第17話 魔王の真意は

 ランスさんギルマスは強烈な圧を受けて動けなかったはずだが、魔王が美味しいお煎餅せんべいで和んだおかげで解放されたらしい。何かのレアアイテムなのか、このお煎餅。


「困るとは?」


 唐突に会話に割り込んできた人間に、やや不機嫌な視線を向ける魔王。

 ランスさんはそれに膝を大爆笑させながらも正気を保とうと体に力を入れた。


「冒険者ギルドでは魔物討伐というものが収入の多くを占めておりまして、それがなくなるというのは困るのです。魔物や魔獣から素材の採取ができなくなるのも同様に。それらのクエストができなくなれば、素材が手に入らなくなった商人や職人は困りますし、冒険者の多くは職と収入を失って野盗に身を落とす者も出て来るでしょう。ギルドマスターとしては、それは見過ごせんのです」

「それをあたしに言うんか。魔王に向かって『お前の同胞を殺させろ』て言うとんねやで、自分。根性あるやん?」

「そっ……も、申し訳ございません!」


 その観点が欠けていたらしいランスさんは慌てて頭を下げ、その称賛おどしに震え出した。

 魔王はそれを愉快そうに見て笑っている。本気で怒ったわけではないのは、ランスさんが時点でお察しだ。怒った魔王の威圧感に晒されて身動きを封じられない人間は、ある種の耐性を持つ高位ランク冒険者を除いてほとんどいない。少なくとも引退して久しいランスさんはそうではないだろう。


「けどまあ、言い分はわからんでもない。住人のことを考えるのは上に立つ者の義務やしな」

「そう……ですね」

「それに考えてみたら、同胞っちゅーても直属の部下以外は純粋な魔族やない人間界生まれの連中がほとんどやし、そいつらを魔界に連れて帰るのはキツい。何遍なんべんもゆーたけど、魔界も困窮しててそいつらを受け入れる余裕はないし、そもそも魔界の濃い魔素に耐えられるとは思えん。魔素にやられて死ぬのがわかってて連れて帰れんし、こっちに残して人間に狩られんように頑張ってもらうしかないわなぁ」

「では……」

「好きにしたらええ。あたしは関知せぇへん」

「ありがとうございます。助かります」


 話がまとまって、ほっとした表情で魔王に礼を言うランスさん。

 ……これ、冷静に考えたらめちゃくちゃマズいシーンなのではないだろうか。

 王都の冒険者ギルドマスターが魔王と裏取引なんて、国王が知ったら即処刑モノだと思うんだけど。

 これでランスさんは。ふふふ。


「勇者……また何かよからぬこと考えとるやろ?」


 ジト目で私を睨みながら、邪悪な波動とやらを感じ取ったらしい魔王は呆れたようにため息をついた。

 ここはそんなことを考えていたとバレないように、勇者スキル『真面目顔』と『声音安定』で隠し通す。


「え、何の話ですか」

「このギルマスおっちゃんが国を裏切ったみたいに思うてるみたいやけど、その前にアンタはあたしと茶番劇するっちゅうことをギルマスおっちゃんの前で了承してるんやで。弱みを握っとんのはアンタだけやない。むしろ世界を救う役目を負ってる勇者のほうが裏切りの代償はキツいんちゃうか」

「だから、何の話ですか」

「急に敬語になっとる。よからぬこと考えてましたて白状しとるようなもんやな」

「…………」


 ぬぅ、勇者スキルが効いていない……?

 この二つを使えば大抵は誤魔化せるのだが、変だな。


「しかし、ホンマおもろいな、自分。想像してたよりずっと」

「そうかな? 魔王のほうがよほどおもしろいと思うけど」

「どこが?」

「ここにいること自体がおもしろいというか、変」

「まぁ、そうかもしれへんな」


 ふん、と苦笑するように鼻を鳴らし、お煎餅をかじる。

 なんだか妙に和んだ空気で対面しているが、私はで相手はだ。三百年以上敵対して、文字通り死闘を繰り広げてきた関係なのだ。

 顔を合わせれば武器を手に殺し合いが始まる、それが当たり前の二人が、こうして狭い部屋の一室で顔を突き合わせてお茶を楽しみ、お煎餅をかじりながら話をしているなんて、ありえないことではないか。

 そのありえない状況を、王都に単身やってくるという型破りな行動で作ったのが誰あろうこの魔王であって、しかも魔王の存在理由だと思っていた『人類殲滅』をやめたいと私に相談に来たと言うのだ。

