最終話 私たちの戦いはまだまだ続く

 私と魔王が茶番を始めて、約一年が過ぎた。

 人間界は概ね平和だった。

 勇者が女神のスキルで侵攻軍を抑え込み、魔王自身と一騎打ちの戦いを繰り広げ、未だ決着がつかない――という魔王のシナリオ通りに事が進んでいるからだ。

 魔王の話によると、古株の魔族おえらがたの間で勇者の強さが侵攻の妨げになっているという認識が根付いてきたらしく、侵攻が進まないどころか押し返されるところを魔王が食い止めていることを称賛する向きがあるのだとか。少なくとも、防戦一方の現状を不服に思う者は少ないらしい。


「……ま、ちょっとくらいは押し返しておきたいところやけどな。さすがに押されっぱなしっちゅうのは体裁が悪い」

「んー……南西大陸の海沿い辺り、ここ数年魔獣の出現がなかったからって王国軍が手薄になってるし、その辺にちょろっと魔獣を送ってみたら? 多分戦闘にならずに制圧できると思うよ」


 魔王城の十三階、玉座の間でお茶と茶菓子(もちろんギルドのお煎餅せんべい)を囲みつつ、私と魔王は話していた。

 ただ一騎打ちをしている風を装うだけでは不自然かもしれないという私の案で、あまり人類側に被害が出ないような形で侵攻してもらうようにしたのだ。

 それがまあ、自分で提案しておきながらなんとも面倒くさい。

 単に現れた魔獣を蹴散らせばよかった以前と違って、女神のスキルセーフィティジャーニーで魔獣を異空間に足止めして王国軍の到着を待ち、準備が整い次第私が現場を離れて彼らに撃退させるという手順を踏まなければいけない。

 くどいようだが面倒くさいし活躍の場がないし、おまけに周囲の目が冷たい。

 私自身が戦うわけではなくお膳立てするだけなので、『戦わずに帰る勇者』とか『時間稼ぎ勇者』などという不名誉な二つ名をつけられる始末だ。

 しかしまあ、『初心者冒険者向け薬草採取クエストで食いつなぐ歴代最強の貧乏勇者』よりはまだマシだと思うことにしている。


「ホンマにすまんなぁ、勇者リーナ。損な役回りさせて」

「いいって。魔王キゥには私が使える『スキルキャンセラー』を研究してもらってるし」


 頭を下げる魔王にひらひらと手を振る。

 とにもかくにも、何をするにも女神のポンコツスキル『旅の安全セーフティジャーニー』が邪魔なのだ。それを私自身が任意で無効化できるようなアイテムを作ってもらえないかと魔王に依頼している。

 魔王の指輪のように、装着者が他人のスキルの影響を受けないようにするのは比較的簡単だそうだが、スキル保持者自身が自分のスキルの効果を抑え込めるようにするのは難しいらしい。

 考えてみれば当たり前だ。

 スキルの効果を止めたいなら、使のだから。

 常時発動型でも、本当にその効果が要らなければスキルを捨てればいい。

 なのにこのポンコツスキルときたら、効果が極大なのに常時発動型で止めることもできなければ捨てることもできない。私の人生を詰ませる寸前まで追い込んだ、心底魔界の果てまで迷惑極まりないお邪魔レアスキルだ。

 スキルキャンセラーが完成したら真っ先に、高位ランク冒険者が瀕死になった件で報酬額が見直され、超高額討伐クエストとなったフレイムリザードで生活費を工面しようと思っていた。なのに、つい先日他の冒険者に先を越されて収入のアテが一つ潰えてしまったのだ。

