2  咩豆売(ひづめ)の家

「あそこがオリのうちです」


〈語り部〉湖の岸辺に着くと、女子は森の木立を指さした。


うち? どこに?」

「そこだ」


「……え? あ、あのほったて小屋が? 森の木々に一体化して、わからなかったっ。見事な隠匿いんとく技術じゃ!」

 ミルフィオリは目をみはった。


「ではどんぞ」

「ん?」

「おぶされ」

「ん?」

「だっこ、のほうがえぇんか?」

 女子は、ミルフィオリをすくいあげかけた。

「お、おぶされで願うっ」


「しょっつかまって」


(うわぁ。おんぶ? これ、おんぶだね? なんか恥ずかしい)


〈語り部〉女子は、しっかりミルフィオリを背負って歩いて行った。

     背丈はミルフィオリのほうがあるが、そこは天女(仮)。


「天女さまは羽のように、かるいなぁ」


〈語り部〉ぱしり、ぱしりと小枝を咩豆売ひづめの、なめし皮の靴が踏んだ。(音)


「おっと、とと」


〈語り部〉咩豆売ひづめはときどき脇によけた。


「この時期、栗のイガが落ちとるけ」


(ああ、そうか。わたくしが裸足はだしだから。そのまま歩いたら、栗のイガが刺さるから、おんぶなんだ)


「はい、着きました」


〈語り部〉ほったて小屋まで来ると、咩豆売ひづめはミルフィオリを背中から降ろした。


「ありがとう。ヒ、ず、メ」

「どういたしまいて。さ、入ってくりょ」

「お邪魔します……」

 

(うわぁ。天空博物館で見た『土地人トチビトの生活』のジオラマ通りのほったて小屋だ。土間だぁ。足の裏にひんやりするぅ)


「そこに座ってくりょ」


(上がりかまちぃ)


「足、洗いましょ」


(ワンルームじゃな)


〈語り部〉土間にはかまどがあった。

     熾火おきびで炭が赤くなって、パチンとはぜた。〈音〉

     木のフタをした釡には湯気が立っていて、湯が沸いているようだ。


     咩豆売ひづめは幼児ひとりしゃがんだら入れそうな水ガメから、

     手杓てしゃくおけに水を汲み、

     釜の木のフタを開け、同じ手杓てしゃくで湯をすくった。

     それを、ミルフィオリの足元に置いた。


「足、この桶の湯につけてくれなんしょ」

 腰かけたミルフィオリの前に女子は桶を置いた。

 ミルフィオリは両の足をおけの湯に、ぽちゃりとつけた。〈音〉


(あったかーい)


〈語り部〉上がりかまちに腰かけて足を桶の湯につけている

     ミルフィオリのところへ女子は、

     とろりとした液体を満たした木の椀を持って来てくれた。


白酒しろざけ、どんぞ」


〈音〉ミルフィオリは受け取り、一口すする。

(しみるぅ)


「あったまるでぇ」

「ん。あったまるぅ」


〈語り部〉そのときだ。

     外から、さわがしい足音が近づいてきていた。〈音〉


咩豆売ひづめぇぇ! 見たかっ! 湖の色が変わっとる! まっさか、天女さまが!」

「はぁ。んで、今。お、も、て、な、し、しとる」


「わぁぁぁぁぁ! まだっ、まだっ、天女さまの降りられるこくじゃないに~!」

「そんなこと言っても、降りられたものは降りられただ」


「そそそそうだけど! わぁぁぁぁ! っ! て、天女さまに、、羽織らすてっ!」

 

「あいにく。それしかなかったで」


「持ってくる! ころも、持ってくるで!」

 青年は、がばと土間に土下座した。〈音〉

「お許しを! お許しを! すぐにお召し物を用意しますっ!」


「それは助かる」

(まはだかむしろ一枚は、どうかと思ってた)

「それから、ここ、寒いぞ」

 ひゅうぅと、すきま風が入って来ていた。〈音〉


「すぐにっ。すぐにっ直させますっ! ちょと、お待ちをぉぉぉ」

 青年は駆け去って行った。〈音〉


「あれ、何者ぞ?」

宇礼志うれしさ(さん)。里長さとおさあにさ長男

「落ち着きのない男じゃ」

「それは。天女さまが急に降りられたもんで。天女さまのお越しは百年だかごとにじゃと聞いておりましたで、オリも生きとる間に、おもてなしすることはないなぁと油断しておった」


〈語り部〉土地人トチビトの歴で百年に足りぬか過ぎるかに一度、

     豊穣と祝福をもたらすために天女は下界へ降臨するという。

     というのは建前で、それは天界的には窓際と呼ばれる職種だ。


(次に来るの、誰だったかな~。わたくしでないのは、たしかだ~。まだ学生だし。出世頭しゅっせがしらは下界勤務、および、現場仕事はしないって聞いたけど。天女(仮)だけど、この降臨は地上の土地人トチビトにとっても想定外だったのね。どうなるのかな、これ)

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