは来るとは思うが、しばし待たねばならんし)

「何をしたらよいか? うてくれ」

 ミルフィオリの言葉に、里長さとおさは目を輝かせた。


「まずですな」




〈語り部〉ざわざわと人垣ができている。〈音〉

     里にひとつしかない、おやしろに里人が集まっていた。


「はい、はい。天女さまの前にひとりずつ進み出て――」

 里長さとおさは集まった里人たちを並ばせている。

「できるだけ、一家ずつ並んでくださーい」

 宇礼志うれしも手伝っている。


「何じゃ。これ」

 ミルフィオリは咩豆売ひづめに聞いた。

 

握手会にぎりてかいだね。天女さまに触れてもらうと、寿命が延びるとか厄除けになるという言い伝えだから」

 

〈語り部〉ミルフィオリは、目の前に進み出て来たわらわの右手を、

     両手でやさしく包み込んだ。

     次に来たのは子供の父親か。男は、その右手を衣の腹でぬぐって

     差し出してきたが、衣についていた泥で、よけい汚れた。

     ミルフィオリは気にせず、その手も両手で包み込む。


「天女さま」

 男は、天にも昇る心地のようだった。


 次は、よろよろとじじいが進み出てきた。

「い、生きて、また天女に会えるとはなぁぁぁ」

 しっかと、ミルフィオリの両手を握りしめる。


さまは、天女を見たことがある最後の里人だ」

 咩豆売ひづめが言いそえた。


「あぁ、とうとい。白魚のようなお手々じゃ」

 じじいはミルフィオリの手を離さず、すりすり、なでまくった。


さま。もうそのへんで。あと、まだ並んでいる人、おるから」

 咩豆売ひづめが止めをかけた。


「お名残り惜しい。前の天女さまに会うたとき、わしゃ、紅顔こうがんの美少年じゃった。こちらに来いと天女さまは手招きされてなぁ。それは、もう丹念に——」


(前の天女、何、やった?)


「おかげさまで長生きできましたで」


(さらに、このさま、長生きしそうだ)



〈語り部〉握手会にぎりてかいに並ぶ里人は引きも切らず。

     日が傾くまで続いた。

 



てんにょ天女さ、てんにょ天女さ」

 里のわらわが、はにかみながら、ミルフィオリと咩豆売ひづめを取り巻く。

「おまいらも、天女さまを、お、も、て、な、しする手伝いをせぇよ」

 宇礼志うれしは、やさしく、わらわを追い払った。


「天女さまをお迎えした里は栄えるって言い伝えだ。ここんところ、日照りが続いたり、都では大王おおきみさまが亡くなられたり、えぇことがなかったので、皆、よろこんどります。今宵こよいは、ささやかながら天女さまの歓迎会といたしましょう。どうかお楽しみに」

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