 それがおもしろくないわけがない。


「ねえ、魔王」

「なんや」

「どうして私に相談に来たの?」

「んー? そんなん、あたしが死なんように勇者と茶番劇せなアカンねんから、話しにんと筋が通らんやろ」

「そうじゃなくて。これは魔王にとって必要な茶番劇たたかいなの?」

「……どういう意味や?」


 怪訝そうに眉をひそめる魔王。私の意図を探るように、赤い瞳でじっとこちらを睨んでいる。


「私に女神のスキルセーフティジャーニーがあって、それが常時発動型だとわかった瞬間、魔王の人類殲滅はでしょ。世界中に強い魔獣を放っておけば、それで人間界は滅ぶ。私がレアスキルで魔王を抑えている間に魔獣が侵攻するし、魔獣を抑えに行けば魔王が動ける。四天王もね。以上、人間になすすべがない」

「せやな」

「女神からこのポンコツスキルを任意発動にできないと聞いたとき、本当に絶望したよ。魔王と戦えない、倒せない。侵攻を止められない。それでは勇者の意味がない。最悪だった」


 だから魔王に嫌がらせしてやろうと思った。とは言わない。


「それでやけっぱちになって、八つ当たりであたしにしょーもない嫌がらせを始めた、と?」


 バレてましたッ!


「違うよぅ。魔王の怒りを私一人に向けることで、人類全体への敵意ヘイトを逸らそうという作戦だよぅ。私情なんてひとかけらもなかったですよぅ」

「ウソつけ」

「ウソじゃないよ。信じて、この偽らざる純粋無垢な瞳を」


 勇者スキル『泣き落とし』と『小悪魔上目遣い』を発動し、涙ぐんで潤む瞳で魔王を見つめる。男であろうと女であろうと、これで落ちない人間はいない。


「純粋無垢なヤツがあんな嫌がらせするか、アホぅ」


 しかし魔王には効かなかった!

 どうやらこの手の勇者スキルは人間相手にしか効果がないらしい。何事も実践だ、覚えておこう。


「ともかく、私は完全に手詰まりだった。魔王城に居座って魔王を『てつくときの間』に封じることはできるけれど、それじゃあ世界は救えない。滅んだ世界でただ一人生き残るのは私だけ、しかも人間だから寿命はたかだか数十年で魔王よりずっと短い。私が死んだらレアスキルの効果が消えて、魔王はこの世界に戻ってくる。異空間に転移した魔王は時間の経過を実感することがないから、気がついたら天敵の勇者が老衰なんかで死んでいて、勝利が勝手に転がり込んでくるんだ。……それくらいキミも気づいてたでしょ?」

「…………」

「それなのに。こうして私に話を通しにきた。側近の一人も連れずに。人類こちらを利する条件までつけて。どうして?」


 効きもしないスキルを解除し、まっすぐに魔王を見つめる。

 冗談もおふざけもない、純粋な私の疑問。

 魔王は――肩を揺らしながら小さく笑っていた。


「ゆーたやろ、死にたくないからやて」

「言ったでしょ、魔王キミなら勇者わたしと戦わなくても人間界を征服できたって」

「そんな方法があったんやなぁ。気ぃつかんかったわ」


 白々しい。

 そんなことで私が納得するはずないだろう。そういえばそこにいたっけ、といまさら思い出したランスさんですら眉をひそめて疑っているくらいなのに。


「ウソつき」

「ウソやない。あたし、四天王ほど頭良うないからなぁ」

「確かに魔王はアホの子だけど、知力INTがカンストしてる人の言うことじゃないよ」

「アホの子てなんや。ケンカ売っとんのか」

「ちょっと指輪を褒めたらあっさり外して寄越したチョロい子、誰だっけ?」

「あれはわざとや。ここに来る理由を作るためのな」


 真顔でそんなことを言う。

 本気か、誤魔化しか。

 ……読めない。


「私が指輪を持ち帰らなかったらどうするつもりだったの」

「別にそれでもええ。なんやかんやで言い訳作って来るだけや」

「じゃ、そうまでして相談に来た理由はなんなの?」

「勇者に茶番劇を頼むため」


 話が最初に戻った。


「私が知りたいのは、魔王が死ぬことはないと確定しているのに茶番劇がなぜ必要なのかってこと」

「……この話はやめや。堂々巡りにしかならんて」

「魔王……!」

「それより。さっそくで悪いんやけどな、昼から魔王城に来てくれるか。そこで、全力で戦おうや。……待っとるで」


 一方的にそう言い終えて、魔王は席を立ち、部屋を出ていった。

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