第6話 アルテ橋にて

 「民心は僕らにとって生命線だからね」


 煌びやかな軍装の部隊が王都ヴェッテラウの玄関口ともいえるアルテ橋を固めていた。

 わずか千五百程の軍勢ではあったが、王都の外縁部に住む民たちは、その姿を見て安堵していた。


 「殿下の慧眼には目を見張りますなぁ」

 「民衆を守るという王族の務めを果たしただけだよ」

 

 そう言いつつもエグモントは気分を良くした。


 「流石は殿下、の勝ちは頂きましたな」

 

 王国の財務大臣でありエグモント陣営の筆頭貴族でもある公爵テオドール・ヴァイケルは、饒舌になっていた。


 「表向きは中立を維持しつつ、しかしながら実態はディートリヒ殿下との共闘。あの売国奴を継承権争いから叩き落とすという構図を描き、ディートリヒ殿下をエルランゲンに駐留させ自らは帝都を押え、より多くの民心を勝ち取る」


 金融を握る貴族や商人らを味方につけて、継承権争いの長期化にも対応できる磐石な態勢を整えたエグモントの手腕は、おそらく他の二人よりも優れていた。


 「剣を振り回し弓を引き絞るだけが戦争ではないんだよ」

 

 馬上で得意げに言ったエグモントの視線の先には、別の軍勢の姿があった。


 「ここは不戦都市、何方いづかたの陣営であろうともこの都市においての武装駐留は許されない!!早急に立ち退きを願おう!!」

 

 王都の側から橋を渡ってきたのは王宮近衛パレスガードを連れたアーデンベルク公フィリップ・フランツだった。

 

 「煩い連中がいたのを忘れていたみたいだね」


 エグモントとヴァイケルは兵達の間を縫うように駒を進めてアーデンベルク公の前に出た。


 「久しぶりだね。忠勤ご苦労」


 別に親しい間柄に無かったがヴァイケルはフランツを労った。

 だがヴァイケルは硬直した態度を崩すことはなくただ一言、


 「王都からの退去を願います」

 

 とのみ返した。

 そして後方に控える王宮近衛パレスガードに目配せを送ると、黒塗りの盾を手にした重装歩兵が橋の守りを固めて槍をエグモント麾下の軍勢へと向けた。


 「君は何も気付いていないようだね」


 顔色一つ変えずにエグモントは、フランツに対して切り出した。


 「何を……ですか?」

 「分からないならそれでも構わないけど僕は人をらすような趣味は無いから教えてあげようか。僕らが来たとき、民衆がどんな表情を浮かべたのかを。自分で行って見てくるといいよ。それを見れば僕らがここに留まるのが道理だと思うんだけど?」


 フランツは内心イライラしながらエグモントの言葉を聞いていたが、苛立ちをおくびにも出さずにしばらくの間、ただ黙っていた。


 「殿下の仰りたいことはそれだけですか?」


 フランツの返答はエグモントにとっては予想外だった。

 王族という身分の自分が、民心という大義名分を背負ってもなお、フランツは自身の役職において退くことは無かった。


 「歩兵、前へ!!」


 フランツの意を汲んだ指揮官が重装歩兵を前へと進める。


 「私は国家と国王に忠誠を誓った貴族です。今の貴方は国王に非ず。即ち私に課された役割は変わりません。どうかお引き取りを」

 「チッ……君は英断のできる男だと思っていたのに残念だよ」

 

 舌打ち一つ、エグモントは踵を返した。


 「良いのですか?このまま押し通るという手段も無くはないのですよ?」


 橋の守りを固める王宮近衛パレスガードは僅かに数百であり、王都内を守る王宮近衛パレスガードを加えた総戦力では拮抗しているが、一時的な入城は可能だった。


 「条約破りの汚名を着るのは嫌だからね。ここは大人しく引き下がろうか」


 不戦条約により守られた王都の民衆の安全と景観を損なう程の覚悟は無かった。

 構えを解き粛々と退却していくエグモントの軍勢を見つめたフランツは、小さく安堵のため息をついた。

 

 「流石はアーデンベルク公、貴公の頑なな姿勢にさしものエグモント殿下も折れましたね」


 フランツの背後からそう声をかけた人物にアーデンベルク公は振り向くと一言、


 「事前に教えていただいたお陰ですよ、クラウディア殿下。教えていただかなければ、門を通してしまっていたかもしれません……」

 「良い策士が味方についてくれたのです」


 クラウディアの言葉にフランツは視線を彼女の背後へと向けた。


 「ロイトリンゲン辺境伯……貴殿にも感謝を」


 二人はエグモント陣営の動きをいち早く察知して、どこの陣営よりも早く動いていたのだった。

 そして彼らの一つの策略が、大きな波紋となり王国中に広がるのは時間の問題だった。



 ◆❖お知らせ❖◆


 クラウディア殿下のイラストを用意出来ましたので、近況ノートにて掲載させていただきました。

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