 その恨みと、あのときオリビエさんやランスさんに疑われ白い目を向けられた屈辱も大盛りで乗せて、絶対にあのポンコツ女神を泣かせる。絶対にだ。

 ……あ、それで思い出した。


「ところで、前に魔王城を偵察していて、キゥの魔眼で呪いをかけられた人間の冒険者パーティがいたんだけど」

「あー、おったな。そんなヤツ」

「あれからずっと教会で解呪してるらしいけど、全然ダメらしくてさ。いい加減解いてやってくれない?」

「お断りや」


 少しムッとした顔で魔王は即答した。このごろは比較的人間にも優しくなった彼女にしては意固地な態度だった。


「どうして? 偵察されたのがそんなに不快だった?」

「そんくらいやったら気にせぇへんわ。あのボケ、たまたまか知らんけど、『千里眼』であたしの風呂覗いたんやで。許せると思うか?」

「あー……それは無理だね……」


 まさか偵察で覗いた先が浴場で、魔王が女の子だとは知らなかったにしても、これは擁護のしようがない。

 不幸な事故ということで、彼女が気まぐれを起こして解呪するのを待ってもらうしかなさそうだ。


「ところでリーナ、今日は晩ごはんどうする? 食うていくやろ?」

「そうだね。久しぶりに水の魔獣デューラの料理を食べたいし」

「よっしゃ。用意するように言うとく」


 うなずいて、魔王は四天王デューラと念話をつないだ。

 玉座の間で戦闘を繰り返しているうちに、四天王がいつまでも決着がつかないことに違和感を持ち、思い余って魔王に詰め寄ったらしい。初めは誤魔化していた魔王だったが、四天王の中でも特に頭が切れるデューラが茶番であることに気づいて、四天王にそれを話した。

 勇者と手を結び、明らかに魔族を裏切っている魔王をどうするか、と四人で話し合いを持ち――


『私は魔王ではなくキゥロトディアさまに仕える四天王の一人。キゥロトディアさまの思し召しに従い、尽くしていくことが我が使命だ』


 そう言ったデューラに、他の三人も即同意したらしい。

 今では私と魔王の戦闘がお芝居であることを魔界にバレないように細工する手伝いもしてくれている。

 それ以来、私も少しだけ四天王かれらと親しくしているのだ。


『思い違いをするな、勇者。貴様のためではない』


 いつだったか、デューラに礼を言うと、つっけんどんにそう返されてしまった。

 女神のスキルで姿が消えないところを見ると私に敵意がないことはわかるが、口調のトゲは強烈だった。


『わかってるよ。魔王の四天王だもんね。君たちがすることはすべて魔王のために、でしょ?』

『その通りだが……貴様に言われるとえらく軽いもののように聞こえて不快だ』

『褒めてるのにその反応はどうなの』

『今の言いかたで褒めたつもりだったのか貴様。……まったく、なにゆえキゥロトディアさまは、貴様のような人間、しかも我々の天敵である勇者と仲良くなりたいとおっしゃるのか……』


 ため息をつきながらぼそりと呟き、ハッとしたようにデューラは口をつぐんだ。

 その仕草は

 普段なら聞こえなかったフリをするところだが、ここは話に乗るのが正解らしい。


『ああ、やっぱり』

『何? 気づいていたのか?』

『まあ、そんな気はしてた』

『そうか……。いつだったか、勇者と友達になるにはどうしたらいいか、などと独り言を口になさったのを耳にしたが……魔王という孤高の存在であるがゆえに、寂しさを感じておられたのかもしれぬ』

『…………』

『しかし……我が主と対等で友人になれるものなど、魔界にはおらぬ。もちろん我々側近にもできぬ。それが可能なのは勇者、貴様だけだ。まったくもって不本意であるが、貴様に委ねるしかない。いいか、くれぐれも我が主を失望させるな。魂に刻んでおけ』


 そんなふうにちょっと早口になりながら釘を刺して、デューラは立ち去った。

 茶番を仕組んだ理由を捏造してまで隠していた『寂しい』という魔王の本心を、愚痴と警告に乗せて教えてくれたのだ。

 

 本当、魔王キゥロトディアはいい側近を持ったものだ。


「……? 何ニヤニヤしてんねん」

「いや、別に。晩ごはんは何かなーって考えてた」

「それはあとの楽しみや。さて、いっちょろか」

「オーケー」


 湯飲みのお茶をぐいっと飲み干し、聖剣を構えて魔王と対峙した。



 戦いの模様を細工して魔界に見せる。

 それなら死にそうになるまで全力で戦う意味はないのでは?

