第8話 自覚
ゲハイメ機関の諜報員からの報告を聞いたクラウディアは上機嫌だった。
「全くもって滑稽ですね」
エグモント陣営の王都占拠と同時に起こしたもう一つのアクションにより、ディートリヒ陣営とエグモント陣営の対立はより鮮明になっていた。
「ゲハイメ機関を用いてエグモント陣営が行って来たことを広く王国中に流布し、両陣営の対立を煽る。流石は辺境伯ですね」
「殿下にゲハイメ機関との繋がりがあればこそですよ」
王家に連なる者の命令にのみ従う諜報機関の存在――――自身が王位継承権を巡る内乱に加担する身となった今、アルノルトからすれば容認し難いものであったが……。
「ですがゲハイメ機関との付き合いは、これで終わりにしたい―――――と言いたいのでしょうか?」
そんなアルノルトの思いをクラウディアは、見透かしていた。
「えぇ、秘密などあったものでは無いですから」
その迅速なる諜報能力は、同じ組織内での情報照会によるものだというのは最早、定説とも言えた。
「単刀直入な物言い、好きですよ?」
かく言うクラウディアの目は冷たいものだった。
「殿下が嫌だと仰るのなら構いませんが……」
アルノルトはクラウディアの機嫌を損ねたのかと、すかさず言葉を付け足すとクラウディアはしばらくの間、悩む仕草を見せた。
「私が貴方の元に転がり込む際に、唯一あった繋がりと言えば、ゲハイメと侍女のジーナくらいでした。言ってしまえば、私のもつ王族のアイデンティティは、ゲハイメとの繋がりくらいかもしれません」
クラウディアの置かれてきた環境を知るアルノルトは、何と言葉をかけたらいいのか分からなかった。
「辺境伯の言葉は確かにもっともなことです。でも……決断には時間が必要なのです」
「殿下の心の赴くままに……」
アルノルトは、そう返すのが精一杯だった。
◆❖◇◇❖◆
「少しばかり芝居がすぎたかもしれませんね……」
与えられた部屋で、風呂上がりの肢体が鏡に映り込むことも気にせずにクラウディアは独りごちた。
「しおらしくすれば私に好感を持たない男でもある程度は譲歩してくれる、この経験が辺境伯相手にも通じるあたり、辺境伯も男であることに変わりはないということがわかったのは収穫よ……」
アルノルトの前で見せる表情とは、全く別のそれを浮かべながらクラウディアは満足気だった。
「今日はいつになく気分がいい……」
鏡に映りこんだ自身の表情に目をくれると、クラウディアは用意されたグラスにワインを注いだ。
勢いよく飲んだのか口から滴るワインの雫が華奢な肢体を伝ってシーツを汚す。
「ふふ、私たちは互いに利用する関係と思っていましたが、少しばかり情が芽生えそうな気がしますよ」
部屋の窓を開けたクラウディアを照らすのは燭台の灯りではなく月の光。
世の男たちが放ってはおかないだろうその光景の中、クラウディアは無自覚にもそんなことを言っていたことに気付いた。
「これは、ジーナがいなくて幸いだった……」
ワインのせいなのか、あるいは芽生えた情に気付いたのかクラウディアの身体は何故か熱かった。
灰かぶり姫は死と滅びの静寂に微笑む ふぃるめる @aterie3
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