雪。占い。電話ボックス。

@battera13

雪。占い。電話ボックス。

 すべてに見放された男がいた。

 会社を首になり家族からも捨てられ、絶望の淵に瀕していた。

 白髪交じりの髪はぼさぼさ。歳は四十過ぎ。ヒゲはぼうぼう。背広はよれよれ。めがねのレンズは皮脂でくもっている。肩幅に精気はない。絵に書いたような貧乏人。

 そんな男が北陸の田舎の駅に降り立った。

「ようやく死ねる」

 自殺の名所、東尋坊を目指し歩き出した。地面は雪がざくざく積もっている。都会から来た彼の靴は長靴ではなかった。雪がぐちゃぐちゃ浸してきて、ねばりつくような冷たさに足の指がしびれてきた。電話ボックスが見えてきた。寒さしのぎに入った。中には名刺や写真がわらわらと貼り付けられている。

『お父さん、帰ってきて。ヨシエ』

『ママ、さびしいよ。スミレ』

「どうやら東尋坊はもうすぐだな」

 飛び降りるのに手頃な崖を探していると、黒いレンズの丸めがねをかけた占い師が座っていた。無視して伏し目がちに通り過ぎようとすると、

「いらっしゃい、お兄さん。お一つ占いはいかが」

 みじめさ、敗北感、苛立ち、悲しみ……。黒点交じりの灰色がかったしつこい怒りが彼の心臓を直撃した。瞬間。振り返り、にらみつける。占い師をさげすみ返そうと、おでこから膝まで下卑るようにねめつける。

 年老いた占い師はめがねを外した。

「死ぬ前に占ってみては。もう会うことはないんだから」

 何かが自分の中から抜け出た感にとらわれ、男は素直に右の手のひらを差し出した。占い師は手のひらを両手で包みこみ、かじかんだ手をゆっくり何かを解きほぐすように揉捻する。ごしごし、ごしごし、ごしごし……。

 血の巡りがほとばしりだし、エネルギーが満ち満ちてくる。心地よかった。観念できた彼は揉みしだかれる右手を凝視する。占い師は揉捻をやめずに告げた。

「おまえさん、死にたいのかい。せっかく手のひらがあたたかくなってきたのに」

 男はうろたえるも言葉はでない。

「実はわしも死のうと思っていたんじゃが、一人じゃさびしいと思っておった」

 占い師の手に力が入った。男の手のひらや硬い甲をぐちゃりと握りつぶすくらいの強さだった。

「一緒に死んでくれるかい。いいだろ、もう」

 ピストルが向けられる。占い師の唇がゆがみ引きつり上がる。思いもかけない展開に意表を衝かれた男は何もできない。

「パン!」

 おもちゃのピストルであった。

「今ここで、悪運つづきのおまえさんは死んだ。これからは生まれ変わったつもりで頑張ってみな」

 電話ボックスの公衆電話が鳴り出した。

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