 そう思われることだろう。

 だが、全力で戦うことには、魔王が力を試したいという希望以外の目的がある。

 私にも、カンストしたレベルとステータス、スキルを全力で使ってみたいという思いがあった。スキルの組み合わせで生まれる意外な効果を知ることもできて、結構面白いのだ。

 それに、女神のスキルで魔王のステータスを上回っていることはわかっていても、それがどの部分なのかがわからず、それを知るために全力で戦う必要があった。そのおかげで一応、わずかに私の『素早さAGI』が高いことが判明している。魔王のアタマが弱いというのは本人が言う通り『お芝居』だったようだ。

 しかし、それ以上に意味を持つのは――


 ステータス値が最大で見た目は変わらなくても、とわかったからだ。


 例えば、私の攻撃力はステータス上では『99999ファイブナイン』でカンストしている。この状態で武器なし、スキルなしで防御力ゼロの対象を物理的に攻撃すると、ダメージ値は最大99999になるのが普通なのに、今では。これはステータスで表示できる数値の限界を超えて成長しているという証拠だろう。

 そして、その成長を可能にしているのが魔王との限界ギリギリの戦闘なのだ。

 おそらく魔王も、数値以上の能力になっているはず。

 そんな二人が何度も全力全開で戦えば強さはどんどん増していき、いずれは

 その暁には――


 クソ迷惑なポンコツスキルを押し付けやがった女神を泣くまで二人がかりでシバく。


 その一点で、私と魔王の意見は一致している。

 まあ、をするつもりはないので、泣かせるところでとどめるつもりではあるが。

 私の本名が『エヴェリーナ』と知って『リーナ』という愛称で呼んでくれて、天敵のはずの勇者わたしを『親友』と言ってくれる金髪紅眼の美少女キゥロトディアと引き合わせてくれたことは感謝しているから。


「……あ、ちょっと待った」


 そろそろ最後の一撃になりそうだと聖剣を構え直した、そのとき。

 キゥが片手をあげて待ったをかけ、念話で誰かと話し始めた。


「リーナ、晩ごはんできたって。デューラが呼んでる」

「そっか、じゃあ今日はここまでだね。キゥ」


 集中していた力を抜き、戦闘用スキルを全解除して剣を鞘に納める。途端におなかが鳴ってキゥに笑われてしまった。


「食いしん坊やなぁ、リーナは」

「育ち盛りですので。でも、その前にお風呂かな。二人ともボロボロで埃だらけだし、このままダイニングに行ったら四天王にまた怒られちゃうよ」

「せやな、風呂が先やね。……一緒に入ろか?」

「えぇ? 最近のキゥ、私の体を見る目が怪しいからなぁ……」

「あ、あ、アホなことゆーなや! あたし、別に百合ゆりの趣味はあらへんで!」

「ほんとに?」

「ホンマや! ああ、もうええ、そんなに言うんやったら一人で入っとれ!」


 全然説得力を感じないレベルで顔を真っ赤にしながら、キゥは拗ねてさっさと玉座の間を出て行ってしまった。


「やれやれ……怒りっぽい魔王さまだ」


 ぽりぽりと頭を掻きながら、私はため息混じりに苦笑を浮かべた。

 あんなことを言っていても、結局私の入浴中にあとから来るのがお約束になっているから。


『まだ入っとったんか。もう上がったと思てた』


 とかすっとぼけながら。

 どうやら、キゥは私といるのが楽しくてしかたないらしい。デューラが「貴様のおかげで、このごろキゥロトディアさまが明るくなられた」と仏頂面ながら喜んでいたし、それは私としては、まあ、悪い気はしない。

 私も、キゥと一緒にいるとたくさん笑っている気がするし。今までそんなに笑うことなんてなかったのに。

 多分、今が人生で一番楽しい時間なのだろう。

 彼女と一緒にいたいと思う、この瞬間が。


『逃がさへんで?』


 初めてこの玉座の間で会ったとき、キゥが私に放った言葉。

 それは本当にで。

 私は心も体もがっちりと魔王に捕らえられているらしい。

 その分、私も魔王をがっちり捕らえてやっているけど。

 私だって、親友キゥを逃がすつもりはない。


「さて、お風呂、お風呂」


 今日はどんな言い訳をしながらキゥが乱入してくるのか。

 もしおもしろい言い訳をしたら、いつもより念入りに体を洗ってあげよう。そして気持ちよさそうに表情を溶かすキゥを愛でてあげよう。

 そんなことを考えながら、私は戦闘で廃墟同然になった玉座の間を出たのだった。




       完

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