不時着天女(仮)〈2025年〉

ミコト楚良

天女(仮)降臨

1  不時着

〈語り部〉そのとき、はるか上空に銀の翼の飛行艇、あり。

     その翼が風になぶる音、はげしく――。〈音〉



 「くっ。こんなっ、赤子のやるような失態をっ」


(このミルフィオリ・エスポジトともあろうものがっ)


〈語り部〉操縦する機体が失速しはじめた。

     燃料計の針がゼロを示し、警告灯が点滅している。〈音〉

     こうなれば不時着しかない。

     すでにミルフィオリの乗った飛行艇は

     地上の引力に引きずられて――。


(こんなときに。

 こんなときに言うんだ、きっと)


 「神サマ、たすけて」


 (仮にも天女である自分が言って、むなしいがっ)




〈語り部〉同じころ天空にて、欄干らんかんにたたずむ美女、あり。

     その赤いくちびるの口角が自然にあがる。

     女は誰にも気取られぬように天を仰ぐふりをした。


(銀のつばさ駆る、うつくしき妹よ。

 唐突に訪れた、あなたとの別れに、わたくしは涙する。


 花の中の花。うたの中のうた。よろこびの中のよろこび。

 ミルフィオリ。千の花と讃えられる天女よ。

 安らかに眠りたまえ。

  

 おまえへのとむらいの言葉は、わたくしが捧げる。


 首席天女の座も、あなたの許婚いいなずけも、

 すべて、わたくしがいただくのだから)




〈語り部〉飛び散る白い飛沫しぶき、派手な水音をたてて            

     ミルフィオリの乗った銀の機体は、

     ほぼ一直線に湖の水面に叩きつけられた。〈音〉

     無事だったのは衝撃緩和装置、羽衣ハゴロモのおかげしかない。


     ミルフィオリは、しばらくぼんやりと仰向けのまま、

     水面にたゆたっていた。     


(地上から見るソラって青いんだ。

 天女は死ぬと、どこへ行くのか。聞いておけばよかった)


〈語り部〉その静寂は、すぐに終わった。


「とらまーえた」


〈語り部〉のびてきたかいに1回、沈められた。


「ぐぁふっ」

 

〈語り部〉ミルフィオリは思い切り、湖水を飲んだ。

     それから、ぐいと、みぞおちにかいを差し込まれ、

     引き上げられた。小舟の上だ。


「なんてぇ、ふしぎな色の髪なんだ?」


〈語り部〉仰向けになったミルフィオリをのぞきこんでいるのは、

     黒目黒髪の〈土地人トチビト〉の女子だった。

     ミルフィオリの白金しろがねの髪を、まぶしそうに見つめていた。


「湖にいるからって、魚じゃねえよな?」

 

〈語り部〉〈空人ソラビト〉は見た目より長命だ。

     土地人にはミルフィオリは

     成人したばかりの女子にでも見えているだろう。


「もしかすっと、言い伝えのっ」

 女子は目を見開いて息を止めた。

「天女さまかっ!」


「うぅぅ~」


〈語り部〉ミルフィオリは水が鼻から入ってしまって、つーんとしていた。

     しばし呼吸をととのえ、それから両手を広げ精一杯、気高く言ってみる。


「そうです。わたくしが天女さまです」


(まだ天女(仮)の大学生の身分だが、形から入ってもよかろう?)


「わぁ。天女さまに会うの、はじめてだら。オリ(私)は咩豆売ひづめ。オリの家に来てくんしょ。甘い白酒しろざけをさしあげましょ」


(待って、待って、ここはどこ? 飛行艇の航跡を考えて、多島からなる国。

 外国語学習のかいがないくらい、言語がなまっているところから察するに、

 かなーり辺鄙へんぴな場所に墜落してしまった)


「よ、よきにはからえ」


(成績オールAの学費免除生が、まさかのっ失態っ)


 それから、ひゅうっと湖面を冷たい風が吹いてきた。〈音〉

さむ……」


〈語り部〉ミルフィオリは今、気がついた。

     すっぽんぽんだった。


     どうやら天上のころもは下界で四散した。

     墜落した飛行艇も跡形もなくなっていた。


身体からだが四散しなかっただけ、まし)


「これ、羽織ってくだせ」


土地人トチビト〉の女子は、ガサガサ、荒い目のを差し出してきた。〈音〉


(裸よりまし)


 ミルフィオリは、ガサガサとをかぶった。〈音〉

 

(大学で習った通りだ。土地人トチビトが着るシンプルな貫頭衣かんとういだ)


 それから、女子は岸へと小舟をこぎ出した。〈音〉


「オリのうちにお連れしますで」

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