第5話 出遅れた王女

 『エルランゲン襲撃を受く』

 『サン・セルヴァド大聖堂焼失』

 『ディートリヒ陣営、エルランゲン救援のために出兵』


 数日の間に矢継ぎ早にいくつもの報せが王国中を流れた。

 ディートリヒ陣営に与するバイロイト子爵領エルランゲンに対しての正体不明組織による襲撃。

 いち早く駆けつけたのはディートリヒ陣営諸侯の兵士であり、を知らない誰もが非情な襲撃に対して憤った。


 「完全に対応が遅れたわね!!」


 第一王女ヴィルヘルミナは、不快感を露わにしてみっともなく爪を噛んだ。


 「イリーネ、今回の事件に対して派閥内の反応は?」

 

 ヴィルヘルミナにとって腹心とも言える彼女は、カレンベルク侯爵家の才媛でありプローツェンの高級外交官でもあった。

 ヴィルヘルミナの派閥にフランドル公国の支援を取り付けたのもイリーネであり、ヴィルヘルミナにとってイリーネは何者にも変え難い存在だった。


 「表立った動きはありませんが、やはり動揺は避けられないでしょうね。何しろ民草の間では、サン・セルヴァド大聖堂及びエルランゲンを襲撃したのはヴィルヘルミナ王女殿下の派閥だという噂が広まっています。民心あっての貴族なれば多少なりとも風評を危惧して派閥からの離脱を検討する者達もいるでしょうね」

 

 貴族を貴族たらしめるのは、生まれながらの血筋などではなく民心なのだと多くの貴族が身をもって知っていた。

 もちろん中には、勘違いをしている貴族も少なからずいるのだが……。

 

 「チッ……自作自演の工作なのは誰の目にも明らかなのに!!」


 ヴィルヘルミナは歯軋りをして、部屋の調度品である花瓶を割った。


 「確証に至る状況証拠がなければ無実の証明は不可能です。加えてエグモント陣営も盛んに噂を流布しているという情報が入ってきていまして……現在、対抗する形で今回の襲撃がディートリヒ陣営によるものだという噂を流してはいますが……」


 イリーネの対応は極めて迅速だった。

 だが噂の影響力が時間に比例するという性質を持つ以上、数日の遅れはもはや挽回のしようがなかった。


 「噂を流しているのはディートリヒ陣営とエグモント陣営と言ったわね?」


 しばらくの間、考えるような素振りを見せたヴィルヘルミナは何かを思いついたのかそう切り出した。

 

 「ですが……どうかされましたか?」

 「いいことを思いついたわ」


 ヴィルヘルミナの言葉にイリーネが首を傾げると、ヴィルヘルミナは自身の置かれた状況を打破するべく思いついた策を告げるのだった。


 「ロイトリンゲン辺境伯との面会の場を用意してちょうだい。ふふ……楽しみだわ。あの愚妹にも用があるし……」


 かくしてアルノルトが享受したい平和とは裏腹に、ロイトリンゲン辺境伯領が歴史の表舞台となっていくのだった。

 

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